東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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シンポジウムレポート

【報告】海洋アライアンスシンポジウム第6回東京大学の海研究「震災を科学する」(2011/7/14)

報告:海洋アライアンスシンポジウム

第6回東京大学の海研究「震災を科学する」

 2011年7月14日(木)10:30から,農学部弥生講堂で標記シンポジウムが行われた.海洋アライアンス主催で毎年この時期に行われる同シンポジウムは本年で6回目を迎える.

 総合司会木暮教授(大気海洋研究所)の司会で始まり,最初に福機構長の浦辺教授(理学系研究科)から挨拶があった.第1部ではまず,平田教授(地震研究所)が今回の東北地方太平洋沖地震の震源の面積と滑り量が格段に大きかったこと,例えば,陸域において最大1.2 mもの沈降,最大5.3 mもの東方への水平移動が数分間のうちに起こったこと,海底における地殻変動に関しても 東方へ40 m以上移動したことなど,その桁外れに巨大な地震の実態について解説した.

会場の様子.質疑に答えるのは古村教授.

会場の様子.質疑に答えるのは古村教授.

 古村教授(情報学環総合防災情報研究センター/地震研究所)は,東北地方太平洋沖地震に伴う津波の実態に関して,主に,詳細な数値シミュレーションの結果に基づいた解説をした.特に,東北沖に設置されていた海底ケーブル津波計によりキャッチされた波高5 m以上の巨大な津波波形を再現するには,広範囲にわたって連動した地震とともに,それらの震源域の沖合の海溝付近で津波地震が発生したことを仮定する必要のあり,この観点から,南海道地震に関しても,1605年慶長地震級の地震(M8.2),1707年宝永地震級の地震(M8.6)の同時発生,さらに,それらの震源域の沖合の海溝域において津波地震が連動することで,超巨大津波が発生する可能性のあると指摘した.さらに,今回の甚大な津波災害の一つの教訓として,今後は津波の事前予測よりは,津波発生直後警報に力を入れていく必要性のあることが強調されるとともに,その正確な警報発信に向けた次世代津波防災システムの一端,例えば,海底ケーブル津波計による津波実態の早期把握とその波形データを津波シミュレーションに同化させる計画,また,スーパーコンピューター「京」を用いた「地震動,地殻変動,津波」の融合数値シミュレーションの計画が紹介されました.

 午後の第2部では,まず,理学系研究科の池田安隆先生に,地質学的な時間スケールの観点からの東北日本島弧-海溝系の長期的な歪み蓄積過程から見た地殻変動の実態を紹介して頂きました.今回の東北地方太平洋沖地震では,深さ50 km以浅のプレート境界域のみが破壊を起しており,それ以深では破壊は起こっていないこと,その深いプレート境界域では今後大きな余効すべりが継続することで,約10年の時間をかけて歪みが徐々に解放され,これに伴って,東北太平洋岸は10年程度の期間をかけて隆起を続けていくであろうとの予想を紹介して頂きました.

 続いて,生産技術研究所の中埜良昭先生には,インドネシア・スマトラ島沖地震津波および東北地方太平洋沖地震津波による建物被害に関する実地調査結果のとりまとめと,そのデータに基いて行った,破壊時耐力に関する既存の実験式の有効性の検証結果を紹介して頂きました.

新領域創成科学研究科/大気海洋研究所の芦寿一郎先生には,南海トラフの深海底における様々な断層活動,例えば,地滑り・重力流,崩落堆積物,振動変形,断層変位,湧水活動などに関する定量的な推定手法を,地球深部探査船「ちきゅう」を用いた興味深い深海観測の映像を交えて解説して頂きました.

第2部の後半では,まず,史料編纂所の保立道久先生に,貞観大津波に関する古文書を紹介頂き,その情報から今回の東北地方太平洋沖地震津波との比較を通して,差異/共通点を解説して頂きました.特に,歴史資料を辿ることによって解明された結果に基づき歴史常識を見直すとともに,それを科学化していく必要性があること,その意味で,今後は,文理融合型の研究を推進していく必要性があり,それが将来の防災を考えていく上で必ず役立っていくはずとの提言をして頂きました.

