東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

マイクロプラスチックの実態はつかみにくいが……

いま、世界の海のいたるところでマイクロプラスチックが確認されている。大きさが5ミリメートル以下のこの小さなプラスチックごみは、日本の周辺海域にも多い。たとえば磯辺篤彦・九州大学教授らのグループが2015年に発表した論文には、日本周辺の海を漂うマイクロプラスチックの密度は世界平均の27倍という推計が示されている。この英語論文のタイトルは、ずばり「東アジアの海 : 外洋を漂うマイクロプラスチックのホットスポット」だ。

海に流れ込むプラスチックごみが多い国は東南アジアや東アジアに集中している。個々のマイクロプラスチックの出所はわからないが、漂うプラスチックごみが紫外線を浴びて劣化し、波にもまれて砕けるとすれば、黒潮が東南アジアや東アジアを通って日本に流れてくることを考えると、日本周辺の海にマイクロプラスチックが多いのも道理という感じだ。

だが、話はそう簡単ではないらしい。長崎大学大学院修士課程の小林恒文さん、八木光晴准教授らのグループが地元の長崎で実施した観測によると、おなじ海域でも、観測時期によってマイクロプラスチックの多さがまったく違ったのだ。極端に多いときもあれば少ないときもある。一度の調査でその海域のマイクロプラスチック汚染を推定するのは難しいということだ。海の表面を漂うマイクロプラスチックについて、日本近海で同一の海域を時期を変えて繰り返し調査した例は、これまでにないという。

集中する海域はないが時期により増減

小林さんらは、2019年4月から2020年6月にかけて、長崎大学の練習船「鶴洋丸」を使って6回の調査を行った。調査したのは、長崎市からその西方の五島列島にかけての海域。東西約60キロメートルの直線上に9か所の採取場所を決めておき、各回の調査では、この9か所の浮遊物を1日で調べた。海面から50センチメートルの深さまでの水を、船を走らせながらネットですくった。ネットの目は0.35ミリメートルなので、0.35~5ミリメートルのマイクロプラスチックを分析対象にしたことになる。

こうして得られたマイクロプラスチックは全部で6131個。そのうちの7割にあたる4343個が2019年10月の1回の観測で確認された。逆にもっとも少なかったのは2019年4月の40個。おなじ調査を繰り返したのに、採取個数に100倍もの開きがでた。海水1立方メートルあたりの個数に換算すると、もっとも多かった2019年10月は1.97個。少なかった2019年4月は0.04個で、2019年10月のわずか50分の1にすぎなかった。

集中する海域はないが時期により増減

船から特殊なネットを下ろしてマイクロプラスチックを集める。長崎大学の練習船「鶴洋丸」で。(八木光晴准教授提供)

一方で、6回の調査で得られたマイクロプラスチックの数を全体的にみたところ、採取場所による違いはなかった。

つまり、海面近くを漂うマイクロプラスチックは時期により大幅に増減するが、観測期間の全体でみた場合、マイクロプラスチックがとくに集中する海域はなかったことになる。

マイクロプラスチックは少なかった

小林さんらの調査全体で確認されたマイクロプラスチックの数は、海水1立方メートルあたり平均0.49個。これに対し、目の粗さが0.29~0.35ミリメートルのネットを使った過去の調査では世界の海の平均は0.96個だという報告例がある。そうだとすれば、この調査海域のマイクロプラスチック汚染は世界平均の半分だ。とくに汚れた海ではないことになる。

冒頭でお話しした磯辺さんらの調査では、東アジアの海の平均は3.74個。世界平均よりかなり多い。だからこそ「東アジアの海はマイクロプラスチックのホットスポット」なのだ。

磯辺さんらの結果は、2014年のひと夏に、北は津軽海峡から南は九州まで日本近海の56か所で一斉に実施した調査をもとにしている。小林さんらの調査はそれと海域が違うので、おなじ日本近海とはいっても、磯辺さんらの結果と単純に比較はできない。

しかし、五島列島やその北の対馬列島の周辺海域は、漂流するプラスチックごみが多いとされてきた。したがって、小林さんらの調査で多くのマイクロプラスチックが確認されたとしても不思議はないのだが、そうではなかった。なぜだろうか。

瞬間的ホットスポットはあった

じつは、小林さんらの調査でも「ホットスポット」はあった。毎回9か所の調査を6回、計54回の試料採取でもっともマイクロプラスチックが多かったのは、海水1立方メートルあたり5.50個。これは、さきほどの磯辺さんらの3.74個より多い。そしてもっとも少ない場合は0.01個で、その差は550倍にも達していた。

今回の結果について、八木さんは「1回だけ調査しても、その結果がその海域のマイクロプラスチックの量を代表しているとはかぎらない」と説明する。マイクロプラスチックの量は、ちょっとした採取場所のずれ、調査するタイミングのずれで大きく変わり得る。もし、その海域の代表的な姿、平均的な姿を知りたいなら、おなじ調査を何度も繰り返さなければならない。1回だけの調査では、そのときそこがたまたま「ホットスポット」であったり、マイクロプラスチックの少ないきれいな海に見えたりするということだ。

だが、海は広い。あちこちの海域で観測を繰り返すのは、現実には難しい。複数の調査結果が食い違っているようにみえることもある。科学的にはまだはっきりしていないという状態だ。だからといって、現在のプラスチックごみ問題は、科学的に統一された見解が得られるまで待っているわけにはいかない。海岸に多量のペットボトルが流れ着き、廃棄された漁網に海の動物たちが絡まっている現状を前に、この問題は座視できない。マイクロプラスチックに関する「知識」を増やしていく科学の営み。それと同時に、わたしたちは「知恵」をしぼって、いま地球環境の劣化に歯止めをかけなければいけないのだろう。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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