東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

海のマイクロプラスチック汚染

海に遊びに行って砂浜を散歩すると、流木や海藻などにまじって、たくさんのごみが打ちあげられています。最近、注目を集めている海のごみがあります。それは、プラスチックのごみ。そのなかでも、「マイクロプラスチック」とよばれる、直径5ミリ・メートル以下のとても小さなプラスチックのごみです(※)。

プラスチックは、熱が加えられたり太陽の光があたったりすると、もろく砕けやすくなります。日のあたるベランダに長いあいだ出しておいたプラスチックのプランターが、簡単に割れてしまうのとおなじことです。

流木や海藻なら、微生物などの働きでやがては分解され、二酸化炭素や水などに戻っていきます。ですが、プラスチックは、いくら小さくなっても、分解してなくなることはありません。しかも、小さなプラスチックは、海の生き物がえさと間違えて食べてしまうことがあります。海の生態系への影響が心配されています。

「海は、捨てられたプラスチックの袋小路」と表現する研究者もいます。ごみは、適切に処理しなければ、行きつくところは海です。人間の作りだしたプラスチックが、長いあいだ地球の環境を汚し続けるのです。

外洋に多いマイクロプラスチック

マイクロプラスチック汚染への関心は、ここ5年ほどで高まってきています。研究論文の数も増えています。日本でも研究者が独自に調査を続けてきたほか、環境省が2014年に、東京海洋大学や九州大学の協力で、日本周辺のマイクロプラスチックを調べました。

調査では、海に漂っているプランクトンや魚の卵などを採取するための「ニューストンネット」という網を使います。ロープの先に取りつけたこの網を海に入れて走行中の船で引っぱるのです(図1)。網の中には、海藻やプラスチックごみなど、さまざまな漂流物が集まっています(図2)。これを、ごみの大きさがわかる目盛りのついた容器を使い、手作業で分類していきます(図3)。かなり大変な作業です。

図1

図1 海に漂流しているごみをすくうための網(写真はいずれも磯辺篤彦・九州大学応用力学研究所教授提供)

図2

図2 日本海の山陰沖で採取した海面の漂流物

図3

図3 小さなプラスチックごみを手作業でえり分けていく。

環境省の調査は、九州のまわりや日本海、東日本の太平洋沖などの、海岸から数百キロ・メートル離れた海域で実施しました。その結果、平均すると、海水1トンあたり2.4個のマイクロプラスチックが浮いていることがわかりました。この分析をした九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦教授が以前、瀬戸内海の西部でおこなった調査では、0.4個でした。

この結果は、磯辺さんにとっても意外だったそうです。マイクロプラスチックが、人間の生活圏に近い海域より沖のほうに多いということは、すでにこの汚染が広く外洋に及んでしまっている可能性があることを意味しているからです。

マイクロプラスチックが沖へ運ばれる理由

もうひとつ、不思議なことがあります。比較的大きなプラスチックごみが岸の近くに多かったのに対し、マイクロプラスチックが遠く沖合にまで広がっていたことです。

そのしくみについて、磯辺さんは、つぎのように考えています。

海岸に寄せる波は、海に漂うものを岸のほうへ押しやります。押しやる力は、海面に近い浅い部分のほうが強く働きます。プラスチックごみは、大きなものほど海面に浮かびやすいので、大きなごみは岸の近くに寄ってきます。

砂浜などに打ちあげられたプラスチックは、太陽の光にあたったり砂にもまれたりして、小さく砕けていきます(図4)。小さな破片になったプラスチックは、波をかぶって沖に出てくと、なかなか岸に戻ってきません。なぜなら、小さなプラスチックは浮きあがりにくいので、岸に押しやる波の力を受けにくいからです。こうしてマイクロプラスチックは、ちょうど水に落としたインクが広がっていくように、遠く沖合まで散らばっていくのです。このように、海の波や砂浜には、プラスチックを小さく砕いて沖に運んでいく働きがあります。まるで、マイクロプラスチック製造機のようです(図5)。

ちなみに、水面の波が、波の進む方向に漂流物を押しやる現象を、波の物理学では「ストークス・ドリフト」といいます。より正確には、水面近くの水が、波の進む方向に動いていく現象のことです。波は水面が周期的に上下するだけの現象なので、本来なら、水は、波の進行とともに行ったり戻ったりを繰りかえすだけで、移動しません。ところが、波が高くなってくると、この本来の姿からのズレが生じ、波が進む方向に水そのものも移動するようになるのです。

図4

図4 浜の砂には、小さなプラスチック片がたくさんまじっている。(沖縄・石垣島の海岸で)

図5

図5 海を漂う大きなプラスチックごみが浜で砕け、マイクロプラチックとなって沖に出ていく。

生物への影響

海の生き物に必要な栄養は、まず、海の表層にいる植物プランクトンが、太陽の光を受けて光合成で作りだします。それを小さな動物プランクトンがえさにして、さらに魚などが、その動物プランクトンを食べます。

この動物プランクトンが、植物プランクトンと間違えてマイクロプラスチックを食べてしまっていることが、最近の研究でわかりました。この動物プランクトンを魚が食べ、その魚をさらにサメやクジラのような大型の生き物が食べることで、海の生き物全体にマイクロプラスチック汚染が広がっていくる可能性があります。また、動物プランクトンが栄養のないマイクロプラスチックを食べて満腹になれば、発育不足になって生態系のバランスがくずれるかもしれません。

プラスチックにかぎらず、物体の表面にはさまざまな物質が付着しやすいので、マイクロプラスチックが生き物の体内に入れば、それと同時に、表面についた有害な物質が取り込まれる可能性もあります。プラスチックそのものに有害な物質が添加されていることもあります。

実際に、魚や貝、水鳥などの体内から、プラスチックや、そこから溶けだしたとみられる有害物質がみつかっています。

実態は未解明

プラスチックのごみは、海流や波、風によって世界の海に広がっていきます。その実態調査には費用も人手もかかるので、全体像を正確に把握できるところまではいっていません。

とくにマイクロプラスチックについては、海面で確認される量が予想より少なく、どこかに行ってしまっているのを見逃しているという見方もでています。相当な量のマイクロプラスチックが、すでに海のどこかにたまっているのかもしれません。

※「マイクロ」というのは「100万分の1」を意味する言葉で、1マイクロ・メートルといえば100万分の1メートル、すなわち1000分の1ミリ・メートルのこと。ここでは「マイクロ」という言葉を「とても小さな」という意味に使い、直径5ミリ・メートルより小さなプラスチックごみを、マイクロプラスチックとよんでいる。どれくらいの大きさまでをマイクロプラスチックに分類するかは、研究者によって違いがある。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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