こんな論文を書きましたこんな論文を書きました

海の利用法を決めるには「中立性」を守る仕掛けが大切だ

ある海辺の街で、おしゃれな雑貨店やブティック、レストランを組み合わせた大規模な複合施設を海岸につくる計画が持ちあがりました。これで街を活性化しようというのです。

この街に住んでいるあなたは、「便利になるなあ」と喜びました。しかし、反対する人もいました。この海岸で魚をとっている漁師さんたちです。この施設のせいで魚がとれなくなっては困る。そこで、この街の町役場と漁業関係者、商工関係者が話し合い、最初に考えていた施設の設計を考えなおすことにしました。

もうすこしで設計が完了するというときになって、こんどは、沖合に風力発電の実験施設をつくらせてほしいと電力会社が申し入れてきました。大きな風車を沖合に設置したいというのです。ですが、複合施設のレストランから発電用の風車が見えるのは、好ましいことなのか困ったことなのか。いろいろな難問が出てきます。ついに、計画全体を練り直すことになりました。こんどは、だれとだれが話し合えばよいのだろう----。

これはもちろん架空の話ですが、2011年の東日本大震災で原子力発電所の事故がおき、風力発電のような自然エネルギーへの関心は高まっています。それでなくても、街を元気にする計画が、つぎつぎと出てくる可能性があります。そのたびに計画を立てていくのは、いかにも効率が悪いのではないか。この街の全体的な将来計画を、みんなで話し合って、あらかじめ決めておいたほうがよいのではないか。

こうしたアイデアから生まれてきたのが「海洋空間計画」という考え方です。沿岸の利用の仕方を、みんなで話し合って総合的に決めていこう。その方法についての標準的な道筋を示すのが海洋空間計画です。米国や英国、フランスなど世界の国々で、この考え方をもとに海の利用計画を決めるようになってきています。

東京大学海洋アライアンスでは、海洋空間計画を日本に適用するにはどうしたらよいかを研究しています。その成果のひとつが、徳永佳奈恵・特任研究員をはじめとする海洋アライアンスのメンバーが2016年に発表した「米国における海洋再生可能エネルギー開発と海洋空間計画の役割:ロードアイランド州海洋特別エリア管理計画を例として」(日本海洋政策学会誌第6号)という論文です。

わずか8年で運転を始めた洋上風力発電施設

洋上風力発電の運用開始を伝えるディープウォーター・ウィンド社のホームページ。
洋上風力発電の運用開始を伝えるディープウォーター・ウィンド社のホームページ。
拡大図

米国のディープウォーター・ウィンド社は2016年12月12日、米国初の洋上風力発電が営業運転に入ったと発表しました。米国北東部にあるロードアイランド州の沖合に設置した発電施設が動きだしたのです。州政府が沿岸海域で風力発電を行うと決めたのが2008年。それからわずか8年の短期間で運転を始めたことになります。この発電施設こそが、まさに徳永さんたちが論文の研究対象として取りあげたものです。

論文のタイトルにある「再生可能エネルギー」とは、太陽光発電や風力発電、水力発電など半永久的に利用できるエネルギーのことです。石炭や石油は、地中でとても長い時間をかけてできる燃料です。ですから、これらをどんどん使うと、地中でできる速さよりも使うほうがはるかに速いので、減っていってしまいます。それに対して、太陽光などは、わたしたちが使っても減ることはなく、いつも繰り返し使えるエネルギーという意味で、「再生可能」とよばれています。この論文でいう再生可能エネルギーは、洋上の風力発電を指しています。

拡大図

じつは、洋上風力発電の米国一番乗りになるはずだった別の州があります。隣のマサチューセッツ州です。2001年に計画されましたが、実施について地域全体の合意が得られず、建設反対の訴訟も多発して、実現にいたりませんでした。

それに対してロードアイランド州の場合は、なぜ短期間に合意が形成され、発電までこぎつけられたのか。「海洋空間計画」に着目し、過去の資料を調べたり現地で関係者にインタビューしたりしてその理由をあきらかにしたのが、徳永さんたちの論文です。

海の利用について全体像を考える「海洋空間計画」

「海洋空間計画」というのは、海をこれからも長く利用しつづけられるよう、生態系の保全も考えながら、その海域の関係者が話し合って将来計画を決めることです。「洋上風力発電」「観光施設の建設」などの計画がもちあがるたびに、個別になんども考えるのではなく、あらかじめ全体的な計画を立てるのが特徴です。このような計画をたてる作業を指すこともありますし、できあがった計画そのものを指すこともあります。

