東京大学 海洋アライアンス 日本財団

TOPICS on the Ocean

シンポジウムレポート

【シンポジウム】Developing New Ocean Provinces on Their Biogeochemistry and Ecosystems(2015/12/3-4)

期間:2015年12月3日~4日

場所:東京大学 小柴ホール

顕在化する地球規模での環境変化に対し、海洋生態系やその物質循環がどう応答するのか、その中で持続的な海洋利用をどのように図っていくかは、現在の科学における最も重要な課題である。近年、人口増加と経済活動拡大に伴う生態系サービス需要の増加に加え、海底鉱物資源や自然エネルギー利用の技術開発が進んだことから、外洋域、特に公海の利用に大きな国際的関心が高まっている。このため、海洋利用の新たなガバナンスの必要性と緊急性が国際的に認識されるようになった。これに取り組むには、海洋をその生態系と物質循環のまとまりから整合性のあるサブシステムに分けることが必要である。このような背景の下、我々は1.新たな海洋区系を確立し、各区系における物質循環と生態系の機能を解明し、2. 様々な恵みをもたらす社会共通資本としての海洋の価値を区系毎に評価し、3.海洋の持続的利用のためのガバナンスに必要な国際的合意形成における法的経済的枠組みを提示する、ことを目的として科研費新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」を行っている。

「新海洋像」から得られる成果は、プロジェクトの枠を超えた多様な意見を取り入れて推進し、さらにその利用を広く促進することによって、効果的・効率的に社会科学課題解決に繋がることが期待される。そこで、「新海洋像」からの成果発表に加えて国内外からの研究発表を募り議論することにより、新たな海洋区系確立の道筋を立て、生態系の恵みの評価や国際的な合意形成への貢献を加速することを目的として、本国際シンポジウムを開催する。

本シンポジウムのもう一つの目的は、海洋科学や海洋問題解決に関わる人材の育成である。海洋科学や海洋問題の解決には専門分野に関する十分な知識・技術と共に、多様な視点で科学問題・社会問題を把握することが必要である。若手研究者にとって「新海洋像」のような分野野横断型プロジェクトは、他の学術分野による課題成果を各自の研究に取り入れて推進し、新たな研究シーズを探る良い機会であると共に、各自の取り組む科学問題が他の学術分野や社会問題解決にどう貢献し得るのかを理解する格好の機会となる。そこで、ポスターセッションを行って国内外の著名研究者との議論の機会を設けると共に、プロジェクト外からの参加を促すため国内旅費を補助し、その研究推進や科学的思考法の醸成に役立てる。ポスター発表にあたっては、招聘研究者やプロジェクト課題代表者に審査員を務めることを依頼し、学生・若手研究者が、経験を積んだ一流の研究者と濃密な議論が可能となるようにする。また、優秀な研究発表に対してはベストポスター賞を設けて表彰する。

シンポジウムの様子

シンポジウムには、海外から、海洋物理、炭素循環、生態系温暖化応答、生態系モデル、海洋保護区等の分野をリードしている6名の科学者を招聘して開催した。参加者は76名であった。

