東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

ブルーカーボンが注目されている

スペインで開催中の第25回国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP25)で、海の海草や海藻が二酸化炭素を取り込む「ブルーカーボン」が注目されているというニュースが流れた。本来なら地中に埋まってたくさんの炭素を抱え込んだままになるはずの石炭や石油を人間が大量に掘り出して燃やし、その「ごみ」として二酸化炭素が大気中に過剰に放出されている。それが現在の地球温暖化の原因だ。ブルーカーボンは、大気中の二酸化炭素をふたたび炭素として海中に取り込むひとつの選択肢になる可能性がある。

浅い海底に生えているアマモ

浅い海底に生えているアマモ(港湾空港技術研究所・桑江朝比呂氏提供)

人間は炭素のリサイクルを壊してしまった

植物は、太陽の光を使って大気中の二酸化炭素から栄養分を作る。これが「光合成」だ。二酸化炭素にも栄養分にも「炭素」が含まれている。炭素は姿を変えて、大気中の二酸化炭素から栄養分や植物の体になる。それを動物が食べる。動物の体にも炭素が含まれていて、植物や動物が死ぬと、その体はバクテリアなどに分解されて二酸化炭素に戻る。その二酸化炭素を、植物が光合成でふたたび利用する。

地球上の炭素はこうして繰り返し使われる。つまり炭素のリサイクルだ。この炭素のリサイクルを「炭素循環」ともいう。地球上のどこにどれくらいの量の炭素が配分されるのかは、壊れやすいこの微妙なリサイクルのバランスで決まっている。

炭素の一部は、本来なら地上にふたたび現れない形で地中に埋まっている。石炭や石油だ。石炭は、もとは地上の植物だった。石油は微生物などの死がいが地下で変質したものだ。大気中の二酸化炭素が植物に吸収され、それらが死んで何千万年、何億年という長い時間をかけて地中に炭素として眠ることになった。これも、地球がもともと持っている炭素のリサイクルの一部だ。

もし人間が、石炭や石油ができるのに見合うだけゆっくりと少しずつこれらを使うなら、この点についても地球の自然な炭素のリサイクルが機能するはずだ。だが、現実は違う。産業革命以降のわずか200年ほどの、地球の46億年の歴史からみればほんの一瞬とも思える短期間に、私たちは大量の石炭や石油を燃やした。これでは、石炭や石油がかかわる炭素のリサイクルは当然ながら機能しない。私たちが地球の自然な炭素のリサイクルを壊し、そのほころびが、大気中の二酸化炭素の急増による地球温暖化として表れているのだ。

「グリーン」と「ブルー」

ほころんだ炭素のリサイクルをできるだけ修復するためには、まず二酸化炭素の排出量を減らし、同時に二酸化炭素を吸収する選択肢を見つけ、強化することが望ましい。その有力な選択肢が「植物」だ。陸上の植物が光合成で二酸化炭素として取り込む炭素を「グリーンカーボン」、海の植物をはじめとした生態系の場合を「ブルーカーボン」という。

ただし、海のブルーカーボンには、グリーンカーボンにない複雑さがある。陸の植物の場合は、大気中の二酸化炭素が光合成で使われ、そのまま吸収されるのだから話は簡単だ。だが、ブルーカーボンの場合は、大気中の二酸化炭素がいったん海水に吸収され、それが植物に使われる。陸のふつうの植物とおなじような育ち方をするアマモなどの海草や、コンブやワカメのような海藻が多い沿岸域は、陸から流れ込んだ汚物が分解されて二酸化炭素の発生源にもなりうるので、ほんとうに二酸化炭素の吸収源になるのかどうか、ごく最近までわからなかった。

二酸化炭素の吸収源としての「藻場」の再発見

海草や海藻が多い沿岸の「藻場(もば)」は、魚などの動物が集まり、水の浄化作用もある大切な生態系ととらえられてきた。その藻場が最近、二酸化炭素を吸収して「貯蔵」する場としても注目されるようになった。国内でも、港湾空港技術研究所などのグループによる研究で、アマモなどの海草が茂る場は実際に二酸化炭素の吸収源になることが2015年に確かめられている。また、一般に海草より成長が速い海藻のほうが、二酸化炭素の吸収能力は高いとみられている。

「ブルーカーボン」という言葉は、国連環境計画(UNEP)が2009年に作りだした。この年に、その名も「ブルーカーボン」という報告書で、海の生態系がもつ二酸化炭素の吸収源としての可能性を指摘し、熱帯雨林を上回る速さでその場が消失していることに警告を発した。それから10年。国土交通省も今年6月、ブルーカーボンの可能性を具体化していくための検討会を設置した。

国連環境計画が2009年に公表した報告書「ブルーカーボン」

国連環境計画が2009年に公表した報告書「ブルーカーボン」

ブルーカーボンの役割については、まだ不明な点も多いが、それがすっかり解明されるまで待っていられるほど状況は甘くない。世界がよほど真剣に努力しなければ、地球温暖化のペースを緩めることはできそうもない。科学的な知識が完全とはいえない状況での社会の意思決定と行動。ブルーカーボンについても、この難題が問われているのだ。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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