東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

ニーニョ3兄弟

あれは1999年のこと。「だんご3兄弟」という歌が世間で爆発しましたね。NHKの「おかあさんといっしょ」で「串にささって、だんご、だんご、......」と歌っていたあの曲。妙に親しみやすいメロディーで、大ブームになった。まだ娘や息子が小さかったので、我が家でも御多分に漏れず「だんご、だんご、......」。そういえば、近くのフリーマーケットで、一抱えもある大きな「だんご3兄弟」のぬいぐるみ(?)まで買ったっけな。

弟思いの長男。兄さん思いの三男。自分がいちばんの次男。3兄弟というのがミソですね。2兄弟や4兄弟では収まりが悪い。やはり3兄弟です。そこで(というのもやや強引ですが)、今回は海の3兄弟のお話を。

この海の3兄弟、名づけて「ニーニョ3兄弟」(※)。エルニーニョ、ベンゲラ・ニーニョ、ニンガルー・ニーニョの3兄弟だ。ニーニョはスペイン語で男の子を指すから、まさに3兄弟ですね。いずれも、ある特定の海域で海面水温がふだんより上がってしまう現象で、漁業に悪影響を及ぼしたり、サンゴ礁などの生態系に悪さをしたり。どちらかというと、世間から白い目で見られがちな3兄弟だ。

三男坊の登場

今回は、2013年のはじめに誕生したばかりの三男坊ニンガルー・ニーニョを中心にお話しよう。これは、オーストラリア西部に位置するニンガルーの沖合で、海面水温が例年に比べて高くなる現象だ。とくに2011年の2月から3月にかけての水温上昇は激しく、広い海域で3度くらい高くなった。場所によっては5度くらい高くなった日々もあった。南半球の夏に現れたこの異常な「海の熱波」で、サンゴが死んだり魚が大量死したりした。商品価値の高いアワビも打撃を受けたという。

2011年2月に観測された海面水温の、平年からの差。

2011年2月に観測された海面水温の、平年からの差。オーストラリアの西部ニンガルー沖の赤い部分が、平年よりとくに高水温になっている海域(海洋研究開発機構提供)

また、この海域に近いオーストラリア北西部を中心に、降水量がいつにも増して多かった。異変は、海だけにとどまらなかったのだ。

この海域ではむかしから、南へ流れるルーイン海流や水温の変動は知られていたが、これほど激しい水温異常はかつてなかった。それが研究者に注目され、2013年2月に公表された論文で「ニンガルー・ニーニョ」と命名された。さきほど「2013年のはじめに誕生」といったのは、そういう意味だ。

地球規模のエルニーニョ

もちろん、この命名は、エルニーニョを意識したものだ。エルニーニョはもともと、南半球の夏にあたる毎年12月ごろ、南米ペルー沖の海面水温が高くなる現象を指していた。そしてこのエルニーニョ、夏が過ぎても水温がもとに戻らないことが、ときどきある。この異常な現象もひっくるめてエルニーニョとよぶようになった。

エルニーニョの説明でしばしば使われる図

エルニーニョの説明でしばしば使われる図。太平洋赤道域の東半分の海面水温が、西半分よりずっと高温になっているように見えるが、これはあくまで平年との差。実際の水温は、西半分に比べて高いわけではない(気象庁のホームページより)

1970年代になって海洋観測が進むと、この現象はペルー沖に限定されたものではなく、太平洋赤道域の西の端から東の端まで全体に及ぶことがわかってきた。ペルー沖のエルニーニョは、その地球規模の現象のしっぽだったのだ。

いまでは、エルニーニョというと、この地球規模の現象を指すことが多い。太平洋の赤道域は、フィリピンのある西のほうが水温が高く、南米に近い東のほうが低温なのが、ふつうの状態だ。つまり、水温は「西高東低」がふつう。その「西高」と「東低」の差が弱まり、とくに東側の水温がいつもより高くなった状態が、エルニーニョだ。

この「いつもより」というのが大事ですよ。エルニーニョといえば、太平洋赤道域の東半分に赤く色をぬって高温であることを示す図が有名だが、これはあくでも平年との差。東半分は「いつもより」高くなっているだけで、西半分の水温に比べれば、やはり低い。せいぜい、おなじくらいかな。エルニーニョのときは、東側の水温が西側よりうんと高くなっていると思っている人がときどきいるので、ちょっと脱線してみました。

話を戻そう。海面水温の変化は、すぐ大気に影響を与える。高水温の海域では海上の空気が暖められて上昇し、水温の低い部分で下降してくる。だから、エルニーニョが発生すると、地球規模で気象の異変がおきる。