最後に,サステイナビリティ学連携研究機構の福士謙介先生には,今回の東北地方太平洋沖地震津波による東北各都市における上水道および下水道への被害状況とその復旧に向けた現在の状況を紹介して頂きました.特に,今後の有望な防災対策として,自立型水再利用システムの紹介をして頂きました.

総合討論では理学系研究科の日比谷教授が座長となり,会場からの質問票に講演者が答える方式で進行した.参加人数は約170名と例年に比べ少なかったが,各講演者と会場との間では密度の高い質疑が行われた.

(総合討論で取り上げきれなかった質問に関する回答をおわりに掲載したので,御覧下さい.)

-- プログラム --

講演要旨集のダウンロード:6th_OA_symp_abstractS

総合司会:木暮一啓(大気海洋研究所)

開会のあいさつ

浦辺徹郎(理学系研究科)

【第1部】

司会:篠原雅尚(地震研究所)

東北地方太平洋沖地震の特性

平田 直(地震研究所)

東北地方太平洋沖地震の巨大津波の成因を探る

古村孝志(情報学環総合防災情報研究センター/
地震研究所)

【第2部前半】

司会:浦辺徹郎(理学系研究科)

島弧-海溝系の長期的歪み蓄積過程から見た2011年東北地方太平洋沖地震

池田安隆(理学系研究科)

2004年スマトラ島沖地震

中埜良昭(生産技術研究所)

南海トラフの巨大地震と海底変動

芦寿一郎(新領域創成科学研究科/大気海洋研究所)

【第2部後半】

司会:村山英晶(工学系研究科)

貞観津波と大地動乱の九世紀

保立道久(史料編纂所)

都市の水管理システムから見た震災

福士謙介(サステイナビリティ学連携研究機構)

【総合討論】

座長:日比谷紀之(理学系研究科)

閉会のあいさつ

浦 環(生産技術研究所)

========== 質問票に対する回答集 ==========

海洋アライアンスから,シンポジウムの時間内で応えられなかった質問に関して,各専門家からお答えいただきましたので,ご紹介します.

質問文は趣旨を変えないように清書してあります.コメント及び専門的な数式等に関する質問はここでは掲載していません.

<質問> 3.11の地震の連動の仕方及び,津波発生のメカニズムを,もっとわかりやすく説明してください.

<回答:平田直(地震研究所)> 「地震が連動」したというのは,それぞれの地域で別々の地震の震源域があり,それらが同時に破壊されたということを,マスコミ等が説明するときに使われている用語法です.東北地方の太平洋沖のプレート境界では,数百年から千年に一度,南北に400km程度,東西に200km程度の領域が数十メートルずれる現象(M9程度の地震)が発生し,数十年から100年に一度程度の頻度で,数十kmから100km程度の領域が破壊されてM7からM8の地震が起きることが,3月11日のM9の地震が発生することによって分かりました.なぜ,あるときはM9で,あるときはM8やM7になるのかは,地震学界でも議論されていて,必ずしも良く理解されていません.これまでは,アスペリーモデルで説明されていました.アスペリーという,地震の起きていない時は強く固着し,地震時は急激にずれて地震波を放出する領域があり,アスペリティーの大きさ(面積)が,地震の大きさ(マグニチュード)を決めると考えられてきました.3月11日の地震では,複数のアスペリティーが同時に破壊されただけではなく,あるアスペリティーが単独で破壊された時に比べて非常に大きなずれとなった点が,たんなる,同時破壊とは大きな違いです.従来のアスペリティーモデルに,こうした現象を説明できるような修正が加えられています.

 津波の発生について,津波は,海底が盛り上がったり沈下したりすることによって,海面も大きく上下することによって生じます.3月11日の地震では海底が数m上下したことが推定されています.大きな津波になったのは,海底が大きく上下したからで,その原因は,日本海溝から沈み込む太平洋プレート上面の浅い部分で大きな滑りがあったからです.地下の深いところで地震のずれが起きても海底は大きく上下しないので,大きな津波にはなりません.

<質問> 地震は断層の破壊で震源域は帯状に広いと思いますが,点で示される震源地はどのようにして決まるのですか?

