東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

大雪と地球温暖化

雪国ではない東京も、ときどき大雪に見舞われて大混乱することがある。いや、雪国ではないから、少々の雪でおおわらわになるのでしょうね。

あれは2014年2月8日の土曜日。都心で仕事をすませ、郊外の自宅に向かう夕刻のJR中央線に乗ったら、途中の三鷹駅でストップ。結局、ふつうなら1時間で帰れるところが5時間近くかかった。翌日は朝一番で北海道へ行く用事があったので、始発電車で羽田空港に行ったが、空港の除雪作業のため搭乗が2時間くらい遅れ、あげくのはては、搭乗したまま飛び立たない飛行機の中で1時間以上も待たされた。

それから1週間たった14日の金曜日に、またもや大雪。わたしはもう懲りたので、交通機関が混乱する前にすばやく避難した。この雪では、11都県の1万8700人以上が道路の寸断などで孤立したという。

ラジオを聴いていたら、大雪に関連して出演者がこんなことを言っていた。「地球温暖化はどこに行っちゃったんでしょうか」。たてつづけの記録的な大雪。温暖化なら冬は温かくなるんじゃないの。大雪が降るなんて、おかしいじゃない。そう、その気持ちはわかります。そこで今回は、大雪と地球温暖化のお話を。温暖化していくと、逆に大雪に見舞われる頻度が増えることもありえます。だが、そこのところが、じつはよくわかっていない、というお話です。

地球は温暖化しているのに......

地球の気候は、平均値のまわりを揺らいでいる。たとえば、東京の8月の平均気温は27.4度だが、それが29.6度だった2010年のように暑い夏もあれば、24.8度にとどまった1993年のような異常な冷夏もあった。かりに、温暖化で平均気温が2度あがれば、2010年のような夏なら32近くになってもう耐えられないし、冷夏の1993年だって、約27度の立派な夏になる。そして、寒い冬は地球温暖化で減ることになる......。

だが、ちょっと待ってほしい。いまの話には、ひとつ、おおきな仮定が入っている。おなじ夏でも年によって暑かったり冷夏だったり、あるいは暖冬だったり寒い冬だったりといった年ごとの「揺らぎ」の幅は、このさき温暖化しても現在と変わらないという仮定だ。そうでなければ、いまの話は成立しない。

もし、地球温暖化が進んだとき、この揺らぎの振れ幅が拡大していくとすればどうなるか。もちろん猛暑の夏も増えるだろうが、冷夏もいっこうに減らないということが起こりうる。冬についてもおなじことだ。暖冬が増える一方で、異常に寒い冬も増える可能性がでてくる。

「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、地球温暖化の進行で寒い日は減ると予測している。だが、東京大学先端科学技術研究センターの中村尚教授は、「この揺らぎの幅が温暖化で大きくなっていくのかどうかは、まだわかっていない」という。これからの重要な研究テーマなのだ。

気候のしくみは複雑だ。地球温暖化が進めば、例年にないような大雪が増えることも、理論的にはありうる。「風が吹けば桶屋(おけや)がもうかる」式になるが、ちょっと説明してみよう。

温暖化が進むと、海面から大気に供給される水蒸気の量が増える。熱帯などの低緯度地域で水蒸気を含んだ大気が上昇して雲ができると、その際に熱を放出する。そうして温まった大気が、日本などがある中緯度の上空に流れ込む。温かい空気は軽いから、下りてこないでそのまま上空にとどまる。つまり、大気の対流が抑えられる。だから、雨をもたらす上昇気流も起きにくい。

もうちょっとです。対流は抑えられ、雨があまり降っていないので、大気は水蒸気をたっぷり含んでいる。そのとき、何らかの原因でいったん上昇気流が起きると、水蒸気が一気に雨になる。夏ならば豪雨だ。冬場の寒気が北からおりてきていれば、大雪になる。というわけで、地球温暖化で大雪が降りやすくなる。ほんとうにこうして大雪が降っているかどうかはわからないが、すくなくとも理論的にはありうる。

温暖化で寒気がやってくる

あれっ、「寒気がおりてきていれば」といったって、地球が温暖化するのだから、寒気は来にくくなくなるのではないか。そう思うのはごもっとも。ですが、温暖化すると北極の寒気が南下しやすくなるという研究結果があるのです。

注目するのは、北極の海に浮かぶ氷。北極域の海氷は近年、減少する傾向にある。地球温暖化の影響とされている。この海氷の量と、日本の上空あたりをぐるりと東向きに地球一周するジェット気流に、どうも関係があるらしい。米ジョージア工科大学の研究者などが2012年に公表した論文によると、秋に北極海の氷が少ないと、冬のジェット気流が南北に蛇行するようになるというのだ。ジェット気流は、北極側の寒気と低緯度側の暖気の境目なので、たとえば日本付近で南におおきく蛇行すれば、その北側の寒気が日本に近づく。温暖化で大気の水蒸気量が増えていれば、この寒気によって大雪になることもありうる。

シベリアの空気が冷える

温暖化と寒い冬との関係でもうひとつ重要なのは、大気そのものが、どこでどれだけ冷たくなるかという点だ。国立極地研究所の猪上淳・准教授は、北極の氷と陸域の寒気の関係に着目した。そしてあきらかになったのは、ノルウェー北側のバレンツ海に氷が少ない冬は、ユーラシア大陸のシベリア付近で寒気が強まっているという事実だ。氷が張っていない海面は氷の面より温かいので、氷の多少により大気の暖まる場所が違う。大気の流れも変わる。それにより、北極域のどこで低気圧や高気圧が発達するかに違いがでて、それがシベリアの寒気の強さに影響するのだという。

いままでの話を総合すると、地球温暖化と冬の寒さや大雪について、こんなストーリーが描ける。温暖化で北極の氷が減ると、冬のシベリアが寒くなる。上空のジェット気流も蛇行しがちになっていて、ときに日本上空に迫って、シベリア由来の強い寒気を日本付近に引き込む。温暖化で大気は多くの水蒸気を含むようになっている。この水蒸気と寒気が出会えば、大雪だ。ちょっと話を都合よくつぎはぎしすぎたかな......。

最初にお話ししたラジオのコメントに戻ると、地球温暖化がどっかに行ってしまったというわけではない。温暖化で大雪が増えるということだってありうる。そもそも、温暖化したとき、気温や降水量などの年ごとの違いが、現状のままなのか、あるいは振れ幅が大きく激しくなっていくのかもわかっていない。

さきほどもお話ししたように、地球の気候はとても複雑なシステムだ。研究者はこの複雑さをしばしば「非線形性が強い」と表現する。ざっくりいえば、原因がちょっと違っただけで、結果がとんでもなく変わってしまうという複雑さだ。しかも、ある特異な現象が起きても、それはいくつもの原因が複合した結果かもしれない。

というわけで、東京でしばしば降る大雪も、そしてかりにつぎの冬も大雪に見舞われたとしても、それが地球温暖化のせいなのかそうでないのかは、よくわからない。今回は、「可能性がでてくる」だとか「ありうる」だとか歯切れの悪い話になりました。それもこれも気候の複雑さゆえということで、どうかご勘弁を。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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