ニンガルー・ニーニョでも天候異変

さあ、ここまで準備しておいて、きょうの主役であるニンガルー・ニーニョだ。海洋学者や気象学者が「なんとかニーニョ」というとき、海面水温の異常を、海だけでなく気象とも密接に絡んだ現象としてとらえている。さきほどお話したように、ニンガルー・ニーニョも天候に異変をもたらす。だから、規模こそ小さいが、ニンガルー・ニーニョもエルニーニョの立派な弟分といってよい。

ニンガルー・ニーニョでも天候異変
ニンガルー・ニーニョでも天候異変
ニンガルー・ニーニョでも天候異変

天候不順をもたらし、漁業にも影響するエルニーニョやニンガルー・ニーニョ。エルニーニョについては、その発生や推移を予測できるようになってきた。それならばとニンガルー・ニーニョに挑んだのが、海洋研究開発機構の土井威志(たけし)研究員のグループ。コンピューターを使った計算でニンガルー・ニーニョの発生を予測できることを、昨年10月の論文で証明した。2010年末から11年にかけてのニンガルー・ニーニョ発生を、その9か月まえの観測データをもとに予測することに成功したのだ。

過去の現象を再現したのなら「予測」じゃないだろう。そういうご意見はごもっとも。だが、このさき起きる地球の現象を予測するとき、その第一歩となるのは、すでにデータのある過去のできごとを再現し、計算方法の正しさを確認することだ。この研究の目的は、あくまでも将来を予測すること。過去のこととはいえ、やっていることはまさに「予測」なのだ。

ニンガルー・ニーニョの発生予測はできそうだ。では、ニンガルー・ニーニョはどのようにして起きるのか。こちらのほうは諸説あって、まだよくわかっていない。

これって不思議ですね。発生のしくみがよくわからないのに、予測ができてしまうなんて。ですが、コンピューターを使ったシミュレーションでは、このようなことがしばしば起きる。シミュレーションで使う数式は、たとえば、温かい水が北向きに流れれば、つぎの瞬間には北隣の海域の水温が上がるという具合に、単純な個々の現象を表したものだ。個々の構成部品がきちんとできていれば、全体のシステムもきちんと動いて正しい結果が出る。しかし、動くしくみを解明しようとしても、システムが複雑すぎてよくわからない。こんな状況と似ていて、予測できることとしくみの解明は、関係はとても深いが、かならずしも同時進行しない。

ニンガルー・ニーニョの発生についてのひとつの考え方は、赤道太平洋で起きるエルニーニョと反対の現象、そう、あのラニーニャと深い関係があるというものだ。ラニーニャのときは、もともと海面水温が高い赤道太平洋の西の端、つまりフィリピンのあたりの水温が、もっと高くなる。この温かい水が、北側からオーストラリア西岸に流れ込んでくる。つまり、ラニーニャ連動説だ。一方では、いやいや、ラニーニャとは関係なく発生することもあるのだという研究結果もある。地球温暖化とも関係があるかもしれない。ニンガルー・ニーニョには、まだまだ謎が多いのだ。

さて、次男坊のベンゲラ・ニーニョ。これは、アフリカ南西部にあるナミビアの沖、ということは南大西洋なのですが、この海域の海面水温がふだんより上昇する現象だ。規模はニンガルー・ニーニョと似たようなものだ。1980年代半ばの論文に登場するが、その後はあまり研究されることもなく、いまひとつパッとしない。エルニーニョに類似した大規模現象の研究が、大西洋では太平洋ほど進んでいないことがその原因だという指摘もある。

ニーニョ・ファミリー

今回、ニンガルー・ニーニョのお話をしたのは、この研究が、海流や天候の変動に関する新しい研究分野を切り開く可能性を秘めているからだ。

ニーニョ3兄弟のうち、いちばん研究が進んでいるのは、いうまでもなくエルニーニョだ。規模が大きいし、地球全体の天候に影響するので、関心が高いのは当然だろう。

それに比べてニンガルー・ニーニョは規模が小さく、発生場所も、赤道直下のエルニーニョとは違って中緯度海域だ。兄弟であっても、顔つきはかなり違う。つまり、エルニーニョ研究のたんなる延長線上では、その実態を科学的に解明できない。そして、最初にお話ししたように、ニンガルー・ニーニョも、漁業などに大きなダメージを与え、その地の天候にも影響する。この現象を研究すれば、科学として価値があり、社会にも貢献できる一石二鳥の成果が得られるかもしれない。

科学の世界では、だれか優秀な研究者が新たな分野を切り開くと、「あれっ、こんなテーマで論文が書けるんだ」とばかりに大勢が参入してきて、いろいろなことが一気に解明されることがある。ニーニョ3兄弟にもあちこちで弟が(妹は?)発見されて......。そうなれば、まさに大家族のニーニョ・ファミリーですね!

※「ニーニョ3兄弟」というのは私の命名で、科学の世界では認められていません。残念ながら。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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