<回答:平田直(地震研究所)> 3月11日の地震は南北400km,東西200kmの広い領域で岩石が大きくずれた(剪断(せんだん)破壊)現象です.破壊は,広い領域で同時に発生するのではなく,一点から発生して広がっていきます.破壊の広がる速さは,およそS波の伝わる速さ(3〜4km毎秒)か,やや遅いものです.「震源」とは,この破壊の開始点のことを言います.破壊が広がる速さより,P波の伝わる速さ(6km毎秒程度)のほうが早いので,最初に観測されるP波は,破壊が開始された位置から放出されたP波です.震源は,複数の観測点でP波やS波の到着した時刻を計測して,三角測量と似た原理によって計算します.ある観測点に最初に到着する波は,最初に破壊された場所から来た波なので,到着時刻から計算される波の放射源は,必ず破壊開始点,つまり震源となります.破壊の広がりは,最初に到着した波より後からくる波を解析して始めて推定することができます.

<質問> 誘発地震が活発になる地域と,不活発な地域が存在するのは,どのようなメカニズムによるのでしょうか?

<回答:平田直(地震研究所)> 東北地方の太平洋沖のプレート境界では数分間に数十メートルのずれが発生しました.このため東日本全体が東に数m移動し,東北地方では東西に数m,関東や中部地方では北東-南西方向に引き延ばされました.このため,これらの地域の地下の震源断層に加わる力のバランスが変わりました.例えば,福島県と茨城県境界部で発生している地震は,3月11日以前は東西圧縮の力によって地震が起きていましたが,3月11日以降では東西伸張の力による地震が増えました.これまで,東西圧縮の力によって活動していた地震,例えば,2004年新潟県中越地震の余震は,不活発になりました.一方,火山の下の微小地震活動が活発になりました.これは,地殻が伸張場になることによって地下のマグマだまりから放出される熱水成分がより地表に出やすい状態になり,火山の下の地震活動が活発化したと考えられます.伊豆大島,箱根の下でも活発になりました.

<質問> 断層モデル(パラメータ)設定に限界がある現状では,津波伝播シミュレーションの信頼性はどの程度あると考えて良いのですか?

<回答:古村孝志(情報学環総合防災情報研究センター/地震研究所) 津波シミュレーションは十分な精度を持つ確立した技術ですが,シミュレーション結果は,あくまでも仮定した断層モデルに対する結果ですので,想定とは異なる地震が起きた場合には違ったものになることは言うまでもありません.過去の事例を参考に,かつその場所で起きる可能性のある地震を考えて,適切な断層モデルを設定することは重要な課題です.

<質問> 東北地方太平洋沖地震の震源域で,北側や南側のすべり量が少ないという逆解析の結果が紹介されましたが,その理由はなぜですか?

<回答:古村孝志(情報学環総合防災情報研究センター/地震研究所) 宮城県沖の日本海溝付近の浅部プレート境界の大きなずれ動き(すべり)に対して,その北側や南側でのずれ動き量が小さかったのは,そこでは100〜300年前に1896年明治三陸地震と1677年延宝房総沖の地震が起きており,現在までに大きく歪みが溜まっていなかったためかもしれません.

<質問> 深部のみ破壊領域がもとにもどるスピードは,1~3 mm/dayといわれる根拠は何ですか?一時に開放されないのでしょうか?

<回答: 池田安隆(理学系研究科)> 深部の未破壊領域(深度50-100 km)が元に戻るスピードは,地表変形の観測によって推定できます.3/11東北地方沖地震によって太平洋岸の検潮観測所は破壊されましたので,地震後の地殻変動データはGPS観測網によるものです.それによると,東北地方太平洋岸では 1~3 mm/day の速度の隆起が観測されています.これは深部未破壊領域が 2~6 mm/day ぐらいの速度ですべることによって説明できます(配付資料最後のスライド参照).深部未破壊領域で急速すべりが起きない理由は,プレート境界面の物性の違い(主として温度に依存?)にあると考えられますが,詳細は不明です.

