東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

ウナギがたくさん棲む川は豊かな川

「なんといっても王道はお重でしょう」「いやいや、千変万化のひつまぶしも捨てがたい」「白焼きにちょっとワサビをのせて……」。最近は高価になってなかなか口に入らないが、むかしからわたしたちの食生活になじんできたウナギ。このウナギが、食材としてだけではなく、川の生態系の豊かさを科学的に示すシンボルとしても重要であることが、最近の研究で初めてわかった。ウナギは海で生まれて川で育つ。そのウナギの、今回は川でのお話だ。

ニホンウナギ

ニホンウナギ(写真はいずれも研究グループ提供)

ウナギが密にいるほど他の生物種も多い

川は、たくさんの種類の生き物たちが暮らす状態が健全だ。植物プランクトンなどが光合成でつくりだした栄養分を動物プランクトン、小魚などのさまざまな小動物が食べて生きている。それを、もっと大きな生き物が食べる。豊かな川には、この「食う・食われる」の食物連鎖を支える多様な生き物たちがいる。かれらが障害物に阻まれずに川を自由に行き来できることも大切だ。そうした川の健全度を、「この生き物がたくさんいる川は健全な川」という具合に、なにかひとつの生き物で代表させることはできないだろうか。

米メリーランド大学で研究を続ける板倉光・日本学術振興会海外特別研究員らのグループが着目したのはウナギだ。もしウナギがそうした生き物だったら、なんといっても私たちになじみ深いし、川の環境改善を目的として「ウナギが棲(す)む川を取り戻そう!」と呼びかけても、それはたんなる象徴的な魚というだけでなく、生き物の多様性という観点から科学的に裏付けられることになる。

板倉さんらは2015~16年に、静岡県の青野川と波多打川、鹿児島県の貝底川の計51か所で129匹のニホンウナギを捕獲した。同時に捕獲した魚や甲殻類は36種類。そして、これらの分布や互いの関係を調べた。

調査のため川の生き物を捕獲している様子

調査のため川の生き物を捕獲している様子(静岡県・青野川で)

まずわかったのは、ウナギは下流から上流まで広い範囲に分布していること。調査範囲の87%でウナギはみつかった。モクズガニの84%、アユの53%などを抑え、分布の広さはナンバーワンだった。川を代表するためには、この分布の広さは大切だ。

さらに、調査地点でのウナギの多さ、つまり生息密度と他の生き物の種類との関係を調べたところ、ウナギがたくさんいるほど、その場にいる生き物の種類も多いことがわかった。つまり、その場所の生物の多様性を推定する指標として、ウナギの数が使えるということだ。

では、ウナギがたくさんいて生物種も多い場所には、どういう特徴があるのだろうか。

その点に関係がありそうな川の性質を今回の調査結果と照らし合わせたところ、「海から調査地点までの距離」と「海から調査地点までにある障害物の量」の二つがみつかった。海から遠いほど、つまり河口から離れて上流に行くほどウナギや生物種は減り、また、河口から上流にさかのぼったとき、ダムや人工的な段差のように川をまたいで流れをせき止めてしまう構造物があればあるほど、ウナギたちは減っていた。この結果について、板倉さんは「海と川がきちんとつながっていることが大切なのです」と説明する。

日本には傾斜が急で流量の少ない川が多く、大雨が降ると極端に水が濁ったり急に増水したりして環境が急変しやすい。したがって、川で一生を終えるタイプの生き物はその被害を受けやすく、海と川を行き来する「通し回遊」の生き物は、そうした環境の変化にも打たれ強い。板倉さんらの今回の調査でも、捕獲した種類の8割が通し回遊の生き物だった。もちろんウナギもそのひとつ。日本の川が豊かであるには海とつながっていることが大切で、そのとき、ウナギの濃さは、そこに多様な生き物が生息していることの指標になるのだ。

ウナギは多様な生き物たちに支えられている

さきほどお話しした「食う・食われる」の食物連鎖の関係についても、板倉さんらは調べた。それぞれの生き物の体に含まれる窒素を分析する方法で調べたところ、ウナギは食物連鎖の最上位の捕食者だった。つまり、さまざまな種類の生き物がその川にいて、それらが豊かな食物連鎖のネットワークをつくっているからこそ、「食う・食われる」の関係でピラミッドの頂点にいるウナギが生きていける。他の生き物たちがつくるそうした豊かな環境が整っているからこそ、そこでウナギがたくさん生きていけるということだ。

オオウナギ

オオウナギ

板倉さんらは、鹿児島県の奄美大島にいるオオウナギについても調査しており、これまでに述べたニホンウナギの話は、オオウナギについてもあてはまるという。

まとめると、こういうことになる。ウナギは川の上流から下流まで広く分布している。ウナギがたくさんいるほど、一緒にいる他の生き物の種類も多い。ウナギがたくさんいるということは、それを支える生き物たちの食物連鎖網も充実しているということだ。ウナギは、その知名度からいっても、そこに生息している生き物の多様性を示す指標としても、さらに「この生き物を保全することが、それと関係する多様な生き物を保全することになる」という代表性からいっても、豊かな川のシンボルとしてふさわしい。

「ただし、ウナギだけを守ればよいという意味では、もちろんありません」と板倉さんはいう。たとえば、流れをせきとめる堰(せき)に設けられた魚道。水量の少ない魚道だと、ウナギははい登る能力が高いので行き来できるが、他の生き物たちは上流に行きにくい。これでは、たとえウナギがあちこちで見つかっても、健全な川とはいえない。

海とよくつながった川であることが大前提。そうした川でウナギを守る人は、生態系全体を保全していることになる。川の豊かさを守る活動をする人たちにとっては、ウナギをそのシンボルとすることに科学的な裏付けが得られた。

今回の研究は、日本の川を対象にしている。大陸の川のような水量の多いゆったりした流れでは、たとえば海とのつながりの重要性などの点で様子が違ってくるかもしれない。しかし、研究グループによると、ウナギの仲間は16種もいて世界に広く分布しており、食物連鎖の上位にいる点も変わらない。ウナギは絶滅が心配されている。そのウナギを守ることが生態系を守ることにもなるというのだから、ウナギの保全にもいっそう力が入りそうだ。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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