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海の雑学

南方のブリが北海道でとれる訳は「海洋熱波」

台風、集中豪雨、高潮、……。ときに人の命までをも奪う気象災害。そのなかでも、もっとも多くの人命を危機にさらすのは「熱波」とよばれる現象だ。とくに夏の暑い時期、広い地域で記録的な高温が続いた場合に被害が多く、2003年夏にヨーロッパを襲った熱波による死者は5万人とも7万人ともいわれている。日本では「寒波」にくらべて「熱波」という言葉はなじみが薄いが、熱波による死者は地球温暖化の進行にともなって増加するとも指摘されており、きわめて深刻な気象災害だ。

この熱波が、じつは海にもある。海水温が例年になく高くなるこの現象は「海洋熱波」とよばれ、ここ5年ほどで研究が増えてきた。

近年、夏から秋にかけての北海道太平洋沖で、温かい水を好む南方のブリがよく揚がる。それはなぜなのか。海になにが起こっているのか。海洋研究開発機構の美山透主任研究員らの研究グループがそれを調べていったら、海洋熱波に行きついた。北海道の南東沖では最近、海洋熱波が頻発していたのだ。

夏の北海道南東沖に海洋熱波

海洋熱波は、数日から数年にわたり急激に海水温が高まる現象だ。世界の海洋熱波は、ここ100年で大幅に増えているらしい。カナダやオーストラリアなどの研究グループが2018年に発表した論文によると、世界の海で発生した海洋熱波の年間日数は、1987~2016年には1925~1954年にくらべて54%も増えていたという。半世紀で5割増しの大幅な増加だ。この論文では地球温暖化との関連を指摘している。

美山さんらの研究グループは、人工衛星による観測データなどが充実している1993~2018年について、南方系の魚がよく揚がるようになった北海道南東沖の海水温などを調べた。注目したのは海洋熱波。過去の統計からすると発生確率が10%以下にしかならない、まれにみる高い海面水温が5日以上続いたとき、それを「海洋熱波」とみなした。

その結果、北海道南東沖では7~9月の夏季、2010年に発生した海洋熱波が2016年まで毎年夏に繰り返し発生していた。東経143~147度、北緯40~43度の四角い海域の平均海面水温は、1993~2009年の夏季は17.5度だったが、海洋熱波が頻発するようになった2010~2016年では18.9度になっていた。平均水温が高まっているこの状態で、「発生確率が10%以下」という超高水温の海洋熱波がしばしば現れていた。5日程度の短い海洋熱波が繰り返し発生した夏もあれば、1か月くらい継続した夏もあった。

図

夏季(7~9月)の平均海面水温について、2010~2016年の平均から1993~2009年の平均を引いた差。赤色が濃いほど上昇幅が大きい。黒い四角は東経143~147度、北緯40~43度の海域で、この海域に現れる海洋熱波を検証した。(海洋研究開発機構提供)

黒潮が関係していた

北海道南東沖のこの海洋熱波は、なにが原因で現れたのか。

実測したデータとコンピューターシミュレーションを組み合わせて調べたところ、この海域の水温は、海面だけではなく、水深200メートル以上まで高くなっていた。温かい巨大な水の塊が出現したような感じだ。しかも、塩分が濃かった。高水温・高塩分は、南方からきて日本列島の太平洋岸を北上する世界最強の海流「黒潮」の特徴だ。

美山さんらがコンピューターシミュレーションで当時の海流などを詳細に調べたところ、海洋熱波が頻発した期間は、黒潮から切り離された巨大な「暖水渦」が北海道南東沖に居座っていることがわかった。これが「温かい巨大な水の塊」の正体だ。

黒潮は南方からやってきて日本列島の太平洋岸を北上し、房総半島のあたりで向きを東に変えて太平洋の大海原に出ていく。この海域では、大小さまざまな渦ができやすい。ここでできた水温の高い100キロメートルサイズの暖水渦が、黒潮を離れて北海道沖まで北上してきていた。北から来る冷たい海流の「親潮」も、この暖水渦に阻まれて北海道岸に近づけない。これらの要因が重なって海域一帯が高水温となり、海洋熱波の発生につながったらしい。

美山さんらの分析によると、このとき、熱は海から大気に向けて伝わっていた。もし、地球温暖化で大気が暖まり、その大気が海を温めたのなら、熱は大気から海に向かうはずだ。それがここでは逆になっていて、海が大気を暖めている。北海道沖でみられた今回の海洋熱波に関しては、地球温暖化による気温の上昇が直接の原因ではない。

生態系に悪影響も

海洋熱波は、海の生き物にも影響を与える。2012年9月25日の毎日新聞北海道版は、道南のえりも沖で、南方の温かい水を好むブリが好漁だと報じている。2014年9月15日のおなじく毎日新聞北海道版によると、9月3日からの3日間にブリが約660本も揚がり、根室半島に近い別海町の別海漁協では「漁協始まって以来」と話題になったという。

北海道が主要水産物の漁獲量をまとめた「北海道水産現勢」ともとに、美山さんらが海面水温との関係を調べたところ、それまでほとんどとれていなかった北海道南東部のブリの漁獲量は、海洋熱波の年が始まる2011年に急増し、それ以降は年間500~1000トン前後を維持していた。海洋熱波をもたらすほどの高水温とブリの漁獲には、あきらかに関係がありそうなのだ。

海の生態系に対する海洋熱波の影響は、これまでにも多くの論文で報告されている。海藻の海中林が枯れたり、サンゴが死んでしまう「白化」が起こったり、魚などの生息域が変わって漁業が打撃を受けたり。海水温が長期にわたって徐々に変化することには適応できても、海洋熱波のような急変には耐えられない場合がある。

北海道南東沖にやってくる暖水渦は2010年代になって増え、夏季に居座るようになった。美山さんによると、その理由はまだわからない。また、この論文で分析したのは2018年までだが、2019年、2020年もこの海域の高温傾向は続いており、しかも、夏季だけではなく、冬場も含めて例年より高水温の状態が継続するようになってきているという。

北海道南東沖の海洋熱波と地球温暖化との因果関係は、いまのところよくわからない。だが、地球温暖化は、たんに気温が上がるだけではなく、雨のもとになる水蒸気の量、地球をめぐる大規模な風の流れなど、気候システムの根本を変えてしまう。黒潮などの海流は、地球規模の風がつくりだしている。地球温暖化が海流の動きにも影響を与えるというのは、あり得る話だ。

地球温暖化にともない、世界の平均海水温は上がってきている。このようにじわじわと変わる環境の推移に、わたしたちは気づきにくい。海洋熱波の頻発を、いま海に異変が起きていることを肝に銘じるきっかけにしたい。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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