<質問> 東北地方太平洋沖においては,深部地震も津波地震(浅部)もチリ津波も一通り起きたのだから,今後,数十年〜100年位は,大津波は三陸海岸(岩手〜福島まで含む)には来ないという予測は出来ないのでしょうか?もし,100年間大津波が起きないという予測が出来れば,今後100年間(三世代)にわたって,大津波への対策をじっくり進めることが出来ます.

<回答:平田直(地震研究所)> 残念ながら,100年間は大津波が来ないとは言えません.マグニチュード9の地震は宮城県・岩手県沖には今後100年程度は来ないと考えられますが,マグニチュード8程度の地震は今後も発生する可能性はあります.例え,マグニチュード8程度の地震でも海溝付近の浅い所で発生すれば,場所によっては10mの大津波が来ることがあります.さらに,福島県沖では,3月11日の地震でも海溝よりの浅い部分のプレート境界は大きくはずれていないので,大津波がしばらくは来ないと言うことは言えません.

<質問> 地震や津波の長期的評価は,東北地方太平洋沖地震後,大変難しくなったと思いますが,方針としてどのように考え直されるとお考えですか?

 また,宮城県沖や東海・東南海地震のように,太平洋岸で生じる地震津波は御講演いただきましたが,日本海側ではどのようなリスク評価がなされているのでしょうか?

<回答:平田直(地震研究所)> まず,M9の地震の余震の発生確率は,通常の地震発生確率より遙かに高いので,その評価を行う必要があります.M8やM7の余震が数年以内に発生する確率は,これまでのこの地域の大地震の発生確率の少なくとも一桁は高いでしょう.その上で,M9の地震によって破壊されなかった領域,例えば,福島県沖の沖合の領域や,三陸沖の北側,房総沖,北海道沖などで地震の起きる可能性を評価する必要があります.こうした評価には,3月11日の地震でどこが破壊されたかが重要な情報で,これは,海底での地殻変動の観測データ(海上保安庁)が重要な役割を果たします.

 東北地方の日本海側でもこれまで大きな地震・津波が発生してきました.新潟地震を始めとする地震は,新しいプレート境界で発生した地震であるという学説もありますが,日本海溝や南海トラフのプレート境界に比べて,プレート間の相対速度は小さいので,M9クラスの巨大地震の発生確率は低いです.しかし,日本海中部地震や北海道南西沖の地震のように津波被害がもたらされた地震は発生していますので,今後も警戒が必要です.

<質問> 地殻に歪みがたまり,その開放が地震ですが,開放されるかずれるかは確率的には予測出来ても,時期を特定することは不可能と聞いています.したがって,地震の予知は永久に不可能と考えて良いでしょうか?

<回答:平田直(地震研究所)> 全ての地震を予知することは永久に不可能です.また,予知ができる場合にも,最終的には確率予測になります.防災上重要な地震と,研究上重要な地震について,それぞれの地震に応じた,発生時期の幅を持たせた予測技術の開発戦略が必要です.現時点では,30年間に発生する確率を示すような「長期予測」が防災上は意味のある段階です.東海地震については,気象庁の想定通りに地震が発生する場合にだけ,予知の情報が防災に役立てることができます.ただし,想定通りになるのがどの程度の確率かは,気象庁にも分かりません.

<質問> 動物の異常行動と地震の関係は,科学的に認められているのでしょうか?

<回答:平田直(地震研究所)> これまで多くの報告がありますが,科学的に認められている事例は,大変少ないです.動物の中には,自然の電場・地場変化,温度変化,音に非常に敏感なものがあり,もし地震に際して,それらの変化が生じる場合には,異常行動をとることもあります.例えば,人間には感じない小さなP波による揺れや音波を感知する動物は,S波が到着して大きな揺れになる前に,異常行動を見せることがあります.さらに,地震の発生する前に動物が異常行動を示したという報告もたくさんあります.しかし,中規模の地震の頻度は多く,動物が異常行動を示す頻度も多いので,両者の因果関係を証明することは困難です.「疑似相関」と呼ばれる見かけの相関の可能性が高いです.