海洋空間計画の考え方は、国際連合の政府間海洋学委員会などが提唱し、世界の国々に広がっています。日本では、2007年に施行された海洋基本法で「沿岸域の総合的管理」の必要性が強調されました。この基本法にもとづく具体的な施策の目標を定めた2013年の海洋基本計画では、再生可能エネルギーの開発について、沿岸利用者との共存をはかること、総合的な観点から調整することが示されています。まさに海洋空間計画の考え方が反映されているのですが、それを念頭においた総合計画をたてている国内の自治体は、まだほとんどありません。

米ロードアイランド州ナラガンセット市の海岸。この沖合30〜40キロに風力発電施設が設置されている。(徳永さん提供)
米ロードアイランド州ナラガンセット市の海岸。この沖合30〜40キロに風力発電施設が設置されている。(徳永さん提供)
拡大図

ロードアイランド州とマサチューセッツ州のおおきな違いは、ロードアイランド州が海洋空間計画の考え方にもとづく「ロートアイランド州海洋特別エリア管理計画」をたて、洋上風力発電をその中に位置づけた点です。

ロードアイランド州の沿岸では、昔から漁業がさかんでした。また、沿岸部の美しい景色やビーチは観光資源にもなっています。ですから、沖合に風力発電用の風車が建設するとなれば、これまでさまざまな形で沿岸を利用してきた人たちと、利害が衝突する可能性があります。ロードアイランド州は、発電施設の建設計画を沿岸域の総合的な管理を考えるためのよい機会ととらえ、州がこれからも海とともに発展していけるような計画をつくることにしたのです。

話し合いにはみんなが参加した

マサチューセッツ州の場合は、開発業者が地元関係者との調整をじゅうぶんに行わなかったことが、計画が行きづまった原因のひとつとされています。

このような計画を話し合うときに難しいのは、「関係者とはだれなのか」という点です。そこでロードアイランド州は、「だれもが関係者である」という方針をとりました。この計画をたてることで自分が影響を受けると思えば、計画策定の説明会や会合にだれでも参加できるようにしたのです。

その結果、漁師さんや釣り船の関係者、海運業者、発電事業者などだけでなく、沿岸の住民や観光事業者、そして先住民族も関係者として計画づくりに参加しました。このような「さまざまな人たち」の参加は、後になっておおきな意味を持つことになります。みんなが参加して話し合い、譲り合って決めた計画なので、いざ風力発電施設の建設を始めようとしたとき、反対運動がおきなかったのです。建設反対の訴訟がたくさんおきたマサチューセッツ州とは対照的です。

大学が「中立性」に貢献した

徳永さんたちがとくに注目しているのは、管理計画をつくる際に、地元のロードアイランド大学が中心的な役割をはたした点です。米国では、地域がなにかをしようとするとき、地元の大学が知恵袋として協力する伝統があります。ロードアイランド州とロードアイランド大学の関係も昔からそうでした。管理計画の策定でロードアイランド大学が中心となって活躍したのは、ごく自然な流れでした。

大学が中心となることの利点は、話し合いの基礎となる情報の中立性を保てることです。計画を定めるには、さまざまな自然科学的な調査や社会科学的な調査が必要になります。そのような調査を、開発業者や州政府ではなく、ロードアイランド大学の研究者がおこなったのです。

管理計画の基礎となるさまざまなデータが、ウェブ上でまとめて公開されている。
管理計画の基礎となるさまざまなデータが、ウェブ上でまとめて公開されている。
拡大図

大学の研究者にとって、自分の主観にもとづく偏りのあるデータを公表することは、命取りになります。ふだんから、そういう場で生きているのが研究者です。これが研究者に対する社会からの信頼の源です。管理計画をつくるための科学的な調査を大学の研究者が担当したことで、そのデータに対する信頼が関係者のあいだに生まれたのです。こうして集められたデータは、だれでも見られるように、見やすくまとめてウェブ上で公開されています。

ロードアイランド大学は、調査だけでなく、関係者が参加する会合も開きました。こうして調査や運営で大学が中心的な役割をはたすことにより、さまざまな思惑と利害をもつ人たちとは関係なく、参加者のだれに対しても偏りのない公平で中立な話し合いが進められたといいます。

科学は話し合いの土俵をつくる

ここですこし脇道にそれて、このような話し合いに科学がはたす役割について考えてみましょう。

科学の特徴のひとつに「再現性」があります。ある前提から出発し、物事を考えていく道筋を決めておけば、だれが考えても、だれが実験しても結果がおなじになるということです。

