東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

アナタが大好き

友だちになれそうな海の動物といえば、なんだろう。潮干狩りで採ってきたアサリは塩水につけておくが、これは友だちになるためではなく、砂抜きをして食べるためだ。カニやエビは、まあ飼ってもいいけれど、わたしの場合はやはり食い気ですね。観賞用の水槽にいる海水魚やサンゴ。これは人にもよるだろうが、どうも友だちになれる気はしない。

犬や猫は友だちになれそうだ。そう考えてみると、友だちになれるかどうかは、お互いの意思をわかり合えるかということと関係が深いのではないか。

いる、いる、そういう海の動物が。イルカです。水族館のイルカショーでは、飼育係の号令でさまざまな芸をする。飼育係の意思が伝わっているのだ。イルカは、海をゆく船に群れになってついてくることがある。何頭ものイルカが、まるで互いに相談でもしているかのように、一緒になってついてくる。どうもイルカはコミュニケーション能力が高そうだ。

「わーい、イルカはお友だち」と素直に喜ぶのもいいけれど、科学者は別のことを考える。イルカは、ほんとうに意識して仲間とおなじ行動をとてっているのだろうか。たまたまそう見えるだけではないのか。もしそうだとして、相性のよいペアというものがあるのだろうか。

科学者は疑り深いんですね。常識と思えるようなことでも疑ってみる。すでに論文に書かれていることでも、やはり疑ってみる。有名な社会学者のロバート・マートンは、この疑り深さが科学には大切なのだと述べた。疑って疑って、それでも正しいと認められた事柄だけが生き残る。それが科学だ。科学者は、性格が悪くて疑り深いわけではない。

イルカにカメラをつける

それで、イルカの話。並んで泳いだり海面で息つぎをしたり、イルカは仲間と一緒の行動をとっているように見える。だが、かれらは水中でもほんとうに一緒なのか。どのように一緒なのか。まずそれを知りたい。

だが、ここで難題が。海面近くを泳いでいるイルカならよい。船や航空機で観察できるから。しかし、水中のイルカは、見えない。

並んで泳ぐ3頭のヒレナガゴンドウ

並んで泳ぐ3頭のヒレナガゴンドウ。真ん中と奥のゴンドウにカメラと計測装置がついている(Sanna Kuningasさん撮影)

そこで、英セントアンドルーズ大学の青木かがり研究員は、ヒレナガゴンドウという種類のイルカに、泳ぐ速さなどを計測して記録する装置とカメラをくっつけた。イルカの潜る深さや速さのデータが得られれば、どのように行動しているかがわかる。うまくいけば、一緒のイルカがカメラに写るかもしれない。

ここでイルカについての説明を。ヒレナガゴンドウは、マッコウクジラとおなじ「ハクジラ」の仲間だ。「それならイルカじゃなくてクジラでしょう」という声も聞こえそうだが、ちょっと待ってください。イルカはクジラです。クジラは、歯のあるクジラ(ハクジラ)と、歯の代わりに歯ブラシのような毛をもっているクジラ(ヒゲクジラ)に分かれている。このうち、歯のあるクジラで、しかも小型のものをイルカという。だからイルカはクジラ。おなじ仲間の鳥なのに、大きめだとワシ、小さめだとタカというのと似ていますね。

歯がある大型のクジラの代表例がマッコウクジラ。オスの体長は20メートル近くになる。ヒレナガゴンドウにも歯があるが、体長はせいぜい6〜7メートルといったところ。クジラとしては比較的小さい。だからイルカなのです。

さて、そのヒレナガゴンドウ。青木さんによると、ヒレナガゴンドウは、家族を中心とする群れをとても大切にするイルカ。一緒に泳ぐ行動を調べるには好適だ。そこで、ノルウェー沖を泳いでいた群れのうち2頭に、計測装置とカメラをくっつけた。もうすこしきちんというと、いつも一緒にいる3頭のうち、大きなオスにカメラを、もうすこし小ぶりな性別不明のイルカに計測装置を取りつけた。

この取りつけ方って、けっこう原始的なんですね。吸盤つきの装置を棒の先につけて、ボートでイルカに迫る。至近距離まで近づいたところで、エイッとばかりに棒をイルカの体に押しつける。ヒレナガゴンドウは警戒心があまり強くないので、近づきやすいそうだ。

このように、動物に計測装置やカメラを取りつけて行動を記録する方法を「バイオロギング」という。「バイオ」は生き物、「ロギング」は記録をとること。小型で高性能の機器が必要で、これは日本の得意技だ。ここ10年くらいで研究が本格化し、イルカやアザラシ、ペンギン、ウミガメといった海の動物だけでなく、空を飛ぶ鳥にも使われている。

