東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

ジンベエザメは低水温をものともしない

沖縄県にある沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館には、体長が約9メートルにもなるジンベエザメがいる。「黒潮の海」と名づけられた水槽をゆっくり泳ぐ姿を初めて見たとき、その大きさに驚いた。大きくなると体長は12~13メートルになるという。英語でいうと「ホエール・シャーク(whale shark)」で、そのまま訳せばクジラザメ。まさにクジラを思わせる世界最大の魚だ。

ジンベエザメは、ふつう海面近くの浅いところにいるが、ときどき水深1000メートルを超えるような深い場所へも潜っていく。ジンベエザメがすむ熱帯や亜熱帯の海では、海面の水温は30度近くになる。とても温かい。そんな海でも、水深1000メートルでは5度を下回るような低温になる。温かい海を好むはずのジンベエザメが、どうしてこんな低温に耐えられるのだろうか。動物のなかには、体温が下がると活動が不活発になってしまうものもいる。ジンベエザメの体温は下がらずにすんでいるのだろうか。

一般に、大きな動物ほど、まわりが寒く冷たくても体温が奪われにくい。その理由は、こう考えるとわかりやすい。

たとえば1辺が2センチメートルの正方形の面積は4平方センチメートル。1辺の長さが2倍の4センチメートルになると面積は16平方センチメートルで、さきほどの4倍になっている。そして、これが立方体の体積ならば、8立方センチメートルから64立方センチメートルへと8倍になる。図形が大きくなるとき、表面積よりも体積のほうがどんどん増える。逆にいえば、体積が増すほどには表面積は大きくならない。

動物の体の表面積と体積も、おおざっぱにいうと、このような関係にある。動物が体に蓄えている熱は、体積が大きいほど多い。体の熱は体表を通して外界に奪われるのだが、大きい動物だと、体に蓄えられる熱が多い割には体の表面積が小さいので、結局、熱は奪われにくい。つまり、大きい動物の体は冷えにくい。

大きさについては、たしかにそうなのだが、ジンベエザメは魚なので、哺乳類とは違って、体が冷えたとき、それに反応して体内のエネルギー物質を積極的に燃焼させて体温を上げるしくみはもっていない。光も届かない暗く冷たい深海と海面を行き来するジンベエザメは、なにか特別なことをして、活動に必要な体温を維持しているのだろうか。それを初めて実測したのが、長崎大学の中村乙水助教らの研究グループだ。

「大きな体」で体温を維持していた

中村さんらが実測に使ったのは、体長が4~7メートルほどの3匹のジンベエザメ。定置網にかかってしまって沖縄美ら海水族館が保護していたジンベエザメに、水深や水温、筋肉の温度を測定できる小さな装置を取りつけ、2015~16年に沖縄の近海に放した。動物に小型の記録装置を装着してその行動を調べるバイオロギングという手法だ。装置は自動的に切り離されて浮上し、それを船で回収して記録されていたデータを調べた。

ジンベエザメ

水深や水温、体温の記録装置を頭部につけて放たれるジンベエザメ。(沖縄美ら海水族館提供)

たとえば、最初に放したジンベエザメ。放した直後に、水温が28度くらいの海面から水深390メートルまで一気に潜った。水温が14度のこの深さに4時間ほどとどまった後に浮上し始め、放してから12時間後には、ふだん生活している海面近くに戻ってきた。

体温は、潜った直後からゆるやかに低下したが、19度までしか下がらなかった。浮上して水温が上がると体温もしだいに上昇し、その後、しばらく温かい海面近くにとどまっていたときは、体温は水温とほぼおなじに保たれていた。体温が19度に下がった状態では、高温時に比べて尾びれの活動はたしかに低下していたが、ジンベエザメの体は大きいので、これくらいの時間なら、冷たい水の中でも体温は活動可能な範囲に保たれるということだ。

もうひとつ、大切なことがわかった。ジンベエザメは、体温の維持をまわりの海水からもらう熱に頼りきっていたのだ。おなじ魚でも、たとえばマグロは、筋肉を動かすときに生じる熱を無駄に外に捨てることのないよう、血管の配置に独特のしくみをもっている。そのため、ふだんから体温がまわりの水温より高く、かなり冷たい海の中でも活発な動きで速く長距離を移動できる。中村さんらの実測の結果、海面近くにとどまっているジンベエザメの体温は、その場の最高水温を上回ることはなかった。もし、ジンベエザメが体内で熱を生みだしていたら、マグロのように体温が水温を超えるはずだ。

ジンベエザメは、活動を維持するための熱を体内で生みださない。だが、体が大きいから冷えにくい。この性質を使って、深く冷たい場所へも潜っていく。熱を生みだすためのエネルギーは必要ないので、効率のよい生活をしているともいえる。

中村さんらは、体の大きさが体温維持にどれだけ有利に働いているかを計算してみた。海面から40分あまりかけて水深1000メートルを往復したとすると、体重が100キログラムの魚だと体温は4度ほど低下してしまうのに対し、1000キログラムの場合の体温低下は1度に満たなかった。今回のジンベエザメの体重は800~1600キログラム。体温の低下を避けるという意味では、体が大きいことは、これほど有利なのだ。

ジンベエザメのように、体温の維持を外の環境に任せている動物を「外温性」の動物という。マグロや、そしてわたしたち人間のように、体内で熱を積極的に生みだしている動物を「内温性」の動物という。は虫類や両生類、魚類の多くは外温性で、わたしたち哺乳類や鳥類の多くは内温性だ。

こう書くと、それぞれが「変温動物」「恒温動物」とイコールになりそうだが、いま説明したように、そうではない。マグロは魚だが内温性で、体温は高めに保たれているので、「変温」というのは妙な話だ。逆に、哺乳類でも体温が大きく変化するものもいる。魚類、哺乳類といった種類によって変温動物と恒温動物にスパッと二分できるわけではなく、境目はあいまいだ。この二分法は混乱を招きかねない概念でもあり、最近の科学研究では、これらの言葉は、あまり聞かれない。中学校の理科では、いまでも「哺乳類と鳥類は恒温動物」「は虫類や両生類、魚類は変温動物」と教えているようだが、これも「科学」と「理科」の不整合を示す一例かもしれない。

水族館との共同研究

この研究は、中村さんのほか沖縄美ら海水族館、東京大学の研究者が共同で実施した。水族館といえば、海や川の生き物をわたしたちに楽しく見せてくれる施設だと思われがちだが、それと同時に、その生態の解明や保護などを目的とする研究も行っている。なにより、飼育技術をもっているし、海などの現場との接触も密だ。今回の実測で使ったジンベエザメも、沖縄美ら海水族館が保護して飼っていたものだ。中村さんも「ジンベエザメを研究に使えたのも、水族館のおかげだ」という。

さて、ジンベエザメは、その大きな体を有効に使って、水深1000メートルを超えるような深く冷たい海に、なにをしに潜っていくのだろうか。中村さんによると、その理由はまだわからないのだという。餌を食べに行くという説もあるが、潜行の苦労に見合うどんな餌があるのかがそもそも不明だし、もしおいしい餌があるなら、なぜもっと頻繁に潜らないのかが不思議だ。今回の実測では、せいぜい1日に1回。ほんのたまにしか潜らないのだ。

人は、知れば知るほど相手を好きになるともいう。こうしてジンベエザメの生態がすこしずつ明らかになってくれば、つぎに会うときには、もっと親しみがわくことだろう。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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