東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

プラごみは黒潮下流域の深海底にたまっていた

きちんと回収処理されずに環境中に漏れ出てしまったプラスチックごみは、川などを通って海に流れ込み、半永久的にごみとして海にたまり続ける。プラスチックごみが海を汚すこの筋書きは、小さく砕けた「マイクロプラスチック」の生体への影響やレジ袋有料化などの話題とともに、かなり知られるようになった。だが、海のプラスチックごみについては、まだ根本的に不明な部分がある。海に流れ込んだプラスチックごみの99%が行方不明なのだ。いったい、どこへ消えたのか……。

「行方不明のプラスチック」問題

プラスチックがわたしたちの生活に入り始めたのは20世紀の半ば。これまでに生産されたプラスチックの量、プラスチックごみのうち海に流れ込むものの割合、沈まずに浮いているはずのプラスチックごみの割合などを考慮すると、いま外洋では、4500万トンのプラスチックごみが海面を漂っているはずだという推定がある。

一方で、海面のプラスチックごみの量を観測をもとに求めてみると44万トン。さきほどの推定の1%にしかならない。つまり、海面を漂っているはずのプラスチックごみの99%の行方がわかっていない。この99%は、しばしば「行方不明のプラスチック」とよばれている。

「行方不明」の原因は、いろいろ考えられる。観測不能なほど細かいプラスチックに砕けてしまった。推定の数字そのものに大きな誤差が含まれている。これらももちろん「行方不明」と関係はあるだろうが、それにしても「99%」という数字は、あまりにも大きい。いま、ひとつの有力な候補として挙げられているのが、海中に沈んでしまった可能性だ。

レジ袋によく使われるポリエチレンは、海水より軽い。だからふつうは浮くはずだが、ごみとして海面を漂ううちに生き物やその排出物などが付着すると、重くなって沈む。実際にレジ袋は海底で見つかっている。それに加えて、ペットボトルの素材であるポリエチレンテレフタレートのように、海水より重いプラスチックもある。

深海には、いったいどれくらいのプラスチックごみが沈んでいるのだろうか。

黒潮の下流域はプラごみの「吹きだまり」か?

海洋観測を中心とした研究成果を発表する「海と地球のシンポジウム2020」(東京大学大気海洋研究所、海洋研究開発機構共催)で、海洋研究開発機構の中嶋亮太・副主任研究員は12月17日、「黒潮続流直下の深海底で大量のプラスチックごみが見つかった」と報告した。これまでの調査に比べて、格段に多いのだという。

海のプラスチックごみは、東南アジアの国々から流れ込む量が多いと推定されている。世界最強クラスの海流である「黒潮」は、そのあたりから来て日本列島の南岸を北上し、房総沖のあたりで東に向きを変えて外洋に出ていく。この出ていく流れが「黒潮続流」だ。たくさんのプラスチックごみが黒潮とその続流で運ばれる可能性は、じゅうぶんにある。

黒潮域の海面の流れ

黒潮域の海面の流れ(2019年8月下旬)。赤い部分で流速が速い。気象庁ホームページの図に、「黒潮」「黒潮続流」「調査海域」の言葉と海域を書き加えた。

中嶋さんらは2019年の8~9月、この黒潮続流域の3か所で、有人潜水調査船「しんかい6500」を使って深海底のプラスチックごみを調べた。調査海域の南半分には、黒潮続流の南側に接した大きな渦があった。

この場所にかぎらず、流れが弱まる渦の中心には、ちょうど建物の陰に雪の吹きだまりができるように、海面に浮くごみが集まる傾向がある。今回の調査でも、渦の中心に浮いていたマイクロプラスチックは1平方キロメートルあたり510万個で、周囲よりけた違いに多かった。中嶋さんは「渦の中心にはプラスチックごみが多く、船から海を見ると、『ごみを探すのに困ることはない』という感じだった」とその状況を説明する。

この調査海域の海底は「深海平原」とよばれる平らな地形で、調査地点の水深は5700~5800メートル。深海平原の水深は一般に3500~6500メートルで陸地からは離れており、これまでの調査では、プラスチックごみは1平方キロメートルあたり100個前後しか確認されていなかった。

ところが、中嶋さんらが調査した3地点の平均は、1平方キロメートルあたり4561個。過去の調査より格段に多く、まさに新発見だ。陸から続く「大陸棚」、そこからさらに深くへと落ち込む渓谷状の「海底谷」、最深部の溝である「海溝」などより、はるかにたくさんのプラスチックごみが落ちていた。

ごみの大半はプラスチックで、そのうち78~96%が食品の包装などの使い捨てプラスチック。回収して調べたハンバーグの袋は35年前、歯磨きのチューブは14~15年前のものだった。中嶋さんによると、こうしたプラスチックごみが、互いにそう離れず近い距離に落ちているのだという。プラスチックの種類としては、海水より軽いはずのポリエチレンが過半を占めた。

海底に落ちていたプラスチックごみの数

海底に落ちていたプラスチックごみの数。右端の「今回」が、中嶋さんらの今回の調査結果。講演要旨集に掲載してある図をもとに、英語表記を日本語に書き替えた。

表層の黒潮で運ばれ、そして沈んだ可能性

こうして見つかった深海底のプラスチックごみは、海に浮いて運ばれた後に沈んだのか、沈んでから運ばれたのか。黒潮は、世界最強クラスの海流ではあるが、その流れはせいぜい海面から深さ1000メートルくらいまで。深海底に黒潮の流れは届いていない。この深海底がプラスチックごみの集積場所になっていることと黒潮の流れには、どういう関係があるのだろうか。

中嶋さんらは、コンピューターシミュレーションで、表層のごみが沈んでいく様子を追ってみた。その結果、この調査海域では、海流で流されることはあまりなく、その場所で沈むことがわかった。沈み始めて5年後まで計算しても、多くが直下の場所にとどまっていた。黒潮に乗って運ばれてたプラスチックごみがここで沈めば、長いこと直下の深海底にとどまることになる。

黒潮が流れる道筋は変化する。日本列島の南岸に張りつくように進んだり、大きく蛇行したりする。だが、中嶋さんらが調査した海域は、黒潮続流が東に進み、その南側に大きな渦ができやすいという点で、比較的安定している。その意味で、もしかするとここの深海底は、プラスチックごみの「墓場」のひとつになっているのかもしれない。

今回の研究成果で「99%」の謎が解けたとは、まだ残念ながらいえない。海は広く深くて観測は難しく、プラスチックごみについても、その全貌がわかるのは、かなり先のことだろう。だが、わからないことがあるなら、それを調べようとするのは科学者の本能だし、そうする過程で、対策へのヒントがみつかるかもしれない。いま世界で協力して対策に取り組んでいる地球温暖化も、50年前にはわからないことだらけだった。

じつは、黒潮の近くに、もうひとつ似た場所がある。四国の沖合だ。中嶋さんらは、その海底も調査する計画を立てているという。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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