東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

フェリーに積んだGPSで「あびき」をとらえる

東京大学海洋アライアンスは、2017年2月20日から、九州の長崎湾で発生する「あびき」の前兆現象をとらえる試験観測を始めました。長崎湾と五島列島を結ぶカーフェリーにGPS(全地球測位システム)の受信装置を設置し、長崎湾の内外で海面の上下動を測定します。「あびき」を引きおこす湾外のゆるやかな水位の変化をとらえることができれば、世界で初めての観測例になります。

この「湾外のゆるやかな水位の変化」は、じつは、津波とおなじ性質の波です。今回の観測が成功すれば、人命をおびやかす巨大な津波の来襲を、津波がまだはるか沖合を伝わっているうちにキャッチできることを意味します。今回の観測を海洋アライアンスの「『メガ津波』から命を守る防災の高度化研究」プロジェクトのメンバーが実施しているのは、そのためです。

30分で水位が大きく上下する「あびき」

まず、「あびき」について説明しておきましょう。

九州の長崎湾では、約30分の間隔で水位が上下する現象がみられます。水位の上下幅が1メートル以上になるような変化の大きな現象は、冬から春先にかけての1〜4月に多く、古くから「あびき」とよばれてきました。

たとえば、1979年3月31日には水位の上下幅が278センチメートルの大きなあびきが発生し、押し寄せた津波のような高波で漁船が漂流したり、女性が波にのまれて死亡したりする被害が生じました。

湾外から来たゆるやかな波が「あびき」をおこす

湾や湖のように陸に囲まれた水域には、このように、特定の時間間隔で水位が上下する性質があります。この現象を「副振動」といいます。水を入れた洗面器を床に置き、すこし傾けてから放すと、水面はしばらく上下に揺れ続けます。これとおなじ現象です。

水面が上下を繰り返す時間間隔(周期)は、湾や湖の形、水深などで決まっています。この決まった周期を、それぞれの湾や湖の「固有周期」といいます。長崎湾の固有周期は約35分です。

湾や湖では、水位の振れ幅が小さなものを含めると、副振動はつねに発生しています。大きな副振動が発生する原因はいくつか考えられますが、そのひとつが、湾や湖の固有周期とおなじ周期で水に力が加えられた場合です。

たとえば、湾の固有周期とおなじ周期をもつ波が湾の外から入ってくると、副振動の振れ幅は増幅して大きくなります。この現象を「共振」といいます。ブランコをこぐとき、その揺れに同期して背中を押してもらうと振れ幅がどんどん大きくなるのも、この共振です。ブランコには、もともとこの周期で揺れる性質があって、背中を押す力の周期が、そのブランコの周期、つまり固有周期と一致したのです。ちなみに、ブランコの固有周期は、ブランコをつるしてある鎖の長さで決まります。乗っている人の重さは関係ありません。

「あびき」の場合は、東シナ海で生じた周期が35分くらいの波が、五島灘を東向きに横断して長崎湾に進入し、それが長崎湾の水と共振をおこして水位の振幅が大きくなると考えられています。五島灘をわたってくる波の周期は、その海域の地形、つまり水深や海岸の形状で決まります。したがって、この海域の地形と長崎湾の地形が、たまたま大きなあびきをおこしやすい関係にあることになります。この「周期が約35分の波」は、海上で生じた気圧の乱れが東に進みながら作りだしたと考えられています。

あびきが発生するしくみの概念図

あびきが発生するしくみの概念図(Monserrat, Vilibic and Rabinovich(2006)の図を改変)

GPSで水位の変化を測る

観測に協力してくださるのは九州商船(長崎市)です。長崎港と五島列島を結ぶ2隻のカーフェリー「万葉」「椿」の船上に、GPS受信装置を設置しました。ふつうのカーナビやスマホに使われている装置は、誤差が数メートルあります。フェリーに積んだ高精度GPSの誤差は数センチメートルなので、うまくいくと、長崎湾で「あびき」をおこす波を、五島灘でキャッチすることができます。

カーフェリーは2隻で1日に6回、五島灘を横断し、GPS衛星からの電波を1秒に1回のペースで記録し続けます。観測は、4月中旬まで続ける予定です。

記録された海面水位のデータは、ときどきパソコンにダウンロードし、研究室に持ち帰って解析します。データには、潮の満ち干を引きおこす潮汐による水位変化なども含まれているので、それらを取り除いて、「あびき」の原因となる波がとらえられているかどうかを調べます。

カーフェリー「万葉」の船上に設置されたGPSの装置

カーフェリー「万葉」の船上に設置されたGPSの装置。左上にある円盤状の装置がアンテナ、黄色い箱に受信機やデータの記録装置が入っている。

今回の観測が成功すれば、それとおなじ種類の波である津波についても、沖合でまだ波高の高くないうちにキャッチできる可能性が高まります。そして、日本近海を航行するたくさんの船にGPSの装置を搭載しておき、そのデータを集約することができれば、津波予報の新たな方法になりうると考えられています。この点については、「船に積んだGPSで津波をキャッチする」で解説しています。

長崎の新聞やテレビでも

今回の観測開始にさきだち、その概要を、新聞やテレビの記者の方々に長崎県庁の県政記者クラブで説明しました。さらに20日、21日の夜には、GPSの受信装置をフェリー船上に設置する現場を取材してもらいました。多くのマスメディアが報道してくださいました。

船上で取材を受ける丹羽淑博・東大海洋アライアンス特任准教授

船上で取材を受ける丹羽淑博・東大海洋アライアンス特任准教授

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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