東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

あのペンギンでも氷はないほうが餌探しは楽らしい

氷の上をよちよち歩くペンギンの姿はなんとも愛らしいが、じつは、本人たちはそう好きではないのかもしれない。泳げる環境にいると、かれらは遠出のとき歩かずに泳ぐ。泳ぎながら餌をとるので、近くに海面が露出していて楽にたくさんの餌にありつければ、それが子育て中なら、ヒナの成長にもよい影響を与えそうだ。南極大陸の海岸に接している海氷の多少は、ペンギンにとっては一大事――。

というようなことは、これまでの研究でおおよそはわかっていた。南極大陸のアデリーペンギンは、繁殖期の夏に氷が少ないと子育てが順調で数が増え、氷が例外的に優勢な年には繁殖がうまくいかない。逆に、周辺海域の島々などでは、氷が少ないと数が減ってしまうという報告もある。

このように、「氷の多少」と「ペンギンの生存や繁殖の有利、不利」という二つの事柄に関係がありそうなことはわかっている。だが、そこに隔靴掻痒(かっかそうよう)の感が残るのは、この二つがほんとうに原因(氷)と結果(生存と繁殖)の関係になっているのか、その結びつきの仕組みが想像の域を出ていないからだ。

氷が多いか少ないかで、ペンギンの餌のとり方は違うのか。氷が少なくて海に簡単に入れれば、ペンギンはほんとうに楽に餌をとれるのか。ペンギンは海中を飛ぶように泳ぐので、人間が後をつけて観察することはできない。だが方法はある。ペンギンの体にGPSや小型のカメラなどを装着して行動を記録する「バイオロギング」という方法だ。

氷がないと餌探しの効率が上がる

国立極地研究所の渡辺佑基・准教授らのグループは、南極大陸のアデリーペンギンをバイオロギングで観察した。体長は70センチメートルほどで、目のまわりの白い縁どりがかわいい中型のペンギンだ。南極大陸やその周辺の海域に広く分布しており、その生息数は南極の自然環境の良好さを示す指標ともなっている。

アデリーペンギン

ビデオカメラを背に、加速度計を頭につけたアデリーペンギン。ペンギンは巣に戻ってくるので、そのとき機器をすぐに外す。(写真と図は、いずれも渡辺さん提供)

アデリーペンギンの繁殖期は南極の夏だ。夏になると営巣地に集まってきて子育てをする。北半球の日本とは季節が逆。渡辺さんらは、2010年の暮れから11年2月初旬にかけての夏を皮切りに続けて3回の夏と、2016年暮れから始まる夏の計4回の夏に、全部で175羽について調べた。場所は、日本が南極観測に使う昭和基地もあるリュツォホルム湾の営巣地。ふだんは夏でも氷が海岸に接しているが、2016~17年の夏だけは例外的に氷がほとんどなくなり、営巣地の目の前が海面になった。

アデリーペンギンを観察した2012年1月の調査地

渡辺さんらがアデリーペンギンを観察した2012年1月の調査地。海氷が着岸している。黄色い線の内側が営巣地。

アデリーペンギンを観察した2017年1月の調査地

同じ場所を2017年1月に撮影した。氷はなく、営巣地の目の前が海面だ。

ペンギンの背中や頭に取り付けた記録装置は、位置を確認するGSP、動きを調べる加速度計、小型のビデオカメラなどだ。

餌をとりに行くペンギンたちの移動の仕方は、巣の目の前まで氷が張りつめた「氷あり」の夏と氷が消えた「氷なし」の夏とでは、まったく違った。「氷あり」の夏は、歩いて巣から離れて氷の割れ目から海に入る。「氷なし」だと、ペンギンたちはほとんど歩かず、海岸の岩場から海に飛び込む。

個体によって行動はさまざまだが、平均的にはつぎのような具合だ。「氷あり」だと、巣からしばらく歩いて海に入り、潜水を繰り返して餌をとる。移動距離は2キロメートルあまりにしかならないが、早朝から夜まで20時間近くかかる長い旅だ。ところが、「氷なし」の夏だと、移動距離は7キロメートルにもなるが、12時間ほどで巣に帰ってくる。「氷なし」の夏は「氷あり」の夏に比べて、ペンギンたちの旅の所要時間は21~40%短く、距離は1.88~2.29倍に延びていた。氷がないと、広範囲を短時間で効率よく動き回れるわけだ。

海面を覆う氷は、ペンギンたちの泳ぎにとっても、やっかいものだ。潜っていくときは、氷があってもなくても、かれらは同じように一気に深みを目指す。だが、海面に戻ってくるときが違う。氷がなければスピードを落とさずにそのまま海面に達するが、氷が張っていると、水深が10メートルになったあたりで、スピードがガクンと落ちる。海面に浮き上がるために氷の割れ目を探しているのだ。その様子は、背中に取り付けた小型カメラでも確認できたという。

ペンギンたちの全軌跡

海氷の張った夏(2010年12月~2011年1月=A)と海氷のない夏(2016年12月~2017年1月=B)に動きまわったペンギンたちの全軌跡。黒い部分が陸地で白い部分が海。GSPで追跡した。氷のない夏のほうが、はるかに行動範囲が広い。黄色の丸印は営巣地の位置。

体は大きくなり、子育てもうまくいく

「氷なし」の夏は、餌もたくさんとれたようだ。頭の動きから餌のオキアミをとる回数を推定したところ、「氷なし」だとその回数が多くなる傾向にあった。そして、ふだんは青い海が、この「氷なし」の夏は緑色だった。植物プランクトンが大発生していたのだ。渡辺さんによると、南極の海は栄養分が豊富なので、氷が解けて太陽の光が注げば、光合成する植物プランクトンは増える。植物プランクトンはオキアミなどの餌になる。この夏、ペンギンたちの餌は、ほとんどすべてがナンキョクオキアミだった。氷が張った夏には、それに魚が多く交じる。

氷のない海を遠くまで泳ぎながらナンキョクオキアミを腹いっぱい食べ、短時間で巣に戻ってくる。餌をとる行動としては、それがアデリーペンギンのお好みなのだろう。

氷のない夏は、氷が張った夏に比べて、メスの体重は5~16%、オスだと7~17%重かった。ヒナの体重の増え方は、氷のない夏のほうが34~52%も速く、生存率も高かったという。たっぷりのナンキョクオキアミが、ペンギンたちの体をつくり、子育てにもよい影響を与えたらしい。

氷とともに生きるアデリーペンギンであっても、今回の研究でみるかぎり、繁殖期に餌をとるには氷がないほうが楽で、その結果、自分の体重は増えるし、ヒナを育てるにも有利だということになる。「氷のある、なしがペンギンの繁殖などに影響を与えることは、これまでの研究でわかっていた。その具体的な因果関係を初めて明らかにしたのが、この研究だ」と渡辺さんはいう。

このように氷が海岸から消えるのは、10年に1度くらいの珍しい出来事だという。その夏にたまたま出合えたからこそ、この研究成果が出たわけで、その意味ではとてもラッキーだった。だが、忘れてはいけないのは、それ以前の氷が張っているふつうの夏に、3回も調査を繰り返していたことだ。氷がある3回の夏の平均像と比較できたからこそ、この珍しい夏の特徴が明らかになった。地道な調査・観測の大切さをあらためて実感させる研究でもあった。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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