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海の雑学

洋上風力推進を話し合う場には「成熟」が必要

「脱炭素」を目指す洋上風力発電事業は、全体計画の推進から資金調達、関連産業の集積や育成など、多岐にわたる地元関係者の共同作業になる。従来型のプロジェクトの延長線上にはこうした新規産業は育ちえず、その方向を見据えるためには、関係者による話し合いの場が欠かせない。利害も絡むなかで現実的な話し合いを進め、自らの姿を変え、相手の姿をも変える関係者の「共進化」が必要だ。

アリーナ未成熟

洋上風力発電事業の方向を見定めるには、こうした話し合いの場で生まれるコミュニケーションを通し、関係者が共進化していくことが必要だ(福岡県北九州市で)

東京大学公共政策大学院の山口健介特任講師らの研究グループは、同大大学院の学生を対象とする海洋学際教育プログラムの授業「海洋問題演習」で観察を続けている秋田県の洋上風力発電事業を、この共進化の観点から調べた。

社会に関係するこうした技術の開発、実装は、技術者の習慣や行動様式、特有の物の考え方、その時々の学問体系など、さまざまな決まりごとが集まった「社会技術レジーム」という仮想空間で進められる。基本的には保守的で変化を好まない空間だ。

この社会技術レジームに、「社会技術ランドスケープ」と呼ばれる外部環境から圧力がかかる。洋上風力発電についていえば、「脱炭素」という社会の流れがこのランドスケープだ。

そうした変革の流れのなかで重要になってくるのが、保守的な社会技術レジームに抗して新しい技術を育てる場としての「ニッチ」(隙間)だ。洋上風力発電事業が育つ場が、まさにこのニッチといえる。

ニッチは、やがて社会技術レジームを変える可能性がある。この変化が急に起こるとき、それを「移行」という。この移行を意識的に起こす実務的な場が、さまざまな関係者が参入して話し合うための「移行アリーナ」という場、あるいはネットワーク組織だ。

つまり、洋上風力発電のような新しい事業を興すには、その事業に関する「移行アリーナ」が設定されること、そして、そのアリーナで関係者が「共進化」することが必要なのだ。

研究グループが行った文献調査や現地調査によると、秋田県の洋上風力発電事業の場合、個々の分野での動きは活発だった。県内の風力発電については、資金の調達などについて地元金融機関の「北都銀行」がもともと積極的に動いていた。地元産業界でも、風力発電事業会社「ウェンティ・ジャパン」が東日本大震災直後の2012年に設立され、地元企業のコンソーシアムも活動している。県は、県内企業の参入を促すための「あきた洋上風力発電関連産業フォーラム」を2015年に設立した。

この場に登場する「産業」と「政策」の二つのシステムに注目した。産業システムにおいては、地元企業の参加が始まった保守・点検作業のほか、部品製造への参画も視野に入れている。その一方で、県を中心とする政策システムでは、地元企業の参入を促すための補助金事業は「保守・点検」作業に力点が置かれ、部品製造への目配りは薄い。つまり産業システムが政策システムを変え、政策システムが産業システムを変えるという大がかりでダイナミックな共進化は起きていない。

では、こうした共進化を生み出す場がそもそもないのか。研究グループによると、県が主催する「あきた洋上風力発電関連産業フォーラム」にみるように、移行アリーナの萌芽は認められる。だが、その移行アリーナが共進化を生み出すほどには成熟していない。

移行アリーナの成熟。それは、関係者相互の認識のずれを埋めるコミュニケーションを確保することだ。公式な場に加えて、非公式な場もおおいに役立つ。いちど共進化が始まれば、それは関係者の間、あるいは個々の関係者の内部でも新たな変化を生む。

人は自分の行動を客観的に見られないものだ。秋田県の洋上風力発電にしても、どの関係者が良い悪いではなく、その姿を客観的に示すこうした学術調査を、ぜひ飛躍のばねにしてほしい。

文責:サイエンスライター・東京大学特任研究員 保坂直紀

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