大地震の前に動物が異常行動を示した例として有名なのは,1975年に中国で起きた海城地震です.この時には,本震に先立ち大きな前震活動がありました.通常は地震のほとんど無い地域で,活発な前震活動が発生することによって,動物に影響があったことは十分に考えられます.しかし,地震によっては全く前震活動を伴わないものもあることに注意してください.

<質問> 地震発光について言及されていたが,どういった自然現象として説明されているのでしょうか?また,ほかに記述されている例はありますか?

<回答:保立道久(史料編纂所)> 地震発光を明瞭に示す最初の史料は,ご紹介した貞観津波(陸奥沖海溝津波)の史料です.

 この物理的な実態がどのようなものであるかについては,自然科学の方がお答えになった方がよいと思いますが,大規模な断層の発生にともなう地磁気異常であるという説が説得的であるように思います.もう一つは断層によってメタンハイドレードが大量に空中にでるというもので,これは可能性の指摘にとどまっているように思います.

 ほかに記述されている例については,武者金吉さんの大著「地震に伴ふ發光現象の研究及び資料/武者金吉編著」(岩波書店,1932)があります.

 なお,講演でも言いましたが,さらに古い史料としては,オオクニ主ミコトの変身した神とされる大物主神が「海上を照らしながらやってきた」という『古事記』の叙述は,大物主の津波の神という性格を示していると,私は,考えています.

 なお,講演の一定部分は,「季刊東北学」(28号)という雑誌に,貞観津波と大地動乱の9世紀として執筆しましたので御参照いただければ幸いです.

<質問> 仙台市内の建物内にいて,3.11の地震を体験しました.約3分程度の揺れの中で,3回ほど揺れのほかに衝撃を感じました.これはどういう現象と理解すればよいのでしょうか?

<回答:平田直(地震研究所)> 3月11日の東北地方太平洋沖地震では,震源断層での破壊(ずれ)が約3分程度続きました.この間,破壊領域は,東西方向と南北方向に移動して,強い揺れのエネルギーは数回に分かれて放出されました.建物で感じる揺れは,通常は横波(S波)による「ゆさゆさ」としたものですが,縦波(P波)が強いと下から「ずどん」という感じで揺れます.仙台は震源から近いので,P波の揺れを感じたのではないでしょか.

<質問> 津波では,第一波の上に第二波が重なってくる映像を見ました.また,茨城沿岸では南から来た波もあったといわれています.この現象を説明してください.

 今回の津波はなぜ10 mを大きく越えることになったのでしょうか?

<回答:古村孝志(情報学環総合防災情報研究センター/地震研究所) 津波の第一波は震源域から直接到達しますが,第二波以降には,遠くの海岸などで反射した津波が別の方向から到達します.震源域から離れた場所では,第一波は小さいのに,大二波以降がより大きな津波となることがよくあります.

 先の回答にありますように,3月11日の地震では海底が数m上下したことが推定されています.こうして生まれた数mの津波が沿岸に近づくと波高が何倍にも増幅され,巨大津波となったのです.

<質問> 津波は波であるが陸に近づくと固まりで移動するものになるという.それはどういうメカニズムですか?

<回答:中埜良昭(生産技術研究所)> 波浪も津波も,「波」には違いはありませんが,前者の波長が数m〜程度であるのに対し後者は数km以上にもなり,そのため人から見ると水の盛り上がった部分が延々と続くことになるため,「水そのものが移動してくる」とか「水の固まりが移動してくる」ように津波は見えるわけです.ただ地球規模でみると,初めにも述べた通り波長が異なるだけで,どちらも「波」に違いはありません.

<質問> 阪神,中部地方には,特に大規模産業集積地があり,沿岸の人口密度も高いですが,これらの地域及び物理的産業基盤を津波から守ることは日本だけでなく,世界的にも大切です.理学系研究者の立場から,時にこれらの地域の「ハードによる防災」に対して,アドバイスをお願いします.

<回答:平田直(地震研究所)> 適切な津波高の評価を行い,津波に対する防御をする必要があります.産業基盤を守るためには,ハードによる防災が必須ですが,一方,ハードによっては防御できない津波の来る可能性も考慮して,危険分散などの危機管理が必要と思われます.