NEOPSプロジェクトの研究代表者古谷研が、本シンポジウムの目的である、新しい科学知見に基づく新海洋区系の確立の必要性およびその自然科学および社会科学上の意義についての講演を行った後、海洋物理と生物地球化学循環に関する講演が行われた。まず、ハワイ大学のQiu教授が、太平洋の海域区分やその経年変動に影響を及ぼす黒潮続流に関し、変動特性と予測可能性に関して講演した。次いで、タスマニア大学のBoyd教授が、区系の基盤となる様々な化学的、生態学的要素とその温暖化に伴う変化の予測に関する講演を行い、統合的な海洋研究の重要性を述べた。東大の伊藤准教授は、海域区分に中規模渦とモード水形成が重要であることを示した。地球環境変動の主要な要因である人為起源二酸化炭素については、カナダダルハージー大学のWallace教授が炭素循環および人為起源二酸化炭素の海洋による吸収に関する講演を行った。気象研の石井博士は、人為起源二酸化炭素が海洋に吸収されることにより、北太平洋が確実に変わってきていることを、長期観測による成果により明確に示した。環境研の安中博士は、栄養塩と炭酸の北太平洋の分布から、新しい海洋区系の提案を行った。生物地球化学的観点からの海洋区分に関しては、東大の塩崎博士が、窒素固定における島効果の影響、同じく東大の齊藤准教授が生元素の超高感度分析により、亜熱帯太平洋がいくつかの区系に分かれること、植物プランクトンや動物プランクトンが生元素のリザーバーとして重要であることを示した。北大の西岡准教授は、鉄の供給と鉄制限の観点から、太平洋の東西・南北方向の生物地球科学的、生態学的違いを示した。分子生物学的手法を用いた海洋区分については、東大の浜崎准教授が微生物の地理分布と機能の変化を、水産総合研究センタ-の平井博士が、動物プランクトンの地理的分布とそこから推定される動物プランクトンの進化について講演した。生態系モデルに関しては近年大きな進展がみられているが、フランス衛星情報収集局のLehodey博士は、海洋物理、低次生態系に餌生物である中深層性魚類までを加えた最先端のカツオ分布回遊モデルについて発表し、エルニーニョ等の気象変動に伴う分布変化を再現した。ブリストル大学のWard博士は、多様な植物プランクトンの生理機能を取り込んだ生態系モデルにより、栄養塩の供給比が植物プランクトン群集の分布や窒素固定に影響を及ぼすことを述べた。一方、海洋研究開発機構の橋岡博士は、全球生物地球化学―生態系モデルを用い、植物プランクトン群集の成長制限による海域区分が可能であることを示した。北大の見延教授は、複数の温暖化予測モデルを合わせて解析することにより、推定値の変動幅を含めてサケ分布の将来予測を行った。電中研の津旨博士は、東日本大震災後の放射線の汚染の定量的評価および太平洋における広がりを示した。高次生物や底生生物に関しては、カナダ海洋科学研究所のRubidge博士が、深海サンゴ等の分布からの海洋保護区の策定に関する講演を行った。水産総合研究センタ-の奥田博士は、サメを加えた魚類等高次捕食者の分布からみた海洋区系を、同じく水産総合研究センタ-の加藤博士が、アカイカの分布や海域利用特性からみた海洋区系を示した。

ポスター発表セッションにおいては計21の研究報告がなされた。若手研究者を中心に、海洋物理や大気化学から高次捕食者に至る多様な学術分野に亘る発表が行われ、活発な議論が行われた。その中から、東大大学院農学研究科修士課程の山口珠葉と、東大大気海洋研究所博士過程の桂将太の2名にベストポスター賞が贈られた。

シンポジウムの様子

総合討論においては、まず今回の発表のなかで、NEOPSの目的である新たな海洋区系の確立に何が足りないのか、またはどのような研究を行うべきなのかを議論した。それに対し、データに加え様々なモデルを活用することが有効であること、一方、モデルにおいては感度分析が必須であり、それによって温暖化に対する応答や区系の変化にも対応できる可能性が示された。また、目的によって区系は変わるものであり、そのために様々な物理、化学、生物学的地理情報を用意していることが説明された。次いで、物理、化学に比べ数の少ない生物学的データやその質についての議論が行われ、今後はArgoに搭載可能な化学・生物センサーの開発が必要であり、生態系サービスの持続的利用のためにもその開発が急がれるという意見が出された。国際的な合意形成が困難であり、紛争の要因ともなりうる高次捕食者が漁業に関しては、NEOPSにおいて多くのデータが集まりつつあることが評価されたが、物理や化学データに比べれば十分ではなく、また動物プランクトンやマイクロネクトンに関してもも不十分であることが述べられた。またイカ類やマグロ類は大規模な回遊を行うため、物理や化学から示される区系との統一が課題であることが示された。これに対し、マグロ類の分布や生産に及ぼす役割といった目的に応じた多様な区系を示すことに加え、区系間の相互関係や相関関係に関する解析も有効であろうことが述べられた。最後に温暖化等により変わりつつある海洋にどのような区系を設定するかに関する議論が行われた。この中で、区系の地理的境界だけではなく、海洋全域において生物の組成、優占種、生物量といったものも変化し、区系そのものが変化する可能性のあることが述べられた。この問題に対応するために、様々な気候インデックスと区系変化の関係、過去のデータの解析等が有用であることが述べられ、モデルによる予測と合わせて行うべきであることが述べられた。また生物の生理や遺伝的特性に関する知見をより一層増やすことの重要性が述べられた。

招聘研究者からはNEOPSで得られた成果は先端的でかつ充実しているといった賛辞と共に、その成果をより一層国内外に広めることの重要性が述べられた。また、NEOPSと国内外の他のプロジェクトや研究との連携の期待が示され、NEOPS側の研究者からもそれに応えていくこととした。シンポジウムを通じて質疑応答が活発に行われて問題点や改良点が示されただけではなく、研究者間で将来の研究協力の話も進展するなどし、期待以上の活発な議論や方向性の提示がなされた。

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