東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

海のリケジョ

海の仕事人というと、どんな姿を思い浮かべるだろうか。ほうれん草を食べるとにわかに強くなる船乗りポパイ(古い!)の印象が強いせいか、海といえば屈強な男――というのは、じつに発想が貧困だということに気づかされるセミナーが2013年の暮れに、東京都江戸川区の東京都葛西臨海水族園で開かれた。

語るのは、海にかかわる仕事をしている9人の女性たち。それを聞いているのは、これから自分の将来を決めていこうという女子中高生たち。25人の女性が自分の仕事を紹介する『海のプロフェッショナル②』(東海大学出版会)が昨年春に出版されたのを記念して、東京大学海洋アライアンスと日本財団が主催したセミナーだ。セミナーの9人も、この本を書いた25人も、ほとんどが理系出身。そこで今回は、科学の話からちょっと離れて、科学を勉強した海のリケジョ(理系女子のことですよ)のお話を。

セミナーでは、9人の女性が、いまの仕事の楽しさ、どうしてその仕事を選んだのか、そして苦労話までを率直に語りかけた。

水族館で生き物調査

海のリケジョたちが女子中高生の参加者に語りかけたセミナー

海のリケジョたちが女子中高生の参加者に語りかけたセミナー。参加の動機は、「海に興味がある」「海で活躍する女性の話を聞きたい」が「先生に勧められた」「友だちに誘われた」を大きく上回った。頼もしいではないか。

葛西臨海水族園で来園者に生き物の解説をする教育普及係長の天野未知さん。高校時代はマスメディアの海外特派員を目指していたが、試験管に白衣姿の化学の先生が「かっこいい」と思って理系志望に。研究者を目指す東北大学の大学院生だったころ、新聞で見つけた水族園の職員募集に応募し、展示する生き物を採集したり研究したりする調査係として17年をすごした。まわりには男性が多く、さすがにトイレや着替え場所には困ったが、「あの17年間が楽しくて楽しくて」と振り返る。生き物相手の仕事から、いまは来園者を相手にする仕事に変わったが、これも前から実現したかった夢のひとつ。「生き物って、おもしろく、そして尊いもの」。その気持ちを伝えられることにいま、喜びを感じているのだという。

このほか、鳥類や海中貴金属、プランクトンの研究者とその卵。研究者が計画した観測船の調査で実際に測器を扱う「観測技術員」の経験者。外航船の航海士を目指す学生や海上保安官。固い信念を貫く人、自称「行きあたりばったりで結果オーライ」の人。海のリケジョといっても、ひとつのイメージに収まらない多彩な顔ぶれだった。

そして、何人もの演者が口をそろえていたのが、チームワークとコミュニケーション。もちろん研究者には、歯をくいしばってひとり頑張る孤独な面もあるが、海の研究は、たとえば船で観測するなら、一緒に乗船する他大学のメンバーや船員さんたちなど、多くの人との共同作業になる。よい観測成果をあげるためには、お互いを気遣いながら良好なチームワークを築くことが欠かせない。だから、「ひとり頑張る派」もOKだし、英語を駆使しながら世界の仲間とつながる「チームワーク派」の研究者もOK。天野さんのように、人と人とのコミュニケーションを仕事の中心にするリケジョもいる。いろんなタイプの若者が自分の居場所をつかむことができる、なんでもありの世界なのだ。けっしてポパイだけの世界ではない。

文部科学省の学校基本調査によると、大学の理学、工学、農学系に在籍する学生のなかに女性が占める割合は増えている。1年生の数でみると、2013年度で女性は20%。10年前の17%、20年前の13%に比べるとすいぶん伸びた。

理・工・農学系の女性割合

理・工・農学系の女性割合

ただし、この典型的な理系3分野に対する女性の人気が高まっているのかというと、かならずしもそうではなさそうだ。おなじく1年生でみると、この3分野に在籍している女性は、20年前からずっと女子学生全体の10%前後。つまり、大学生全体に占める女性の割合は増えているが、とくに理系人気が高まっているというわけではないらしい。

では、海洋関係はどうか。いま述べた女子学生の実態ときちんと比較できるデータはみあたらないが、まずひとつは、日本海洋学会の会員に占める女性の割合。学生も教員も民間企業の研究者もすべて含まれてはいるが、これが2013年末で12%。また、2013年の春に学会が開いた「人材育成とポスドク問題」という会合に参加した会員の女性割合は23%。参加者のほとんどは大学と大学院の学生だった。全体としてみれば、女性の海洋人気は他のリケジョなみというところだろうか。

「海というと、サンゴ礁、夕日、ウミガメというようにイメージが固定しがち。海の仕事にしても、具体的なモデルが描きにくい。ほんとうの海、ほんとうの海の仕事とはどういうものかを、若い人にぜひ知ってほしい」と、『海のプロフェッショナル②』をまとめた東大海洋アライアンス海洋教育促進研究センターの窪川かおる特任教授はいう。

海には幅広い科学が

海はじつに幅広い科学に関係している。高校の科目でいえば物理に化学、生物、地学。そして科学ばかりでなく、文学や芸術にも海は関係している。海には、ほんとうにたくさんの自然の驚異や人間の思いがつまっている。若者たちが自分の将来に思いをはせるとき、そんな豊かな海のことを考えてくれるとうれしい。

ついでながら、このお話を読んでくれているかもしれない中学生や高校生に一言。セミナーでは、たしかに「行きあたりばったりでした」という話もあったけれど、最初からそれを狙ってはいけません。人生には、振り返ってみれば「行きあたりばったり」と思える選択も多い。自分がここでこういう仕事をしているのは、偶然としか思えない。そんな気持ちになることもあるけれど、ほんとうは、そのときそのときで一生懸命だったんだよ。そうだからこそ、あとで「行きあたりばったりでした」と笑って話せるようになる。「夢をかなえるにはあきらめないことが大切だと思った」。参加した高校生のそんな感想もあった。頼もしいぞ。がんばれ、がんばれ。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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