東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

深海底の岩には細菌が密集していた

地球には、微生物とよばれる小さな生き物が無数に存在している。肉眼では見えない小さな生き物、あるいはよく見えない生き物のことだ。1万分の1ミリメートルにも満たない「ウイルス」や、1000分の1ミリメートルくらいの「細菌」。これらは1個の細胞でできている。「真菌類」に含まれるカビは、いくつもの細胞が集まって目で見えるサイズになっている。水中にいるミドリムシやゾウリムシも微生物の仲間だ。

このなかでも細菌は、わたしたちにとって、とくになじみ深い。ブドウ球菌、サルモネラ菌、赤痢菌など病気の原因になる細菌もいるが、乳酸菌や納豆菌は食事として体内に取り入れているし、大腸菌は腸内に大量にいて、わたしたちと共存している。

それだけではない。いまから40億年ほどまえ、地球に誕生した最初の生命は、こうした微生物だったと考えられている。微生物を研究する科学のおもしろさのひとつは、生命の起源に迫ることができる点だ。地球上のどこか意外な場所にも、微生物は密集しているのではないか。それが、初期生命の誕生と進化の手がかりになるのではないか。今回、水深約5700メートルの海底の岩石から細菌の群集を見つけたのが、東京大学の鈴木庸平准教授らの研究グループだ。

細菌の多さは人間の腸内に匹敵

分析したのは、南太平洋の海底に縦穴をあけて引き揚げた岩石だ。米国の科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号」を使った2010年の国際調査で採取した。

世界の海底は、玄武岩とよばれる岩石でできている。太平洋や大西洋など世界の海の底には、海底火山が連なった「中央海嶺」という大山脈がある。その大山脈からマグマが縦一列に噴きだし、海水で冷やされながら玄武岩の海底として左右に広がっていく。中央海嶺から近い海底は、いまマグマとして噴きだしたばかりだから熱く、遠くなるほど冷たくなっている。噴きだして1000万年くらいたった海底は、じゅうぶんに冷えて、もう海水との反応もなくなり変化に乏しいと考えられていた。鈴木さんらが分析したのは、誕生して1億400万年たった海底の玄武岩。すでに冷えている玄武岩だ。

注目したのは、玄武岩にできていた亀裂だ。亀裂は、熱かった時代に岩と水の反応でできた粘土で埋まっていた。そして、この粘土と玄武岩との境目に、低温に特有な別の種類の粘土ができていた。玄武岩は冷えてもなお海水と反応し続けていたのだ。

ジョイデス・レゾリューション号

深海底の岩石採取に使った科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号」(東京大学のプレスリリースより)

ここに微生物がたくさんいた。新しく開発した方法でその数を調べたところ、じつに1立方センチメートルあたり100億個を超えていた。その多くが、まわりのえさを食べて生きる「従属栄養」の細菌だった。植物は、太陽光のエネルギーを使って、二酸化炭素と水から自分が生きるための栄養分を作りだせる「独立栄養」の生き物だ。わたしたち人間は、食物として栄養分を取り入れなければならない従属栄養の生き物。鈴木さんらがみつけた細菌は、わたしたちとおなじ従属栄養の、ごくありふれた種類だった。

海底でマグマが噴きだすあたりでは、地上では火山の近くで温泉がわくように、海底から熱水が噴きでている。そのような高温の環境には、太陽光の代わりに化学反応のエネルギーを使って自分で栄養分を作りだす独立栄養の細菌もいる。そうした高温環境ではそこに適した細菌が、そして、すでに冷えた玄武岩にもその環境に適した細菌がいるということだ。

鈴木さんらが確認した1立方センチメートルあたり100億個という細菌の密度は、わたしたち人間の腸内の細菌密度に匹敵するという。人間の便は、水分を除いた重さの3分の1は腸内細菌だといわれている。わたしたちの腸内には、驚くほど多量の細菌がいる。それに匹敵する密度の細菌が、水深約5700メートルの玄武岩の亀裂からみつかったのだ。

粘土は、ごく細かい岩石の粒子でできていて、生き物のえさになり得る有機物が吸着しやすい。粘土に集まった有機物が、多量の細菌の生活を支えている。その有機物がもとは海水に含まれていたのか、あるいは岩石の内部で合成されたのかは、いまのところわからないという。

こうした冷えた玄武岩の海底は、地球の海底の9割を占める。光は届かず冷たい高圧の広大な海底は、細菌たちの楽園なのかもしれない。

火星にも玄武岩、粘土、そして……

さらに興味深いのは、鈴木さんらが冷えた玄武岩で新たにみつけた粘土が、火星の地下にも存在している点だ。もし火星に生命体がいたとしても、それが地球の生命と似ているかどうかはわからない。だが、もし似ているなら、その粘土に細菌のような生物が集まっていた痕跡が残っているかもしれない。火星には玄武岩がある。地下の水があるところなら、ちょうど地球の深海底のように、いまも粘土に細菌が生存している可能性も……。

地球のあらゆる生き物は、わたしたち人間も含まれている真核生物、細菌、古細菌の三つのグループに大別される。真核生物は、いまから約16億年まえに古細菌から分かれたと考えられている。地球上に生命が誕生したのは40億年くらいまえだが、それからしばらくは、地球上は細菌と古細菌の世界だった。すくなくとも地球生命の歴史をみるかぎり、細菌は生命誕生のころから存在し、いまも繁栄し続けている。細菌は、いつでもどこにでもいる、したたかな生き物なのだ。

地球以外の天体に生き物がいるなら、それが細菌であることには、なんの不思議もない。米航空宇宙局(NASA)は2020年7月、生命体が生息できる環境と微生物の痕跡そのものを探す探査車「パーセヴィアランス(Perseverance)」を搭載したロケットを、火星に向けて打ち上げる予定だ。鈴木さんらの研究により、これからの生命探査では、玄武岩と粘土がこれまで以上に注目されていくことになるのだろう。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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