東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

魚は餌からマイクロプラスチックを摂取する

最大径が5ミリメートル以下の細かいプラスチックごみ「マイクロプラスチック」は、世界中の海に浮遊している。海にすむ魚や貝などの体内からも、ごくふつうに検出されている。よく知られているのは、東京農工大学の高田秀重教授らのグループが確認した東京湾のカタクチイワシ。2015年に調べた64匹のカタクチイワシの体内から最大で15個、平均2.3個のマイクロプラスチックが見つかった。

カタクチイワシは、海のもっと大きな魚にの餌になるし、わたしたちも食べる。こうした食物連鎖で、マイクロプラスチックは多くの生物の体内に広がっていく。ただし、どういう連鎖でさまざまな生物に広がっていくのかがすっかりわかっているかというと、そうでもない。小さな魚は、たしかにマイクロプラスチックを食べる。餌と間違えて食べているのだろうか。どういうルートで体内に入るのだろうか

食べた餌にマイクロプラスチックが入っている

北海道大学修士課程の長谷川貴章さんと仲岡雅裕教授は、北海道東部の厚岸湖(あっけしこ)で採取したシモフリカジカと、その餌になる小エビのような姿のイサザアミ類を使って実験した。カキの養殖で知られる厚岸湖は一部が太平洋とつながった汽水湖で、採取した場所の塩分は海水に近い。シモフリカジカは浅い海底にすみ、アミや小型の魚などを食べる肉食性だ。実験では、数をそろえやすい体長8センチメートル前後のカジカ33匹を使った。

長谷川さんらはマイクロプラスチックとして、約100分の3ミリメートルのポリエチレン粒を実験に使った。アミがよく食べる植物プランクトンと似たサイズだ。その数が、(1)プラスチックごみが多い現在の北太平洋並み(2)このさきプラスチック汚染が進んだ50年後並み――の濃度になるように加えた2種類の海水で実験した。

シモフリカジカ

実験で使ったシモフリカジカ。体長は8センチメートルくらい。(写真はいずれも長谷川貴章さん提供)

その結果、「50年後」の高濃度のポリエチレン粒にさらされたアミは、「現在」の濃度に比べて平均で4倍の数のポリエチレン粒を取り込んでいた。アミは雑食性。餌と間違えて食べるマイクロプラスチックの数は、プラスチック汚染が進むほど増えることをうかがわせる結果だ。

つぎに、アミや水からカジカの体内にどれくらいのポリエチレン粒が移行するかを調べた。カジカをポリエチレン粒が混じらない水に入れ、餌としてポリエチレン粒を食べたアミを与えた場合と、逆に、ポリエチレン粒が混じった水にポリエチレン粒のないアミを加えた場合を比較した。これで、「餌から」と「水から直接」のどちらのルートでカジカの体内により多くの粒が取り込まれるかがわかる。

シモフリカジカの餌になるイサザアミ類

シモフリカジカの餌になるイサザアミ類。体長は1センチメートルくらい。

すると、「餌から」のカジカの体内からは、「水から直接」に比べて8~11倍の個数のポリエチレン粒が見つかった。つまり、餌のアミを通して取り込むほうが圧倒的に多かった。カジカは、餌と間違えてマイクロプラスチックを食べるというよりも、いつも通り正しく餌を食べた結果、体内にマイクロプラスチックを取り込んでしまっていたのだ。

マイクロプラスチックが本来は食べるべきでない人工物だとするならば、それを間違えて食べてしまったのは、魚ではなく、食物連鎖の出発点になる最初の小さな生き物だったことになる。

もし、魚が水からじかにマイクロプラスチックを取り込むと考えるなら、今回の研究によると、それでは摂取量を過少評価してしまうことになる。魚は、もっとたくさんのマイクロプラスチックを、餌の生き物を通して取り込んでいる可能性がある。そして、マイクロプラスチックの濃度が低くて水からはあまり摂取しない場合でも、餌を通して相当量が魚に移行しているのかもしれない。

アミ経由でプラスチックの細粒化が進む

もうひとつ興味深いのは、カジカの体内から見つかったアミ経由のポリエチレン粒は、水からじかに取り込んだ場合より小さかった点だ。水から取り込んだ場合は1000分の30ミリメートル程度だったのに対し、アミ経由だと1000分の7ミリメートル前後。5分の1ほどの大きさになっていた。また、アミ経由でカジカの体内に入ったこのポリエチレン粒は、アミの体内から取り出した粒とほとんどおなじ大きさだった。つまり、アミがポリエチレン粒を食べた段階で、粒が細かくなっていたのだ。ナンキョクオキアミでも、マイクロプラスチックが咀嚼(そしゃく)や消化管を通る過程で砕かれて小さくなることが確認されているという。

ある程度の大きさをもつマイクロプラスチックならば、生き物が食べてしまっても、それ自体は糞(ふん)に交じって排出される。しかし、1000分の数十ミリメートル、1000分の数ミリメートルといった極微のプラスチック片になると、腸壁を通過し、血液やリンパ液に乗って他の臓器に達するとみられている。今回の実験で、アミは、プラスチックをそのサイズにまで砕いてしまっている。マイクロプラスチックの一部は、食物連鎖の最初の段階で、生き物の臓器に達しうるサイズに準備されてしまっていることになる。

マイクロプラスチックが食物連鎖で多くの生き物に摂取されていることは確かだが、その道筋はまだ詳しくわかっていない。口から入る以外にも、空気中に漂っているマイクロプラスチックは呼吸で体内に取り込まれている。また、海に流れ込んで海面を漂っているはずのプラスチックごみは、その99%が見つかっていない。海に沈んでいるのか、観測困難なほど小さくなっているのか、あるいは素早くアミのような小動物に取り込まれているのか。プラスチックごみの行方については、わたしたちの知らないことがあまりに多い。

環境中に広まっているマイクロプラスチックは、実際にはどこでどうなっているのか。どういう具合に生き物の体を乗り換えていくのか。今回のような研究の積み重ねで、それがすこしずつ解明されていくことに期待したい。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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