東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

物理学と生物学のコラボで推定した
大西洋ウナギの新たな産卵場所

ウナギは昔から不思議な魚だった。ウナギは川でとれるのに、その卵や生まれたての赤ちゃんウナギが川ではみつからない。だから、古代ギリシャのアリストテレスは「ウナギは泥から自然発生する」と考えたという。それもそのはず。ウナギは川で育ち、海で産卵する生き物。それが科学的にはっきりしたのは、いまからわずか10年ほど前のことだ。

日本や中国、韓国などの東アジアに分布するのはニホンウナギだ。その産卵場所は、日本列島から遠く南に2500キロメートルも離れた西マリアナ海嶺南部の海域。海は広いので、その産卵場所を突き止めるのは一苦労だった。東京大学海洋研究所(現大気海洋研究所)を中心とするグループが、より小さな子ウナギを求めて何度も観測航海を繰り返し、卵からかえってわずか2日目の子ウナギを2005年にこの海域でみつけた。2009年までに卵も親ウナギも採取されている。

ここで卵からかえった子ウナギは、西向きの北赤道海流や日本に向かう黒潮に流されて、成長しながら日本列島の沿岸にやってくる。これがシラスウナギだ。それが川に入って何年もかかって成長し、産卵のために川を下ってふたたび海に出る。

ニホンウナギの子ウナギを運ぶ太平洋の海流

ニホンウナギの子ウナギを運ぶ太平洋の海流。北赤道海流で西に運ばれた子ウナギが、さらに黒潮に乗って成長しながら日本などにやってくる。

だが、このように産卵場所が詳しくわかっているのはニホンウナギだけだ。大西洋にもアメリカウナギとヨーロッパウナギがいる。これらの大西洋ウナギについては、米フロリダ半島のはるか東に位置するサルガッソー海で生まれるとされてきた。「とされてきた」と濁すのには訳がある。20世紀の前半にサルガッソー海が産卵場所と推定されてから100年。研究者たちはいまもその確証を探しているのだが、この海域では、決定的証拠となる卵や産卵期の親ウナギがみつかっていないのだ。

ヨーロッパウナギ

ヨーロッパウナギ((C) E. FEUNTEUN MNHN、海洋研究開発機構のホームページより)

もちろん、まだみつかっていないだけで、サルガッソー海が産卵場所なのかもしれない。だが、それ以外の海域の可能性は、ほんとうに薄いのだろうか。もし、大西洋ウナギの産卵場所を二ホンウナギとおなじように突き止めたいなら、どこで子ウナギを探せばよいのか。その新たなヒントを、ウナギが専門の生物学者と物理学者が協力して手にしたというのが、今回のお話だ。

ウナギの産卵場所は海の「十字路」

今回のお話と関係するので、ニホンウナギの産卵海域について、すこし詳しく説明しよう。

2009年に卵が採取されたのは、西マリアナ海嶺の南の端、高く盛りあがった「海山」が南北につらなる海域だ。海嶺は海の底を走る巨大山脈で、そこでは、しばしば海底火山が活発に活動している。

この海域は赤道に近く、雨がよく降る。雨が降れば海水が薄まるので、ある東西のラインを境に、赤道に近い南側の塩分が薄く、北側が濃くなる。そういう水の境目ができるのだ。この境目を「フロント」という。ニホンウナギの産卵海域は、南北方向の海山の列と東西方向のこのフロントが交わる「十字路」に位置していた。雄と雌の親ウナギは、なにかを感知してこの十字路を目指し、そこで出会うらしい。

ニホンウナギの産卵海域

海水の塩分の濃淡が分かれる「塩分フロント」と南北につらなる海山列が交わる「十字路」が、ニホンウナギの産卵海域。

大西洋の「十字路」から仮想ウナギが流れ出す

大西洋のサルガッソー海は海底がなだらかで、地形的な目印が見当たらない。近くに、太平洋とおなじような「十字路」はないのだろうか?

海洋研究開発機構アプリケーションラボのユリン・小平・チャン研究員らが注目したのは、南大西洋から北大西洋まで、大西洋の中央部を赤道をまたいで南北に走る巨大な「大西洋中央海嶺」だ。この中央海嶺は、子ウナギが採取されてきたあのサルガッソー海の東側にある。チャンさんらは、この中央海嶺上で、しかも水温や塩分の南北変化の具合がニホンウナギの産卵場所とよく似た海域を特定し、そこをアメリカウナギ、ヨーロッパウナギの産卵場所と仮定した。北緯15~29度、西経43~48度の四角い海域。ここが大西洋の「十字路」だ。サルガッソー海に隣接してはいるが、これまでいわれてきたサルガッソー海の産卵海域とは違う。

ニホンウナギの産卵海域

点線で囲まれた「海域X」が、この研究で想定した産卵海域。紫色と緑色の長円で囲まれた場所が、それぞれヨーロッパウナギ、アメリカウナギの子ウナギが発見されている海域。白線は水温の急変部、黄色い線は塩分の急変部を示す。(海洋研究開発機構のホームページより)

チャンさんらは、この四角い想定海域を北から南に5区画に分け、子ウナギたちがそのそれぞれを出発して海流に流されるシミュレーションを行った。具体的には、子ウナギを遊泳能力のない「粒子」と仮定し、この粒子の行方を720日間にわたって計算した。計算には、1993~2000年に実測された海上の風や海流のデータを使った。

その結果、想定海域の南部の粒子は西に向かう北赤道海流に乗って、1年半ほどで北米大陸の沿岸に到達した。海域北部の粒子は東に向かう北大西洋海流に乗り、ヨーロッパに近いほうへも広がっていった。わずかな南北差が、子ウナギの流れる方向におおきく影響していた。

図

「海域X」に子ウナギに模した粒子を置き、海流で流して720日経過したときの図。子ウナギに遊泳能力はないと仮定している。「海域X」の最北部を出た黄色の粒子はおもに北東向きに広がり、最南部の水色の粒子は北米大陸に到達した。(Scientific Reports誌より)

この結果がもつ意味について、研究グループの宮澤泰正・アプリケーションラボ所長代理は、「サルガッソー海では実際に小さな子ウナギがみつかっており、もちろんそこが産卵海域なのかもしれない。今回の研究結果は、サルガッソー海を否定するのではなく、新たな海域の可能性を示した」と説明する。

つまり、こういうことだ。サルガッソー海の海底は平らで、太平洋のニホンウナギの産卵場所とは地形の特徴が違う。目印になる海嶺や海山がないのだ。一方で、太平洋の場合とよく似た海域がサルガッソー海のすぐそばにあり、そこを産卵場所としてシミュレーションしてみると、ウナギの広がり具合は、これまでに採取されている場所とも合致する。「大西洋ウナギの産卵場所はサルガッソー海」という「常識」から離れ、すぐ隣にあるこの「十字路」も候補に入れてみてはどうだろう。研究グループは、そう考えている。

この成果が発表された論文の著者は4人。チャンさんと宮澤さんは、海の流れを計算する海洋物理学の研究者で、あとの二人はウナギの研究者だ。これからも、こうした異分野の共同研究で、新たな知がどんどん生まれてほしい。科学研究の異分野協力は、じつは「言うは易く行うは難し」だから……。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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