東京大学 海洋アライアンス 日本財団

Initiative漁村の過疎化は海洋生態系の管理体制に影響を及ぼすか

調査研究の背景

最近、農林水産業の従事者が減少し、地方社会で人口減少が問題となっています。漁村も都会から離れた遠隔地にあることが多く、過疎化が進んでいます。

しかし、この過疎化で失われようとしている大切な技術や組織があるのではないか、そうであれば、対策を考える必要があると私たちは考えました。例えば、日本沿岸の漁村では、漁業者を交えて行政や水産試験所などの研究者が協力して、地域の漁業資源を共同管理してきた歴史があります。このような共同管理は、英語ではコ・マネジメント(Co-management)と呼ばれて、世界各国で目指すべき漁業管理の見本のような姿であると国連食糧農業機関(FAO)などの国際的な場所でも評価をされています。

図1

図1

2009年にノーベル経済学賞を受賞した米国インディアナ大学のオストロム教授は、地域の当事者が自主的な努力で資源を管理し、100年以上にわたりその保全に成功している例が世界に多数存在すると述べています。日本の沿岸における漁業管理も、この一例であると私たちは考えています。実際、日本の沿岸では、何世代にもわたり積み上げられてきた知識や技術、更には社会的な基盤の存在が今でも大きな役割を果たしています。

しかし、過疎化の進行とともに、祭典費や神社の臨時修理のために共同で漁業を行い、その収益を充当する、あるいは網が引っかかった場合は互いに助け合うなどの、協働・互助慣行が失われつつある現実があります。私たちは、この現状を把握し、今後、過疎化が進行する沿岸域における生態系の保全管理の将来像を明らかにすることにしました。

三重県志摩市での調査

図2

図2

私たちは、三重県志摩市の漁村を調査フィールドとし、漁業者を中心にインタビュー調査を行い、また漁労活動などへの参与観察を行いました。とりわけ、漁業者同士がどのようにして漁業に関わる環境要件(例えば、漁獲対象資源の数や分布の状況、水温や潮の流れなどの海洋環境、天候など)についての情報交換を行っているのかを観察し、情報共有の共有が漁業管理においてどのように機能するのかを考察しました。また、類似の先行研究で、漁業の共同管理においては、漁業者と外部者とのつながり(ネットワーク)が有効に作用することが指摘されていることを踏まえて、漁業の自主管理組織の役員らを対象に外部との連携に関して聞き取り調査を行いました。また、質的な情報収集と合わせて、人口統計や漁業センサス、市場統計を用いて人口や現地の主な生産物(イセエビ、アオサ、真珠)産出量などの定量的な情報を入手し、分析を行いました。

調査の成果

インタビュー調査の結果などから、以下が明らかとなりました。

図3

図3

・漁業者が共同で行う漁労活動の場では、海洋環境や資源状況についての情報交換が絶えず行われており、共同で事実確認が行われる場として機能していること

・この地域のイセエビ漁業では共同操業が行われており、同じ船に年齢層の異なる漁業者が乗船して漁労作業を行い、若手の漁業者に対して年配の漁業者が網の入れ方などについて指示を出すなどして、漁労技術の伝播の一助を担っていること

・イセエビ刺し網漁業では、陸上作業に漁業者の親戚や知り合いから構成される地域の住民が従事しており、陸上作業の場は、これらの地域住民の情報交換の場、憩いの場としてしても機能していること

・この地域の漁業は真珠やイセエビなど、水産物の中でも高価なものを生産しているが、これらの生産物の価格は90年代以降に実質価格の下落が大きな課題となっていること

・これが背景となり、いかにして水産物の付加価値として市場にアピールするかが、現状の課題となっていること、また、消費者に対して自分たちが生産した水産物をアピールするイベントなどを地方行政機関などと共同で開催し、これを通じて漁業者と外部者との交流が近年増していること

また、定量分析からは以下が明らかとなりました。

・この地域では、漁業収入の多少にかかわらず、漁業への新規参入が減り、漁業者の高齢化は一様に進んでいること

・釣漁業などの個人経営で成り立っている漁業種では、若手の新規参入が少ない一方で、定置漁業や沖合漁業など企業経営の割合が比較的高い漁業種では若手の参入が認められること

これからどうすれば良いのでしょうか

以上の結果を総合的に考察すれば、共同管理の礎には、漁労活動を通じた漁業者同士の情報交換や資源や海洋環境に関する共同事実確認のプロセスがあると考えられます。しかし、漁業の管理に成功し、漁業者が安定した収入の確保が可能となっている場合においても、若手の新規参入が少ないこともわかりました。漁業者の高齢化や地域の過疎化が進めば、現在漁業者の協力体制によって成立しているイベントなども、人手不足によって開催できなくなることが危惧されます。そうすれば、共同作業の場が失われることが危惧され、ひいては漁業の共同管理にも影響を及ぼすという悪いサイクルになることが懸念されます。

それではどうすれば良いのでしょうか?やはり若手が漁業に参入するよう、様々な対策を打ち出していくことが、行政機関に求められるでしょう。消費者に対して自分たちが生産した水産物をアピールするイベントなどを地方行政機関などと共同で開催し、これを通じて漁業者と外部者との交流が近年増していることを先に述べましたが、今後もこのような取組を続けることが求められます。また最近では、外国人観光客などによるインバウンド需要が注目されています。地域の漁村でも、インバウンド需要などを取り込む工夫をして、外部者との交流を更に拡大することが求められるでしょう。

東京大学 農学生命科学研究科 教授 八木信行

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