東京大学 海洋アライアンス 日本財団

Initiative海と人との関わりを探究する授業作り

海洋と人類の共生とはなんだろう?

図1 海洋教育については『新学習指導要領時代の海洋教育スタイルブック』(小学館、2019年)をご参照ください

図1 海洋教育については『新学習指導要領時代の海洋教育スタイルブック』(小学館、2019年)をご参照ください

全国の幼稚園から高等学校の授業や活動、水族館や博物館などで行われているイベントや展示などを、「教育学」の視点からデザインするのが、私の仕事のひとつです。ここ数年は特に、「海」にかかわる学びをデザインし、実施しています。たとえば、幼稚園では船乗りごっこや魚市場ごっこ、小学校では漁業体験や生物観察、中学校では海辺の街づくりや海産物を生かした商品開発を行いました。高校では地球温暖化や水産資源などの海洋問題に関する探究など、様々なアイデアで、学校の授業を楽しくて意味あるものにしたり、学ぶことそのもののおもしろさに気づいてもらうきっかけ作りをしています。そのため、海について調べたり研究したりしている「海の専門家」ではありません。その一端は、私が主宰している団体のHPで紹介しています(http://3710lab.com)。

海にかかわる教育は、かたい言葉では「海洋教育」と呼ばれています。ほとんど知られていませんが、海洋教育の推進については、2007年に制定された海洋基本法に定められています。海洋についての理解と関心を深めることができるように、学校や社会において教育を推進していくことが第28条に書かれています。その目的は何なのでしょう。それは、「海洋と人類の共生」です。でも、「海洋と人類の共生」と言われても、イマイチはっきりとわかりません。すでに共生しているようにも思いますし、共生の現実化とは何なのか、どうすれば共生が現実となっているのか、そもそも共生とは何なのか、などなど、考えてもよくわかりません。「海洋と人類の共生」が大事だという意見に反対する人はほとんどいないと思いますが、その現実化に向けて真剣に取り組もうとする人はそう多くいないのではないでしょうか。

海とともに生きる知恵を継承する

ところが、古来、日本には海との共生にかかわる術、大げさに言えば、海とともに生きる知恵が伝えられてきています。地域それぞれに独特な海との共生のあり方が息づいているのです。その中でも私が興味深く思っているのが、文字によらず、口づてに伝承された口承文学です。それはたとえば、昔話や民話と言われるものです。沿岸地域に残されている昔話や民話には、津波の恐怖を伝えたり、災害の前兆現象を捉え事前の避難や備えを促したり、海への感謝を想起させる内容のものが多くあります。宮城県気仙沼市大島の「みちびき地蔵」などはその一つです。現在では、文書化されて記録されているものもありますが、口承文学は、その伝承者が亡くなると、物語そのものがなくなってしまうため、失われてしまった物語も多くあります。東北を中心に山の村や海辺の町を訪ね歩いて、たくさんの方々に民話を聞く「採訪」という活動を50年近くも続けている、「みやぎ民話の会」のような団体もあります。東日本大震災以降、民話の伝承活動に取り組む人たちも増えてきています。被災体験の伝承という課題に対して、民話の語りに何かしらの示唆を覚えたのかもしれません。

図2 「みやぎ民話の会」の小野和子さんが沿岸集落で聞いた民話の展示を、東京国際フォーラムにて行いました(2018年8月15日)

図2 「みやぎ民話の会」の小野和子さんが沿岸集落で聞いた民話の展示を、東京国際フォーラムにて行いました(2018年8月15日)

民話や昔話に根ざしているような海とともに生きる知恵は、地域や家庭にて、大人から子どもへと様々な場面にて伝えられてきました。しかし、今日においては、どうでしょう。地域差もあるかもしれませんし、家庭環境による違いもあるかもしれませんが、生活の中で伝えられることはほとんどなくなってきているのではないでしょうか。近年、災害についての教訓や知恵の伝承、すなわち災害伝承については、多く取り組まれるようになってきましたが、海とともに生きる知恵は、それにとどまるわけではありません。海の恵みのいただき方、いただいた魚の祀り方、海への感謝の表し方などもあります。あえて聞かなければ意識しないような、日常に溶け込んでいるものも多くあります。このようなことが伝えられる場は失われていくばかりなのでしょうか。地域に根ざす知恵を伝えていくためにはどうすればよいのでしょう。