<質問> 今回の地震・津波において"防潮堤のある程度の効果"についてはいろんなところでいわれていますが,"防潮林"はどうだったのでしょうか?陸前高田では一万本の松林が一本残すだけのすごい力でしたが,少しは津波のエネルギーを抑えてくれたのではありませんか?もし,具体的な調査事実があれば教えてください.

 スリランカではヤシの木や,マングローブ林を伐採してエビ養殖池にしてしまったため津波の被害が大きかったという話もあったと記憶しています.ただ,マングローブ林も場所によっては効果が無く,海岸地形も考慮する必要があるようですが,スリランカに行って防潮林について考えたこと感じたことを教えてください.

<回答:中埜良昭(生産技術研究所)> 防潮林の効果は,あるという話もありますし,あまりないという話もあるようです.直接定量的な調査はしておりませんが,例えば仙台平野沿岸では防潮林の背後にあった住宅が,被害は受けているものの残存している事例も見られました.

 ただし,このような効果が期待できるかどうかは,防潮林の有無だけでなく,どの程度の高さの津波が来襲したかとも大きくかかわることであり,例えば15mといった巨大な津波の場合には余り防潮林の効果は期待できないと思います.

<質問> 一つの建物の耐力だけでなく,津波に対する複合対策の一つとしてビル群として津波の流体力を減ずるというような形で,都市構造に反映するという考え方は出来ないのでしょうか?

<回答:中埜良昭(生産技術研究所)> 今次の津波災害のような大規模な津波に対しては,建築物単体で防御するには明らかに限界があると考えます.津波の波力を減衰させる津波防波堤だけでなく,陸上にも津波の波力を減衰させる構造物を設置し,いわば合わせ技で津波防災を実現してゆく,これまでにない考え方が必要でしょう.ご指摘のように,都市計画の中に津波防災効果を組み込んだ開発,モデル地区の提案・実現が大変重要であると感じています.

<質問> 防潮堤の破壊について,どのくらいの力が加わったのですか?流速との関係があると思いますが,流速はどれくらいでしょうか?

<回答:中埜良昭(生産技術研究所)>  陸上の建築物を対象に調査をしてきたので直接的なデータを持っていませんが,建築物の被害状況の分析結果によると,防波堤などの津波を遮蔽する効果のあった地域では流速4〜6m/s程度,効果のなかった地域では10m/s程度,また波圧は前者で15〜30kN/m2,後者で85kN/m2以上との推定結果があります.流速に関する数値は,ビデオの記録映像ともおおむね整合しているので,波圧についてもそこそこ実態を表す数値であろうと考えています.もちろん場所によって我々の調査結果が適用できない場所もあるでしょうが,作用力のオーダーとしては防潮堤においても上記程度ではないかと推察します.

<質問> 今回の震災による経験・知見が,今後の防災,特に,国の計画(中防会議)の被害想定(防災計画)に与える影響の主なポイント,変更点はどのようなものでしょうか?

 また,それにはどれくらいの時間を要するのでしょうか(段階的だとしても)

<回答:古村孝志(情報学環総合防災情報研究センター/地震研究所)> 3月11日の震災を受け,国の中央防災会議では専門調査会を開催し,5月26日から週1回のペースでこれまで12回の集中審議が行われ,9月28日に最終報告書がとりまとめられました.今回の地震津波被害の特徴と検証,防災対策で対象とする地震津波の考え方,津波対策の方向性,今後の課題など,以下の報告書をご覧ください.

www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/tohokukyokun/index.html

 また,中央防災会議では,南海トラフ巨大地震の震源モデルの見直しのための,検討会が引き続き進められており,年内に中間報告書がとりまとめられる予定です.

<質問> 今後50年程度の間に,東海,南海,東南海地震と津波の起こる確率はどの程度と考えればよいのですか?

<回答:芦寿一郎(新領域創成科学研究科/大気海洋研究所)> 政府の中央防災会議により発生確立は見積もられています.最新の値は中央防災会議のホームページをご覧下さい.

http://www.bousai.go.jp/chubou/chubou.html

参考になるURL:www.jishin.go.jp/evaluation/long_term_evaluation/chousa_18feb_kakuritsu_index/

<質問> 東海〜南海地震で,マグニチュード8クラスの繰り返し間隔とマグニチュード9クラスの繰り返し間隔は,同じ様な物理で発生すると考えていいのですか?

