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海の雑学

韓国「セウォル号」の事故に関する解説「船はこうして転覆する」

多くの高校生を乗せた韓国の旅客船「セウォル号」が2014年4月16日、転覆した。この解説を執筆している時点で、まだ100人以上が行方不明のままだ。セウォル号は約6800トンの大きな船。だが、船体が大きかろうと小さかろうと、いちど傾いた船は、ある条件を満たしてしまうと、もとの姿勢に戻ろうとする力を失ってしまう。つまり、転覆である。このとき、どういう力がどのように働いているのか。それを物理の目でみてみよう。

船に働く「重力」と「浮力」

船が転覆するかどうかは、ふたつの力の兼ね合いで決まる。重い船体を下に引っぱる「重力」と、上向きに押しあげる「浮力」だ。結論からいうと、このふたつの力を合わせたものが、船の傾きを増していくほうに働くと船は横倒しになり、引き戻すほうに働くと、もとの姿勢に戻る。船は通常の航海でも左右に傾いて揺れるものだが、ふつうは引き戻す力が働くので無事に航行できる。

では、どのようなときに、船の傾きが増していってしまうのか。

そのまえに、もうすこし重力と浮力の話をしておこう。

海に浮かんでいる船に働く重力と浮力は、向きは違うがおなじ大きさだ。重力は下向きで、浮力は上向き。大きさがおなじで向きが正反対だから、プラスマイナスゼロになって、船は沈みもしないし、もちろん上昇もしない。

重力の働き方を考えるには、「重心」に注目するのが便利だ。重心とは、その物体全部の重さが、その一点に集中していると考えてよい仮想的な位置のこと。いわば、その物体の重さの代表点だ。ボートの床に重い板を敷きつめれば重心は低くなるし、荷物を積みあげれば重心は高くなる。重心が高ければ倒れやすそうなことは、直感的にもわかる。

重力や浮力が回転の力に

ここで、1本の棒を考えてみよう。この棒を床に置き、てきとうな2か所をそれぞれ正反対の方向に引っぱる(図1)。すると、どのような2か所を引っぱっても、棒は回転する。力の大きさが違えば、棒は大きな力の方向に移動もするが、それでもともかく回転する。ふたつの力が棒を回転させる効果を生んだのだ。

図1

船が傾いたときも、よく似たことが起きる(図2)。この図は船を後方から見たところで、右に傾いている。右半分のほうが水面下に多くつかっているので、浮力が大きい。だから、浮力の中心は右側にずれる。船の構造は変わっていないので、船の重さの中心、つまり重心の位置は傾いても変わらない。すると、さきほどの棒の図とおなじように、船には反時計回りの力が働く。だから、右に傾いた船はもとに戻る。

図2

船が転覆するのは......

では、傾いた船が戻らないのは、どのようなときか。

まずひとつは、重心の位置がとても高いとき。たくさんの重い荷物を船の高い位置に積みあげた場合などだ。このときは、さきほどと矢印の左右が逆になっている(図3)。下向きの重力が右側に、上向きの重力が左側にきている。したがって、船を回転させる力の向きは時計回り。だから、船はそのまま傾いていって横倒しになる。

図3

もうひとつ考えられるのは、積み荷がずれてしまう場合だ。きちんと左右対称に荷物を積んでいれば、これまでの図で示したように重心は船の中央線上にあるが、大きな波を受けて傾いたり急旋回したりして積み荷がずれると、重心の位置もずれる。積み荷が重ければ重いほど、重心のずれも大きい。その結果、さきほどのように重心の位置が高くなったわけではないのに、それとおなじく、船を横倒しにする回転の力が生まれてしまうことがある(図4)。よく「積み荷がずれてバランスを崩した」というが、物理的にみると、こういうことだ。これを防ぐには、積み荷をきちんと固定し、万が一ずれてもおおきな被害に至らぬよう、積みすぎには十分に注意する必要がある。

図4

一般に、傾いた船をもとに戻す復元力(船舶工学では「復原力」と書く)は、傾きが大きくなるとともに強まっていくが、ある一定の傾きを超えると、こんどはどんどん弱まっていく。積み荷のずれがなくても、船にはそういう性質がある。これに積み荷のずれがすこしでも加われば、船の姿勢はいっそう戻りにくくなる。

また、後方から船の長さとおなじようなスケールの波を受けると、船体は波に乗りあげたような状態になり、十分な浮力が働かず転覆の危険が高まる。

マスメディアの報道をみるかぎり、セウォル号が転覆した原因については、さまざまな情報が入り乱れていて、まだよくわかっていない。結果として、ここで説明したように船の傾きを戻す力が失われて転覆したわけだが、なにがその原因となったのか。その究明が待たれるところだ。

文責:サイエンスライター・東京大学特任教授 保坂直紀

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