東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

「最大の波」は最大じゃない

台風や大雨などでおおきな災害が予想されるとき、気象庁は「警報」を出して注意をよびかける。数十年に一度というくらいのめったにない強い台風や降雨などで大災害につながる恐れがあるときは、その異常な事態を知らせるために「特別警報」を発表する。

2013年の夏に新設された特別警報が初めて使われたのは、翌年7月の台風8号。予想された波の高さも超ド級だった。7月7日に気象庁が発表した報道関係者向けの資料には、沖縄地方で「最大14メートル」と書かれていた。テレビの報道番組でも波の高さは最大14メートルと伝えていた。新聞も、そう書いた。

こうして気象庁も報道機関も市民に警戒を呼びかけたわけだが、すくなくともこの波の高さにかんするかぎり、情報は正確に伝わらなかったようだ。まわりの人に「どれくらい高い波がくると思うか」と聞くと、「14メートル」と答えるからだ。気象庁が「波は最大14メートル」と発表したら、それは「2〜3時間そこで待っていれば20メートルを超える波がくる可能性がある」という意味だ。

気象庁の「最大の波」は有義波の高さ

「波の高さ」や「最大」という言葉が、情報を送り出す気象庁と受けとる市民とのあいだで混乱している。波はあまり高くなると砕けてエネルギーを失いやすくなるので、この超ド級の予想がほんとうに現実的かどうかはともかく、ここで言いたいのは、「最大の波」は最大ではないということ。海では予報された「波の高さ」よりも高い波がくる。

あしたは楽しい海水浴。そのとき、天気予報で「波の高さは2メートル」といっていたら、4メートルくらいの波は覚悟したほうがよい。相当に高い。危ない。

なぜ、そういうことになるのか。それは、気象庁がいう「波の高さ」は、もっとも高い波ではなく、「有義波(ゆうぎは)」の高さを指しているからだ。順を追って説明していこう。

じつは、有義波という波は海に存在しない。有義波は、「さざ波」や「うねり」のように実在する波の種類ではなく、架空の波である。架空といっては、よくないな。海面の波を統計処理して出てくる波である。数字上の波といってもよい。

「統計処理」といえば難しげだが、その初歩ならよく知られている。「平均をとる」という作業だ。英語の成績がそれぞれ50点、60点、100点の3人がいたとすると、3人の平均点は、全部を足して3で割ればよいから70点。70点をとった人はいないのだが、3人をひっくるめた得点の値ごろ感をひとつの数字で表すのが、この70点だ。さきほど「架空の」と言ったのは、その意味だ。

さて、あなたが海辺で波を見ているとしよう。「いま波の高さは何メートルくらいだと思いますか」。そう聞かれたら、どう考えますか。大きい波もあれば、そこにシワのように重なっている小さく波高の低い波もある。高さが1メートル、2メートルの波のほかに、数センチ・メートルの小さな波まで含めて平均をとろうとするだろうか。

たぶん、そうはならない。大きい波のほうに目がいく。さざ波のような凹凸が小さく波高の低い波は無視。あるていどの大きな波を、いわゆる「波」と考えるだろう。

そこで有義波だ。有義波というのは、波の高さを計測して、そのうち波高の高いほうから3分の1をとって平均したものだ。小さい波どころか、中くらいの波も無視。かなり大きい波の平均をとったという感じだ。こうしておくと、波を観測するベテランの感覚とだいたい一致するのだという。「きょうの波の高さは2メートルってとこだな」。ベテランがこんな感覚を抱くとき、こうして求めた有義波の高さがだいたい2メートルになっている。人間の感覚に一致させるように平均の取り方を工夫したのが、この有義波なのだ。

さきほどもお話ししたように、天気予報などに出てくる「波の高さ」は、この有義波の高さのことだ。高めの波が選び出されてはいるが、あくまでも平均なのだ。最大の波ではない。だから、これより高い波はくる。英語の成績の例でいえば、平均点は70点だが、それを上回る100点の人もいた。それとおなじことだ。

