東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

地球の水はどこから来たのかという大問題

地球は水の惑星だ。表面積の7割をしめる海は多量の水をたたえ、その深さは平均すると約3700メートルにもなる。地球上の水の97.4%は海にあり、氷河や地下水、川や湖などの陸水は2.6%。そして大気中に0.001%。こんなに豊かな水に恵まれた惑星は、太陽系の8惑星で地球だけだ。

だがじつは、この地球の水が宇宙のどこからやってきたのかが、まだよくわかっていない。太陽や地球のもとは、宇宙にただよう気体や塵(ちり)。それが集まって太陽ができ、ほぼ同時に、惑星などの天体が太陽のまわりに誕生した。太陽から遠いところは寒いので氷があった。だから木星や天王星などには大量の氷がある。だがそれは、太陽から地球までの距離の2.7倍より遠いところの話。それより太陽に近いと、太陽の熱のため氷が存在できない。気圧が低い宇宙空間では、水は固体の氷か気体の水蒸気でしか存在できず、液体の水はない。「スノーライン(雪線)」とよばれるこの2.7倍の境界線より太陽に近い地球は、氷なしで塵が材料となってできた。つまり、地球にはもともと水はなかった。

海

地球のこの豊かな水は宇宙のどこから来たのか……。

地球に水をもたらした候補は、いくつかある。ひとつは、火星と木星のあいだに無数にある小惑星だ。小惑星はスノーラインの内側と外側にまたがって分布しているので、氷由来の水分を岩石中に含むものもたくさんある。これが地球に飛んできて、その水分が地球の水のもとになったという考え方。もうひとつは、氷の塊である「彗星(すいせい)」が地球にぶつかったという説。あるいは、できつつある地球の軌道があるときゆがみ、スノーラインより外側に地球が出ていって氷を獲得したという説もある。いずれも地球の水のもとを、スノーラインより外側の「氷」に求めている。

桐蔭横浜大学の中野英之教授らの研究グループは最近、新たな可能性を発表した。宇宙空間では、水分のないところから水が生まれる可能性があるというのだ。もともと氷のないスノーラインの内側でも、これなら水を生みだすことができる。

宇宙空間の有機物を熱すると水がでる

中野さんらが注目したのは、彗星などにも含まれている有機物だ。有機物とは、炭素を含む物質のことだ。生き物の体を構成するたんぱく質や栄養分となるでんぷん、アルコールやプラスチックなども有機物だ。一酸化炭素や二酸化炭素にも炭素は含まれるが、こうした単純な物質は有機物とはいわない。有機物と対になるのが無機物。炭素を含まない物質で、岩石も無機物だ。宇宙では、無機物が紫外線などを受けて有機物に変化することがある。

こうした宇宙の有機物を実験に使えるだけたくさん集めることはできないので、中野さんらは、過去の研究をもとに、宇宙の有機物に似た成分をもつ疑似有機物を使った。グリコール酸、エチレングリコールなどが含まれている。これを熱したところ、摂氏250度くらいで水が発生し始め、350度くらいになると、試料中に水滴として確認できるようになった。有機物を熱することで、水が生成したのだ。さらに400度に温度を上げると、赤茶色だった残りの有機物は黒っぽく変色した。水と黒っぽい有機物に分かれたこの状態は、室温に冷ましてもそのままだった。

350度まで熱せられた宇宙空間にある模擬的な有機物

宇宙空間にある模擬的な有機物を350度まで熱すると、水滴が確認できた。右下の白い横線の長さは10分の1ミリメートル。(中野さんら研究グループ提供)

念のため、まったく別の実験装置で疑似有機物を加熱したところ、400度になると、おなじように有機物と、有機物がわずかに溶けた水に分かれた。調べたところ、この黒い有機物は地球で産出する石油とよく似ていたという。地球の石油は、生物の死がいが地下に埋もれ、長い時間をかけて変性したものだ。

干からびた宇宙で地球の水は生まれたのか

最初に述べたように、地球の水は、スノーラインの外側にある小惑星などからもたらされたとする考え方が現在の主流だ。そこには氷由来の水が含まれているからだ。水が含まれているといっても、岩石中に氷や液体の水が封じ込められているわけではない。水を構成している酸素や水素が、岩石の一部となって組み込まれている。この酸素や水素が、地球が形成されるときに、ふたたび水となって出てくる。重さの1割くらいの水を取り出せるものもあるという

400度まで熱せられた模擬的有機物

模擬的有機物を400度に加熱すると、石油と水に分かれた。(中野さんら研究グループ提供)

中野さんらの実験によれば、スノーラインの内側でもおなじことが起きる可能性がある。違うのは、水の出所が氷ではなく有機物だという点だ。有機物が熱せられて水が発生し、それが酸素や水素として岩石を構成する可能性があるということだ。

海の水は、大量なように思えても、じつは地球の重さのわずか0.02%でしかない。スノーラインより外側にある水分の豊富な岩石から地球の水がもたらされたと仮定すると、現在の海の水の何十倍もの水が地球にある計算になるという。残りの水は、地球深部の岩石などに、水素や酸素の形で組み込まれていると考えられている。だがそれも、地球深部の岩石などを掘りだしてじかに測定できるわけではないので、直接的な証拠に欠ける。地球の水の由来というのは、けっこう微妙な話なのだ。

宇宙や地球の深部は観測が難しいので、その科学は、それまでの観測や実験で得られた限られた事実をもとに、目的の現象をもっともうまく説明できる理論を組み立てていくことになる。地球の水はどこから来たのかという大問題に対し、スノーライン内側の干からびているはずの宇宙からも水は生まれ得るという新たな実験結果が加わった。研究グループに加わっている横浜国立大学大学院生の平川尚毅さんは、「これで地球の水をどれだけまかなえるのかというような量的な議論は、まだまだこれからだ」という。今後が楽しみな研究だ。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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