科学の世界では、「あの何々教授でなければ出せない結果だ」「まさにあれは『神の手』だ」という研究結果は、まったく信用されません。研究結果を論文として公表し、それを別の人がなぞれば、かならずおなじ結果になる。このような研究だけが「科学」として生き残ります。だれでもできることを最初にやった人が評価されるのが、科学の世界です。

ですから、海の利用方法を決めるような話し合いの場でも、科学的なデータはとても重要です。だれが考えても、だれがやってもおなじになるということは、みんなが話し合いを進めるうえでの共通の土俵になるということです。「好きだから賛成」「嫌いだから反対」という価値観どうしのぶつかりあいでは、話し合おうにも、その共通の土俵がありません。科学は、双方が認めざるをえない、話し合いのための客観的な手がかりを提供してくれるのです。

もっとも、ときどき、賛成派のデータと反対派のデータが食い違うことがあります。『実践!交渉学』(松浦正浩著、ちくま新書)に、こんな例が紹介されています。米国のニューヨークでごみ焼却場の建設計画がもちあがったとき、反対派は「焼却の際に発生する有害物質で、100万人あたり1430件のがんが増える」という科学的データをだしました。ところが、賛成派のデータは「6件以下」でした。だれがやってもおなじ結果になるはずの「科学的データ」が、おおきく食い違ったのです。

これは、科学に再現性がないということではありません。考える前提が違ったのです。反対派は「事故がおきたとき」という前提で計算したのに対し、賛成派は「通常運転」を前提にしていました。ここに、それぞれの主観、価値観が入りこんでいたのです。このように、科学は、その前提や計算のしかたを検討することで食い違いの原因を究明し、双方をふたたび共通の土俵にもどすことができます。

海洋空間計画が結局は効率的

徳永さんたちは、海洋空間計画の考え方にもとづき、それぞれ地域で海の利用計画をたてることの利点を四つ挙げています。

ひとつは、洋上風力発電の開発に際し、時間的にも金銭的にもコストが抑えられた点です。「ロードアイランド州の沖合で風力発電施設をつくれるのは、この海域だけ」と管理計画で限定してあるので、ほかの適地と比較したたくさんの環境影響評価をする必要がなくなったのです。

計画の策定をとおして、関係者が話し合うための場、そのためのルートができあがった点も大切です。また、管理するための法律を下敷きにして計画がたてられているため、とかく利害が対立しやすい利用計画でありながら、不要なトラブルがおきにくくなっています。そして四つめが、海域の全体を視野に入れたため、海の効率的な利用ができるようになる点です。たとえば、ある特定の海域で生態系にマイナスの影響がでる可能性があっても、それは隣接する海域で補えるといった見当が、あらかじめつくからです。

日本には米国と違う課題がある

一方で、徳永さんたちが、日本にこの制度を導入するための課題として挙げているのは、つぎの3点です。

まず、海域の管轄権の問題。米国では、海岸から沖合3マイル(約4.8キロ)までは州の管轄、それ以遠は連邦政府の管轄になっています。海域管理のしくみが、はっきりしているのです。ところが日本では、国や県、市町村の役割がはっきりしていません。そのままでロードアイランド州のような管理計画をたてても、絵にかいたモチになる恐れがあります。

これは、話し合いに参加すべき「関係者」はだれなのかという問題とも絡みます。国や地方自治体の役割すらはっきりしていないのですから、「関係者」の数が逆に膨らんでいって、収拾がつかなくなるかもしれません。

三つめが、大学と地域とのつながりです。米国では大学が地域の知恵袋となっており、そのための研究費を地域を開発する側が負担するしくみができています。議論の「中立性」をたしかなものにするために、大学がはたすべき役割はおおきいはずですが、日本では、このようなしくみは確立されていません。

このように、国によって、地域によって社会のくしみや物の考え方は違います。米国で成功した事例を、そのままの形で日本に導入することはできません。たとえば、そもそも日本の社会は大学やその研究者を「中立」なものとして信頼しているかという問題があります。外国での成功例をいちど要素に分解して、日本が取り入れるべき部分はどこなのかを探す必要があるのです。ロードアイランド州の管理計画から、策定の鍵となった大切な要素を抜きだし、日本型の海洋空間計画を構想するための検討材料を提供したことが、この論文の社会的な価値といえます。

page top