東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

海の雑学

津波のシミュレーションは、こうしてする

日本時間で今年の9月17日午前7時54分ごろ、太平洋に面した南米チリの沖合で、マグニチュード8.3の大きな地震がおきました。気象庁が津波注意報を発表したのは、それから19時間たった18日の午前3時。急いで注意報を発表しなくてよかったのは、津波が広い太平洋を渡ってくるのに時間がかかるからです。たとえそれが大きな津波であっても、進むスピードが速いわけではありません。このような津波の性質は、現在の物理学でかなりよくわかっています。

海底の変形で津波はおきる

津波の性質を表す数式を使うと、津波がどのように海を渡ってくるかをコンピューターでシミュレーションすることができます。東京大学海洋アライアンスの稲津大祐特任准教授は、今回の地震の直後に、そのシミュレーション結果を公表しています。「図1」はその公表資料に載っている図ですが、これは、今回の津波がどのように太平洋に広がっていったかを示しています。

ここでは、稲津さんのシミュレーションを例に、津波のシミュレーションの方法、その結果の読み方などについて、もうすこし詳しく説明しましょう。

津波は、地震などにともない、海底が急に変形するとおきます。ですから、陸で発生した地震で津波はおきません。今回のチリ地震は、チリ沖合の海底下でおきました。大きな地震がおきると、気象庁をはじめ世界のさまざまな機関が観測、計算して、その発生場所と規模をすぐに発表します。

図1

図1 チリ沖で発生した津波が太平洋全体に広がっていく。図中の線は2時間きざみ。太平洋の中央のやや上部にあるハワイには、津波発生から14時間あまりで到達している。それからさらに8時間ほどして、日本に到達する。

津波の伝わり方をシミュレーションする際の出発点は、地震による海面の変形です。地震にともなう海底の変形がほぼそのまま海面の形になることが、これまでの研究でわかっています。しかし、肝心の海底が、どのように盛りあがり、あるいは落ちくぼんだかは、地震の直後にはわかりません。あとで詳しく調査してわかることです。そのため、このシミュレーションでは、過去におきた海底の地震を参考にして、海底は長方形の形に変形したと仮定しています。

津波は重力で伝わる波

津波は、海面が地球の重力に引かれてできる波です。海面や池の水面に凹凸ができると、盛りあがった部分は重力で引かれて低くなり、へこんだ部分は逆に盛りあがってきます。その凹凸のパターンが移動していくのが、水面を伝わる波です。津波も、風でつくられる波も、水面を伝わるおなじ種類の波です。

水面を伝わる波を表す数式は、ほんとうはかなり複雑ですが、稲津さんのシミュレーションでは、ある仮定をして簡略化したものを使っています。簡略化したほうが、コンピューターで計算するための時間が短くてすむからです。これから説明しますが、簡略化した数式を使っても、もともとの複雑な数式を使っても、計算結果はほとんど変わりません。そのため、さまざまな機関が公表している津波のシミュレーション結果の多くは、簡略化した数式を使っています。

波の盛りあがりから隣の盛りあがりまでの距離を「波長」といいます。この言葉を使えば、数式を簡略化するための仮定は、津波の波長は水深にくらべてはるかに長く、しかも海面の上昇幅はごく小さいということです。

実際の津波の盛りあがりは、太平洋のような大海原を渡っているあいだは、かなり大きな津波でも、1メートル程度のわずかな上昇幅です。一方で、その波長は数十キロメートルから数百キロメートルにもなります。たとえていえば、東京から神奈川、静岡といった長い距離のあいだに、わずか1メートルくらい海面が盛りあがる。これが津波の実態です。これに、波の高さがときには数メートルにもなる風による波が無数に重なっているのですから、海のまっただなかを航海中の船ならば、もし津波がやってきても、それに気づくことはありません。

ただし、津波は、岸に近づくと、どんどん高くなってきます。水深が浅くなって、津波のエネルギーが少ない水に凝縮されてくるからです。

シミュレーションの話に戻りましょう。実際の津波がこのような性質をもっているので、シミュレーションの際、津波の波長は長く、盛りあがりは小さいと仮定して数式を簡略化することに、とくに問題はありません。津波が何時間くらいで、どのように太平洋を渡るかをシミュレーションする場合は、こう仮定しても、計算結果にほとんど狂いはでないのです。

水深が深いほど津波は速い

津波は、水深の深いところほど速く伝わります。ここでは詳しく説明しませんが、「メートル」の単位で表した水深に9.8を掛け算し、そのルートをとると、津波の速さが「秒速何メートル」という数字ででてきます。

たとえば水深4000メートルのところだと、これに9.8を掛けて39200。そのルートをとって、津波の速さは秒速約200メートルとなります。これは、時速にすると毎時約700キロメートル。ほとんどジェット旅客機なみの速さです。津波の伝わる速さを正確に計算できるよう、シミュレーションには水深のデータもとりこんでいます。

さて、シミュレーションの開始です。コンピューターで計算するために、地球の海全体を、緯度、経度のマス目に刻みます。津波の伝わり方を表す数式を使って、このマス目ごとに、海面の高さを計算していきます。あるマス目の水面が高くなれば、次の瞬間には、その隣の水面が高くなります。これを、海全体について、ある時刻、それからすこしたった次の時刻、また次の時刻という具合に、繰り返し計算していくのです。

津波は1日かけて太平洋を渡る

さきほど示した「図1」は、チリ沖で盛りあがった水面が、どのように太平洋に広がっていくかを表しています。盛りあがりの先頭部分が、津波の発生から何時間後にどこまで広がっているかを示している図です。線と線のあいだは2時間になっています。日本には、地震の発生から21〜24時間後に到達しています。

また、海のそれぞれの場所で、波高が最大でどれだけの高さになったかを表したのが、「図2」です。地震のおきた直上では3メートル近くありましたが、太平洋では全体的に10センチメートル以下になっています。ただし、日本列島のそばでは、ふたたび波高が高くなっています。これは、水深が浅くなっているためです。

図2

図2 この津波で、最大でどれくらい海面が上昇したかを示している。震源地から太平洋の中央方向に、波高が比較的高かった水色の海域が広がっている。

「図2」の日本付近を拡大したものが、「図3」です。北海道から九州にかけての広い範囲で、10センチメートル以上の波高になっています。

「図2」や「図3」では、まさに海岸に到達した津波の高さがどれくらいなのかは、正確には描かれていません。津波が、うんと海岸に近づいて波高が高くなってくると、この計算の前提となった「水面の上昇幅は小さい」という仮定が満たされなくなり、計算そのものが実態とずれてくるからです。

稲津さんが公表したシミュレーションの結果には、「スケール則1」と「スケール則2」のふたつの場合が示されています。津波をおこす地震の規模は、海底の岩盤が、どれくらい広い面積で、それくらいのズレを生じたかで決まります。逆にいうと、おなじ地震の規模でも、狭い面積で大きくズレた場合と、広い面積で少しだけズレた場合があるということです。「スケール則1」が前者、「スケール則2」が後者に対応しています。「図1」「図2」「図3」の結果は、「スケール則1」で計算したものです。

図3

図3 日本列島周辺での海面の上昇幅。列島に近づくと波高は高まる。日本海での上昇幅は、列島が「防波堤」となるので小さい。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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