2頭は一緒に泳ごうとしていた

2頭のヒレナガゴンドウに取りつけた装置には、正確に時刻をあわせた時計を仕込んであるので、何時何分何秒にそれぞれがどの深さにいたかを記録できる。その記録をみると、2頭はだいたい一緒に泳いでいるのだが、青木さんは、潜って浮上してくるときの速度やタイミングがとくにぴったり一致している行動に着目した。2頭がほんとうに意識して一緒の行動をとろうとしているのかを調べたかったのだ。

上のイルカが並んで泳ぐ手前のイルカにヒレでタッチした写真

上のイルカが、並んで泳ぐ手前のイルカにヒレでタッチした。手前のイルカに取りつけたカメラで撮影(青木かがりさん提供)

ペアで泳ぐイルカが自分の速さを決めるおもな理由として、「水深」と「相手の行動」が考えられる。「この水深のときはこの速さで泳ごう」なのか「相手に合わせて泳ごう」なのか。イルカの速さとどちらの関係が深いのかを統計学の手法を使って調べたところ、「相手に合わせている」という結果がでた。かれらは一緒に泳ごうという意思をもって一緒に泳いでいるのだ。

そして1頭の背につけたカメラには、別の1頭が胸ビレでこちらの体に触れるシーンが写っていた。一緒に泳ごうとするイルカの行動を、泳ぐ速さの面からも、そして画像の面からも、しかも野生の状態で同時に記録することに成功した貴重な例だ。

これまで「一緒に」という言葉を使ってきたが、専門家はこれを「同調」という。日本語だと堅苦しいが、英語では「シンクロナイズ」というおなじみの言葉になる。シンクロナイズド・スイミングのシンクロです。選手たちは、水の上でも水中でもぴったり息の合ったおなじ動きをしている。しかも、たまたまそうなったのではなくで、意識してそうしている。これがシンクロ。まさにイルカの動きもシンクロしているわけです。

お気に入りの相手がいる

こうなってくると、ではイルカはどんな相手とでもペアを組んでシンクロするのかという点が知りたい。人間だって、一緒に行動したい相手と、ご遠慮したい相手がいるでしょう。イルカはどうなのか。

やはり、イルカも相手を選ぶのです。近畿大学の酒井麻衣講師は、中国の湖にいるヨウスコウスナメリの体に取りつけた装置で記録したデータを使って、その行動を分析した。6頭のスナメリが、どの相手と一緒の動きをする時間が長いかを調べたのだ。

使ったのは、6頭から同時に記録がとれた16時間半のデータ。水面で呼吸して潜り始め、また水面に戻ってくるまで、2頭の距離が深さにしてつねに1.5メートル以内で、しかも、約20秒を超えるような長い時間にわたって一緒に泳いだ潜りについて調べた。つまり、たまたまちょとだけ一緒になったのではなく、意識的に一緒だった「シンクロ潜り」について調べたわけです。

いた、いた。いつも一緒にいるペアが。2歳くらいの子どものオスは、このようなシンクロ潜りを67回していたが、そのうち76%にあたる51回の相手が特定の大人のオスだった。では逆に、その大人のオスはどうだったかというと、66回のうち53回の相手がこの子どもオス。じつに80%。お互いに「わき目もふらずこの相手と」という感じ。相思相愛だったのかどうかは知らないが(オスどうしです)、ともかくもこの2頭は、「自分のペアはこの人(じゃなくてイルカ)」と決めていたようなのだ。

3歳半くらいの若いメスと大人のオスという仲良しペアもいた。6頭のなかに大人のオスは4頭いたのだが、面白いことに、この若いメスがいちどもペアを組まなかったオスもいた。この若いメス、大人のオスならだれでもよいというのではなく、一緒にいたい相手、ふつうに付き合う相手、付き合わない相手をちゃんと選んでいた。まずいな、イルカがだんだん人間のように見えてきたぞ......。

伊豆諸島の御蔵島にいるミナミハンドウイルカを酒井さんが水中撮影した研究によると、幼いイルカが海面で一緒に息つぎをするペアの相手は、圧倒的に母親が多くて88%。幼いイルカ以外だと、オスならオスと、メスならメスと、しかもおなじくらいの年齢どうしでペアを組むことが多かった。

青木さんのヒレナガゴンドウ、酒井さんのヨウスコウスナメリやミナミハンドウイルカは、いずれも種類が違うし、観察する手法も違う。だから、その結果をまとめて「そもそもイルカの行動は......」という大きな話をするのはなかなか大変だが、いずれにしても、イルカはかなり高度な社会的行動をしているらしい。今回のお話のように、とくに2頭のペアに注目した研究でも、相手を選んだり、泳ぎながら相手に触れたり。それが、飼育水槽ではなく野生の状態で調べられるようになってきたんですね。

酒井さんが水中カメラをもって海に入ると、イルカは「なんだ、なんだ」と興味深そうに寄ってくるそうだ。だが、これを繰り返していると、もう飽きてしまうのか、あまり寄ってこなくなる。うーん、人間的というかなんというか。

今回は、知れば知るほどお友だちになれそうなイルカ、というお話でした。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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