地域の知恵を探究する授業を作る

私はこのことに「教育」という視点からアプローチを試みています。「学校」に、海とともに生きる知恵を残し伝えていくための機能をもたせられないだろうか、と考えたのです。もちろん、海に限らず、地域それぞれに根ざした生活の知恵も念頭に置いています。その機能は公民館が主として果たしていたのですが、今やほとんどの場所にてその機能は失われてしまっています。学校も統廃合などで減っていく一方ですが、それでも学校にその機能を持たせる意味は大きいと思っています。

具体的には、地域の方々に「海と自分との関わり」をテーマに聞いて歩き、それを様々な形で残していくという授業作りを行なっています。まず、子どもたちが、地域の大人に、海との思い出や、海にまつわるおもしろい話、海が好きかどうかなどを聞きます。自分が住んでいる地域の人々が、海とどのような関わりにあるのかを探っていくという授業です。地域の海との関わりの物語を作ると言ってもいいかもしれません。先に触れた民話の採訪にもヒントを得ています。総合的な学習の時間や社会、国語の時間などで実践しています。特別授業や課外活動としても実施しています。

地域と人をつなぐ「対話インタビュー」

図3 岩手県立種市高等学校で行った「対話インタビュー」の様子

図3 岩手県立種市高等学校で行った「対話インタビュー」の様子

この授業づくりにおいては、話を単に聞くのではなく、「対話」をするということを目指しています。インタビューのように一方的に質問するのではなく、誰かに何かを聞くことをきっかけに、お互いの間で「対話」が生まれるような工夫をしています。そのため、グループなど数名で話を聞くのではなく、一対一で対面して行います。語りは聞き手がいなければ生まれません。また聞き手によって、その語りも変わってくるはずです。聞き手のあいづちやうなずき、表情や身振りによって、語りは変わるでしょう。その人が聞いているからこその語りであって、他の人が聞けば違う語りになるはずです。

図4 DVDと冊子は、地域の方々で振り返ることができる共有の思い出になります

図4 DVDと冊子は、地域の方々で振り返ることができる共有の思い出になります

時に、語り手と聞き手が向き合い話すようすを、二台のビデオカメラで二人それぞれを同じように撮影することもあります。この方法は、ドキュメンタリー映画『なみのおと』(監督:酒井耕・濱口竜介、2012年)をヒントに、映像作家の福原悠介さんと実施しているものです。私たちは「対話インタビュー」と呼んでいます。最終的には、ひとつひとつの対話インタビューを編集し、映像として残しています。映像には、語り手と聞き手の表情やその場の空気感など、文字としては残すのが難しいものが映っていたりします。それを残すこともまた大事なことであるはずです。対話インタビューの参加者とともに上映会をした時には、「聞いている人の顔が映っているのが新鮮だ」という発言があったことにもその特徴が表れているでしょう。これまでには、岩手県九戸郡洋野町や宮城県石巻市荻浜、気仙沼市小原木などで実施してきました。また、授業作りのひとつの方法として大学の授業でも特別講義をしています。「対話インビュー」はDVDとしてまとめています。ご関心のある方は筆者までご連絡ください。

「海洋と人類の共生」をみんなで考える

異年齢の交流は場を設けないと難しくなってきています。核家族化した現在においては、高齢者と話をする機会は子どもたちにとって、地域のことを学んだり、地域の人から学ぶ貴重な機会です。もしかすると、大人たちから聞いた話は必ずしも面白いものではなかったり、すぐに活きるようなものではないかもしれませんが、そのような話を聞くことは大事なはずです。話を聞かれる大人たちにとっては、あらためて自分たちが身につけてきたものを意識しなおし、振り返り、その意義を再確認するきっかけにもなるでしょう。対話においては、話し手がまだ意識していないような響きを聞き手が聞き取り、それが言葉として発せられもします。地域に根ざしてきた知恵が、新たな形で生かされていく瞬間が生まれます。授業として行うことは、子どもたちのみならず、大人たちにとっても地域のことを考えることになります。このことが、地域に根ざした海とともに生きる知恵とは何かを、地域全体で考えることにつながるのではないでしょうか。

あらためて、海洋と人類の共生、海とともに生きる知恵とは何なのでしょうか。各地域に残された知恵は間違いなく大切なものです。具体的な方法であったり、教訓や理念的なものもあるでしょう。文字として継承していけるものもあれば、それには適さないものもあるかもしれません。それを掘り起こし、継承できる形に整えるのも大事でしょう。それと同時に大事なのは、海とともに生きるとは何なのかを探究する空間でしょう。知恵は知恵として受け取りつつ、その知恵を契機に、自分たちであらためて自分ごととして探究することが、何にも増して大事なのだと思います。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「海洋文化の継承についての研究」(2017年度前期)の活動をもとに執筆しました

東京大学 海洋アライアンス 特任講師 田口 康大

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