東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

プレートはなぜ動く?

けっこう有名な話なのに、なぜそうなるか理由がわからない。そんなことって、よくあります。

これには2通りの場合がありますね。ひとつは、ほんとうはわかっているのに自分が知らないだけという場合。もうひとつは、じつは科学の世界でもよくわかっていないという場合。観測事実からあきらかになっている現象でも、そうなる理由がわからない。その謎が解けてきたとき、現象が有名であればあるほど、「えーっ、そんなことがわかっていなかったの」とおおいに驚く。これは科学に触れる楽しみのひとつだ。つい最近、地球科学のそんな成果があった。

地球はプレートで覆われている

「モホ面」は地殻とマントルの境界

「モホ面」は地殻とマントルの境界。上側の地殻内に、平行に並んだ斜めの「しわ」(小さな黒矢印)が見える。縦軸の「地震波の往復時間」は「深さ」だと思ってください。bはa図の四角を拡大した図。前の手描き図にある左側の図とおなじ状況になっている。海洋研究開発機構提供の図に「プレートの動く方向」を書き加えました。

「モホ面」は地殻とマントルの境界
「モホ面」は地殻とマントルの境界

「プレート」という言葉を聞いたことがあるだろうか。新聞でも、たとえば日本の太平洋沖で地震が起きると、「西進する海側の太平洋プレートが陸のプレートの下に潜り込んでいて、ここでは地震が頻発する」などと解説される。地震を説明する常套句になっているほど有名なのに、そのプレートがなぜ動くのかわかっていなかったというのだ。

ここで、プレートについておさらいしておこう。

新聞では、よく「プレート(岩板)」と書かれている。「岩板」という言葉は、ふつう国語辞典には載っていない。マスメディアでよく使われる言葉だが、プレートは読んで字のごとく地球の表面を覆う岩の板。どれくらい細かいプレートまで1枚と数えるかにもよるが、地球全体が十数枚のプレートで覆われている。厚さは、場所にもよるが、100キロ・メートルほどだ。

プレートは、地表部分の「地殻」と、その下にある「マントル」の2層構造になっている。ではプレートの下にはなにがあるかとうと、これもマントル。ここがすこしややこしい。地殻に近い浅い部分のマントルは、温度が低くて硬くなっているので、その上の硬い地殻と一体化している。その下のマントルは高温で軟らかく、長い時間をかけて流動する。

それぞれのプレートは、一定の方向に動いている。たとえば、太平洋の海底の大部分を占める太平洋プレートの場合。このプレートが生まれるのは、太平洋の東部を南北に走る「東太平洋海嶺」という海底の大山脈。そこでは南北に列状のマグマが湧き出していて、それが固まってシート状に東西に広がっていく。このうち西に進んで日本に近づいてくるプレートが、太平洋プレートだ。

誕生したばかりのプレートは、ほとんど地殻(マグマが固まったものです)だけでできているが、進みながら海水に冷やされていくと、その下のマントルも硬くなって地殻と一体化し、しだいにプレートは厚くなっていく。そして、さきほどの太平洋プレートの例だと、太平洋の西の端まで来たプレートは、たとえば日本の近くでは日本列島が乗っている陸のプレートの下に沈みこみ、地球内部へと消滅する。沈みこむ部分は海底の深い溝になっていて、東北地方の沖あたりでは日本海溝という名前がついている。

動くのはマントルかプレートか

では、なぜプレートは動くのか。

では、なぜプレートは動くのか。

これにはふたつの説がある。ひとつは、マントルが流動しているので、その上のプレートも引きずられて動くという説。つまり、マントルが原動力だというマントル説。もうひとつは、プレートは、やがてみずからの重さで沈みこんでいくので、その力が全体を引っぱるのだという説。テーブルクロスの端を引っぱると全体が動くのとおなじ理屈だ。これだと、動く原因はプレート自身にある。どちらも一長一短だが、最近は、どちらかというとテーブルクロス説が優勢な感じだった。

こういう言い方をすると、「ようするに『テーブルクロス説ではなくてマントル説』ってことね」と先読みされてしまうな。まあ、いいか。そのとおり。誕生直後のプレートをマントルが引きずった証拠を見つけたと、海洋研究開発機構が発表したのだ。

出された証拠はふたつ。ひとつは、マントルがたしかに動いていたということ。もうひとつは、そのマントルが、上のプレートを引きずったということだ。

海洋研究開発機構は2009年と10年に、北海道南東沖100〜700キロ・メートルに観測船をだして、海底の地下構造を調べた。海中で振動を起こしてそれが海底を伝わる様子(つまり人工の地震波ですね)を調べる方法などを使い、かつてプレートが誕生したときの痕跡を探ったのだ。

まず、マントルが動いたという証拠。マントルは、おもにかんらん石という鉱物でできている。高温で軟らかくなったかんらん石が、1000度以上の状態である方向に流動すると、結晶が流れの方向にそろう。すると、その方向に伝わる地震波は速く、それと直角の方向に伝わる地震波は遅くなる。観測の結果、地殻直下の浅いマントル部分で、毎秒8.6キロ・メートルの速い地震波と、それに直角方向で毎秒7.8キロ・メートルの遅い地震波がとらえられた。これは、速い地震波の方向に、かつてマントルが動いていた証拠だという。

この地震波の異常が見つかったマントルは、海面下の浅い部分にある。かつて、プレートが誕生したころは熱くて流動していたが、いまは冷えて固まっている。つまり、プレートが誕生したころの状態が保存されているのだ。

マントルがプレートを引きずった

マントルがプレートを引きずった

さて、マントルがこの地殻を引きずるにしても、地殻がマントルを引きずるにしても、力が加わった部分は変形する。その場合、全体がすこしずつ均等に変形するのではなく、幾筋ものしわが寄るように、しわの部分に変形が集中する。このしわは地震波をはねかえすので、観測でしわの寄り方を調べることができる。

このしわの寄り方がポイントです。マントルが地殻を引きずる場合と、地殻がマントルを引きずる場合とでは、地殻が動いていく方向に対してしわの寄る向きが逆になる。かりに地殻が右方向に動く場合、やはり右に動く下のマントルに引きずられると、地殻内のしわは左下から右上に斜めに伸びる。もし、地殻がマントルを引きずると、左上から右下に伸びる。このようなしわは、大地震の際にも確認されている。

海洋研究開発機構が確認したしわは、プレートが動いていくのとおなじ方向に、マントルのほうが速く動いていったときに特有のでき方をしていた。つまり、すくなくともプレートが生まれた直後には、マントルがプレートを引きずっていたという結果だ。

ふたつの証拠から、このプレートは、みずから動くのではなく、マントルの移動に引きずられて動く受け身の動き方をしていると研究チームはみている。

だが、地球はとても複雑だ。おなじ太平洋のプレートでも、他の部分は別の仕組みで動いているかもしれない。別のプレートなら、なおさらだ。この結果が、地球を覆うプレート全体にあてはまる法則なのかどうかをあきらかにするには、さらに研究を進めていくことが必要だ。

さきほどもお話ししたが、この観測が行われたのは2009年と10年。今回の成果の発表には、4年近くかかった。いかにも長いが、それは研究者たちが、この科学的に面白い観測結果をいっとき棚上げにして、2011年の東日本大震災に取り組んだということでもあるのだろう。

このような地球科学の根本的大疑問に答えられるチャンスは、そう多くはない。これに続く成果を、ぜひ期待したい。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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