東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

黒潮の蛇行

海の様子がどうもヘンだという話が、ときどき新聞やテレビで流れる。北海道沖の太平洋で、ふだんはあまりとれないクロマグロがたくさん揚がったり、静岡県でシラスが不漁になったり。日本の近くを流れる黒潮の道筋がふだんと変わっていることが、その原因としてしばしば指摘される。

世界最強の海流「黒潮」

黒潮は、日本の太平洋岸に沿って南から北に流れている、世界でもっとも強い海流のひとつだ。流れの最速部分は秒速2メートル以上にもなる。川のような速さだ。幅は......、そう、幅は難しいですね。水の中を水が流れるのだから、どこまでが幅かわからない。だが、まあざっくり言ってだいたい100キロ・メートルくらい。流れの深さは1000メートルくらい。これが、九州の南方から来て紀伊半島の沖を通り、房総半島のあたりまで日本の沿岸を北上していく。そこから先は流れの向きを東に変えて太平洋に出ていき、やがてぼやけて海流の姿を失ってしまう。

海洋研究開発機構の新青丸から海中に下ろされる測器

海洋研究開発機構の新青丸から海中に下ろされる測器。並んでいる筒は海水の採水器。下部に温度計などが備え付けられている(岡英太郎・東大大気海洋研究所准教授提供)

黒潮は、たしかに黒い。プランクトンなどが少ないので透明度が高く、太陽の光が水中であまり反射しない。つまり、光が行ったっきり戻ってこない。だから深く青黒い色に見える。

この黒潮が話題になるのは、流れの道筋によって海面の水温が大きく変わるからだ。当然、とれる魚の種類も違ってくる。いつもとっている魚の好む水温が遠く沖合いに動けば、漁師さんは船の燃料代がかさんでしまうので死活問題だ。

まず、海上保安庁がホームページで公表している海面水温のデータを見てみよう。「海洋速報&海流推測図速報」というページの「水温海流合成図」をクリックすると、日本周辺の海面水温に黒潮の道筋が重ねて描かれた図が出てくる。

海洋速報&推測図|海上保安庁 海洋情報部

この図を読むポイントはふたつ。ひとつは、黒潮が進む方向の右側、つまり沖側の水温が高く、左側の水温が低いことだ。海流というのは、温かい水と冷たい水の境目を流れる。より正確には、ほぼおなじ水温のところを縫うように流れる。この図に描かれている黒潮も日本海の対馬海流も、だいたいそうなっている。つまり、海水温と海流とは表裏一体の現象。どちらが卵でどちらがニワトリとはいえない。ひとつの現象を別の側面から見ているといってもよい。

この図からわかるように、海流は、海のなかを温かい水や冷たい水が川のように流れているのではない。だから科学の世界では、そんな流れを連想させる「暖流」「寒流」という言葉は使わない。もっとも、黒潮のように強い流れだと、南の温かい海水をすこし引きずってくるので、流れに沿って水温の高い部分が南から伸びてくる。

ちなみに、海水温の観測で威力を発揮するのが人工衛星。これに商船やブイなどのデータを加える。海中の水温は人工衛星ではわからないので、これらのデータをもとに計算する。研究用の観測航海では、目的に応じてさまざまな測定をする。

黒潮は流れの道筋を変える

さて、さきほどの図を読む際に知っておいた方がよいもうひとつのポイントは、黒潮は、その流れる道筋をしばしば変えるという点だ。黒潮の道筋には、おおきく分けてふたつある。ひとつは、日本の沿岸からほとんど離れないで、ほぼ直線状に流れる「直進流路」。そして、紀伊半島のあたりでいったん沖に離れ、関東のあたりに戻ってくる「蛇行流路」だ。代表的なパターンはこのふたつだけで、2度くねくね蛇行したり、沖に離れたっきり戻ってこないというケースはない。もっとも、蛇行流路は、形の微妙な違いによってさらにいくつかに分けられることもある。気象庁のホームページでは蛇行の形を「非大蛇行離岸流路」「大蛇行流路」に分けているし、海上保安庁は直進を含めて全部で7通りに分けている。なんと細かい......。

では、蛇行がおきると日本近海の水温はどうなるか。そう、黒潮の沖合い側にある温かい水が、より沖合いに遠く離れてしまう。そして、沿岸に近い側には低水温の海域がおおきく広がることになる。このように、黒潮の道筋は近海の水温をがらりと変えてしまうので、どんな形で流れているかは漁師さんにとっては一大事。わたしたちの食卓にも影響するわけだ。

どのようなときに蛇行がおきるのかは、現代の科学でもわかっていない。そして、直進しているのが正常で蛇行が異常現象というわけでもない。気象庁の説明によると、1960年から2012年までに大蛇行は6回発生した。ようするに黒潮は、直進したり蛇行したりをなぜか繰り返す海流だ。

ジェット気流も蛇行する

蛇行といえば、もうひとつ、新聞などでもおなじみの現象がある。台風の進路や冬の寒波を説明するときによく登場するジェット気流だ。ジェット気流は、地球の中緯度を取り巻くように、西から東に蛇行しながら吹いている。冬に蛇行の振れ幅が大きくなって北側から日本に近づけば、高緯度の冷たい空気も日本に近づくことになるので寒くなる。

このジェット気流の蛇行と黒潮の蛇行は、基本的にはおなじ仕組みでおきる。西から東へまっすぐ向かう流れに、時計回りと反時計回りの渦が並んで重なると、全体の流れは蛇行する。

黒潮のような強い海流は、太平洋や大西洋などの大きな海の西の端にしかできない。これは、地球規模で流れる空気や水の不思議を端的に表している面白い現象なのだが、その話はいずれまた。ご興味があれば拙著「謎解き・海洋と大気の物理」(講談社ブルーバックス)をどうぞ。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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