<回答:芦寿一郎(新領域創成科学研究科/大気海洋研究所)> マグニチュードは破壊の領域が複数にまたがるかどうかで決まりますが,地震発生のメカニズムは同じであると考えられます.しかし,破壊の範囲を決める原因についてはまだ良くわかっていません.

<質問> 付加体が南海トラフにあって,日本海溝にない理由はなぜですか?

<回答:芦寿一郎(新領域創成科学研究科/大気海洋研究所)> 付加体の発達は,主に海溝や沈み込むプレート上の土砂の付加により行われます.南海トラフでは富士川等からの土砂が大量に海溝へ供給されているのに対して,日本海溝の多くの地点では海溝底まで土砂がほとんど供給されていません.日本海溝では沈み込むプレート上の堆積層も薄く付加はあまり起こっていないようです.なお,日本海溝の陸側斜面の先端部には,付加体状の構造が見られますが,ここでは付加と地すべりの繰り返しが行われているとみられ,むしろ沈み込むプレートの凸凹による侵食を受けていると考えられています.

<質問> ネイチャーで「日本海溝はGPSでここ10年固着していた」という記事がありましたが,今回の地震では日本海溝はどのくらい動いたのでしょうか?

 また,日本海溝の海溝底堆積物はどのように乱されたのでしょうか?

<回答:芦寿一郎(新領域創成科学研究科/大気海洋研究所)> 海上保安庁海洋情報部によるGPSと音響測距を組み合わせた海底測地観測では,震源のほぼ真上と40km陸側の地点でそれぞれ24mと15mの東南東方向への移動が報告されています.また,東北大学の観測では震央の東方約45 kmの地点で31mの同方向への移動が得られています.さらに東北大学の圧力計による観測では,震央から約100km東の海底で5mの隆起が報告されています.このほか,海洋研究開発機構による地震前後の海底地形の比較では,海溝陸側斜面の先端部で約50mの東南東方向への移動が推定されています.

 地震後の海底の様子は海洋研究開発機構によって観察されており,海底に割れ目の発達が確認されています.

<質問> 大震災時の水供給に備え,日常から雨水貯留・利用の施設を整備しておくことに不足はないですか?どのような備えが必要ですか?

<回答:福士謙介(サステナビリティ学連携研究機構)> 意義があります.実際,東京都などでは公園等に防災用水としての水の貯留,独立で作動する地下水の利用施設(谷中コミュニティセンター向かいなどにあります)が整備してあります.しかし,そのような水は一部を除き,そのまま飲料水としての利用は難しいし,量的に圧倒的不足すると思います.人間が生きるためには2リットル程度の水が毎日要り,公的な水の供給がくるのは最大で3日間後ですので,一人あたり,6リットルの飲料水は最低でも各家庭に確保が必要と思います.公的に大量の水を確保することは難しく,各家庭での備蓄,雨水の利用などのシステムも整備することが重要かもしれません.雨水利用に関しては災害と言うよりは都市の新たな水資源として利用する動きが世界的にあります.Rain water harvestingといいます.

<質問> 津波の被害は主に陸に遡上した海水が構造物にぶつかって発生します.一方,津波の研究は発生(地震学),伝播や遡上(海岸工学),構造物への影響(構造学)とばらばらに行われており,全体を統一的に見てものがいえる専門家が少ないように思います.東京大学で,統合的な知識を持った専門家を育てることはしないのですか?

<回答:平田直(地震研究所)> ご指摘の観点は重要です.残念ながら現在の学問の体系では,理学(地震学)と工学は別の学部(研究科)で教えられています.東京大学では,災害情報については,大学院 情報学環 総合防災情報研究センターで,理学の地震・津波学と災害情報学を統合した研究・教育が行われています.しかし,海岸工学や建築・土木などの社会基盤関係の研究・教育との連携は,現時点では不十分です.

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