気象庁が発表する波の高さは、観測結果にしても予報にしても、つねに有義波の高さ。台風8号についても、日本周辺で有義波がどれくらいの高さになるかを予測計算した結果、もっとも高かった海域ではそれが14メートルだったということだ。「最大14メートル」の「最大」は、周辺の海域に比べていちばん大きいということ。そこで待っているとやってくる最大の波ではない。「最大」とされた沖縄地方では、有義波の高さが14メートル。繰り返すが、あくまでもこれは平均値だから、沖縄地方では当然、もっと高い波がくる可能性がある。

有義波の2倍の高さの波が来る

ここでちょっと脇道にそれて、波の高さについて説明しておこう。波の高さとは、波のいちばん低い部分からいちばん高い部分までの高さの差のことだ。つまり谷から山まで。中学や高校で波について習うときの「振幅」とは違う。波の振幅は、基準の高さからプラスマイナスに何メートル振れるかという数字。だから、振幅が1メートルの波は、それがプラスマイナスに1メートルずつ振れて、谷から山までは2メートル。これが波の高さだ。

波の高さと波の振動

本題にもどろう。「波の高さ」とは、有義波の高さのこと。つまり、高めの波の平均値。実際にはもっと高い波がくるのだった。では、どれくらい高い波がくると考えればよいのか。じつは、それも統計的に予想されている。

統計、統計としつこいようだが、海の波というのはけっこう複雑な自然現象なので、単純な理論から出発して波の性質をどんどん解明していくというのは難しい。だから、水の波についての理論に、統計学の手法で整理した観測データを組み合わせて、その謎がすこしずつ解明されていく。

波の高さについてもそうだ。ある強さの風が吹いたとき、それに応じて一定の高さの波だけが発生するわけではない。数は少なくなるが、それより高い波もあれば、低い波もある。海の波には、そういう性質がある。どれくらいの高さの波がいくつ出現するかを実際に調べてみると、統計学でいう「レイリー分布」にぴったり合う。聞いたこともない統計用語にビビる必要はありません。ようするに、波の高さと波の数の関係を数式で表せるようになったということです。

波の高さと波の数の関係

このようにして、波の観測データを統計学で表すことができれば、その数式を使ってさまざまなことが計算できる。有義波にあてはめると、100の波が押し寄せれば、そのうち1回は高さが有義波の1.5倍の波がくる。1000個の波だと、有義波の1.9倍の波が1個まじる。1000個の波といえばかなりの数に思えるが、そうでもない。波が10秒に1回くるとすれば、1分間で6回。1時間で360回。3時間で1080回。3時間も海辺で遊んでいれば、天気予報でいっていた「波の高さ」の2倍近い高さの波がやってくる可能性がある。さきほど「波の高さが2メートルと予想されたら、4メートルを覚悟しよう」といったのは、このことだ。

自然現象にはさまざまな要因が影響するので、このように理屈どおりになるとはかぎらないが、これが海の波の基本的な性質なのだ。

このほか海には「三角波」とよばれる大波もある。違う方向からやってきた波が重なって、極端に大きなとがった波が突発的にできる。台風のように、強い風があちこちから吹いたあとなどにできやすい。小舟で沖に出るようなときには、要注意だ。

そして、お天気にダマされてはいけないのが「うねり」。天気がよくて風も弱いのに、大きなうねりが寄せてくることがある。はるか遠くの強風域から伝わってくる、ゆったりした起伏の波だ。

科学がうまく伝わっていない

今回の「波の高さ」。気象庁は有義波の高さを意味する専門用語として使い、一般市民は日常用語として受け止める。典型的な科学コミュニケーションの不成立だ。風速には、最大風速よりも速い最大瞬間風速というものがある。天気予報で「波の高さは......」といったら、その2倍の高さの波を覚悟する。まあ、いわば最大瞬間波高ですね。最大瞬間風速とちょっと意味合いは違うが、どうですか、これならすこしは実感できるでしょうか。

沖縄・海洋博公園

安全には十分に注意して青い海を楽しもう(沖縄・海洋博公園で)

情報がうまく伝わらない場合、原因が伝える側にあることは多い。その言葉遣いを、情報の受け手はどう解釈するのか。そうした点に対する想像力の欠如。コミュニケーション研究では、専門家は自分のしていることに過度の自信をもちやすいとも指摘されている。気象庁も、そしてマスメディアも再考の余地がある。

まあ、それはそれとして、さまざまな危険があることはきちんと頭に入れて、あとは青い海と青い空を存分に楽しもうではありませんか。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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