東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

津波を航空機からとらえる試み

海底の地盤がずれて地震がおきると、海底の急な変形が海面に伝わって津波がおきます。日本の海岸に津波が来そうなときは、気象庁が津波注意報や津波警報をだして注意をよびかけます。

東京大学海洋アライアンスでは、津波がいつ、どれくらいの高さでやってくるのかを、より高精度に予測する方法を探る研究を進めています。6月末には、航空機に取りつけたレーダーで海面の高さを測るための実験を行いました(図1)。

図1

図1 出発の準備をする観測用の航空機(名古屋空港で)

津波を沖合でとらえる

日本の太平洋側の海底には、海底と海底が押し合っている「海溝」とよばれる溝が何本も走っています。ここで大きな地震がおきると、巨大な津波がやってきます。2011年3月に東日本大震災をひきおこしたマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震や、近く発生が予想されている南海トラフ地震が、このタイプです。

海洋アライアンスが研究している津波予測の最大の特徴は、津波の波形を沖合で観測し、そのデータをもとに津波の襲来を予測することです。

気象庁の津波予測では、実際におきた津波の波形は観測していません。地震がおきると、まず地面の揺れから地震の発生場所を計算し、それが海底だった場合に、津波が発生する可能性があると考えます。それに引き続いて、どれくらいの大きさの津波が沿岸に到達するかを予測するのですが、その際に使うのが、あらかじめ作っておいた津波のデータベースです。

このデータベースは、「海底のこの部分でこれくらいの規模の地震がおきれば、このような津波が沿岸に到達することになる」という計算を、日本列島周辺の海底のさまざまな部分についておこない、保存してあるものです。実際に海底で地震がおきると、その地震をおこした海底の地盤のズレにもっとも近いと考えられるものをデータベースから選びだし、それをやってくる津波の大きさと考えるのです。実際におきた沖合の津波をもとに計算するのではありません。

この気象庁方式は、数分程度の短時間で津波の大きさを予測できる長所があります。しかし一方で、「地面の揺れ→震源の位置と地震の規模→津波」という順を追って津波の規模を推定するので、肝心の超巨大地震では、津波予測の精度が大幅に落ちます。地面のゆれが地震の発生から数十分も続くような超巨大地震では、震源の位置や地震の規模をなかなか正確に推定できないからです。東日本大震災のときがそうでしたし、南海トラフ地震でも同様の事態になる可能性があります。

ですが、もし津波の波形を沖合でとらえることができれば、たとえ超巨大地震であっても、津波の襲来をかなり正確に予測できるかもしれません。地震そのものには関係なく、海面を伝わる波としての津波だけを計算すればよいからです。その可能性を探るには、そもそも沖合で海面の凹凸を観測できるのかを試してみなければなりません。それが、今回、海洋アライアンスが実施した航空機による観測実験です。

航空機のレーダーで海面の凹凸を観測

今回の観測実験では、合成開口レーダーというタイプのレーダーを使いました。これを、観測用航空機の胴体に下向きにつけて、自動車の速度違反取り締まりレーダーで使う電波と同種の電波を発信アンテナから海面に向けて発射し、海面から反射してきた電波を受信アンテナでキャッチします(図2)。たとえば海面がくぼんでいる部分は、盛りあがっている部分にくらべて航空機からの距離が長いので、電波が返ってくるまでに余計に時間がかかります。こうして電波が往復するのにかかった時間から、海面までの距離を計算します。

6月28日から30日にかけて実施したこの観測では、名古屋空港を離陸して、その沖合から南南西へ約400kmの区間を4往復しました(図3)。海面の凹凸には、津波のように盛りあがりのスケールが数十kmから数百kmにもなる波や、風でおきるうねりのように数十mから数百mくらいの波、あるいは黒潮などの海流や渦にともなうものなど、さまざまなスケールの凹凸がまじっています。今回の観測実験では、もちろん本物の津波が観測できたわけではありませんが、どのような海面の凹凸をとらえることができたのかを、いま解析しているところです。

図2

図2 航空機の胴に取り付けられた合成開口レーダー。前方(右)の板状のアンテナから電波を発射し、海面で反射して戻ってきた電波を後方(左)のアンテナでとらえる。

図3

図3 観測中の機内

津波から人命を守るさまざまな方法を検討する

日本列島の周辺では、つねにたくさんの航空機が飛んでいます。もし、今回の観測実験がさらに進み、津波の予測に使えるデータがこの方法で得られることがわかれば、そのような航空機に協力してもらってつねに海面を見張るという方法も、現実味を帯びてきます。すでに、海底に設置した水圧計や海面に浮くブイでとらえた津波の波形を利用する予測システムも、試験的に運用され始めています。

過去の歴史が物語っているように、日本は、超巨大津波に襲われる宿命にある国です。その津波から人命を守るための方法を、さまざまな角度から研究していく必要があります。今回の観測は、海洋アライアンスが日本財団の助成を得て実施しているプロジェクト研究「『メガ津波』から命を守る防災の高度化研究」として実施したものです。このプロジェクトでは、船の動きから津波を早期に検知する可能性を探る研究も行っています。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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