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深海の温泉をめぐる貝の旅

掲載日 2019.03.15 東京大学大気海洋研究所 准教授 狩野 泰則


島には固有の動物がすんでいる、とお聞きになったことがあるかもしれません。

たとえば、南アメリカ大陸沖の太平洋に浮かぶガラパゴス諸島は、ゾウガメ、イグアナやダーウィンフィンチ類などの固有種が住むことで有名です。ハワイ諸島や小笠原諸島にも、カタツムリや植物の固有種が多く知られています。

これらの島々はいずれも「海洋島」と呼ばれ、火山活動によって数百万年前に形成され、それ以降ずっと大陸や他の島から隔離されています。ゾウガメやカタツムリにとって、何百、何千kmもの海を超えるのは容易でないでしょう。はるか昔、偶然これらの島にたどり着いた少数の祖先から、長い時間をかけて、固有の種に進化したと考えられます。

深海の温泉と固有の動物群集

数百から数千mの深さの海底にも、海洋島のように他から遠く離れて点々と分布する動物の群集が知られています(図1)。これらを「深海化学合成群集」とよびます。

海底に温泉が湧き出すと、その周辺には、温泉水に含まれる硫化水素やメタンなどをエネルギー源として成長するバクテリアが現れます。このバクテリアを食べ、あるいは体内に共生させて生きるのが、ゴカイの仲間であるハオリムシ類、エビ、カニ、貝などを含む、深海化学合成群集に固有の動物種です(一方、私たち人間は、太陽の光エネルギーを源に生きている、いわば光合成群集の一員といえます)。深海化学合成群集が最初に見つかったのは、1970年代の後半、奇しくもガラパゴス沖の水深約2,500mでのことでした。

図1 深海温泉の特異な動物たち。カニ・エビ・二枚貝・笠貝などがみえる(文献2より改変,Photo: JAMSTEC)クリックで拡大

ところが、その後の世界各地での調査によって、このガラパゴス沖の温泉で見つかった種、あるいはごく近縁な別の種が、数百、数千km離れたあちこちの温泉でも発見されてきました。外の世界と隔離された海洋島と違って、深海の温泉は、離れてはいても、互いに行き来できる環境であることがわかったのです。

これは、動物種の進化に必要とされる時間にくらべ、深海の温泉の「寿命」が、はるかに短いことと関係しています。動物の種が特定の環境に適応し、別の種に分化するには、ふつう数十万年あるいは百万年以上を要すると考えられています。一方、地下のマグマを熱源とする火山性温泉は、熱源の衰えによって数十年ないし数百年で活動を停止してしまいます。

したがって、この特殊環境への適応と種分化は、複数の温泉を舞台とすることが必然であるといえます。深海温泉にすむ動物の種は、温泉から温泉へと渡り歩き、新しい温泉が湧いたら移住して、熱源が枯れればその場所では死に絶えてしまう、という歴史を繰り返してきたはずです。

温泉から温泉へ:浮いて旅する子どもたち

海の底にすむ貝やカニが、数百kmの距離を移動するというのを、意外に思われるかもしれません。実は、深海の温泉にすむ動物の種は、すべて「浮遊幼生期」とよばれる期間をもっています。卵からかえった子ども(幼生)は、浮遊・遊泳に適した器官を備えていて、親とはかなり違う外見です(図2)。

陸の例になぞらえるなら、たとえばキノコやコケの仲間には、海洋島も含め、世界の広い範囲に分布する種が珍しくありません。これは、胞子とよばれる生殖細胞が、風に乗って遠くへ分散するためです。胞子は小さいものでは直径0.01mmほどしかないので、空を飛ぶ旅が可能です。海水は空気よりはるかに粘度・密度が高いので、0.2mmから1mmほどもある貝やカニの幼生でも、空中の胞子のように水中を浮いて移動できるというわけです。

図2 ミョウジンシンカイフネアマガイの浮遊幼生。面盤とよばれる羽状の器官をつかって水中を泳ぐ(文献1より改変)クリックで拡大

それにしても、深海の温泉にいる貝やカニやゴカイの幼生が水中を漂うとして、どのように温泉を旅立ち、遠く離れた別の温泉にたどり着くのでしょうか?

数百から数千mの深海で、1mmに満たない生き物の行動を調べるのは、容易ではありません。泳いで旅するさまを現場で観察することは不可能といってよいでしょう。動物の回遊や移動の研究でよく用いられるのはデータロガーという記録装置や発信機で、これらの機械を動物に装着することによって移動の履歴を解析します。でも、それは哺乳類とか鳥とか、魚のような大きな動物だからできることです。1mmの幼生に装着できる機械はありませんし、海の底からは発信機の信号が届きません。

貝殻に残る成長の履歴

私どもの研究室では、深海温泉にすむ貝を使って、幼生の旅の解明をめざしています。なぜカニやゴカイでなくて貝なのかというと、私自身が、4才のころから貝殻を拾い集めてきて、いまでも貝拾いが好きだいうこと。もう一点は、貝の殻が「付加成長」というしくみで大きくなること。この2つが理由です。

付加成長とは何か。巻き貝を思い浮かべていただくとわかりやすいかもしれません。くるくると螺旋状に巻いた殻のてっぺん、つまり巻き始めの部分は、貝が子どもの頃につくった部分です。

子ども時代の殻のかたちや化学的組成をくわしく調べることで、その貝がこれまでどんな環境で過ごしてきたか、知ることができます。たとえば、木の年輪を調べることで、その木の成長や、周辺環境の移り変わりを推定できるのと同じです。これが、カニやゴカイでは、うまくいきません。カニは脱皮によって成長しますから、古い殻は捨てられてしまって、若い頃の記録として残りませんし、ゴカイには、そもそも記録を残すような硬い殻がありません。

この、(1)成長の履歴を追う方法に加えて、(2)実験室で卵を孵化させて幼生の生態を観察し、さらに(3)遠く離れた温泉にすむ貝のDNAを比較して交流の頻度をはかります。これら3つの方法をあわせて、深海温泉の動物の旅を追ってみようというわけです。

シンカイフネアマガイ類の例から

図3は、私たちが特に注目している、シンカイフネアマガイ類の貝たちです(大きさ1cmくらい)。これらはみな成熟したおとなの貝ですから、深海温泉にある岩にくっついていて、泳ぐことはできません。こんな貝を、世界各国の潜水艇によって採集しました。親と一緒に卵もたくさんとれましたので、ミョウジンシンカイフネアマガイという種(図3右下)の卵を研究室で孵化させて、幼生の行動を観察しました。

研究室で孵化した大きさ0.15mmの幼生たちは、みな上に向かって一直線に泳ぎ始めました。研究室の水槽は小さいので、すぐに水面までたどり着き、空気に触れるとびっくりして体を殻に引っ込めます。幼生は、貝殻のせいで体が重く(水より比重が大きく)、あっという間に沈んでいってしまいますが、水槽の底に達する前にまた体を出して泳ぎ始めます。

こうして、水槽の中ほどと水面のあいだを休むことなく、餌のない状況で何日も往復し続け続けました。上昇する速さは1分あたり数cmで、この数字だけ聞くとかなりゆっくりした感じですが、数百mの深海から海水面までたどり着くには充分です(動画ファイルはこちら)

図3 シンカイフネアマガイ類。水深440-4,090mの温泉から得た、変態していわゆる普通の貝のかたちとなったおとなの個体(文献3より改変)クリックで拡大

幼生たちは、野外でも同じように上に向かって泳ぎ続けるのでしょうか? 海水面から水深200mまでの、太陽光による植物プランクトンの活動が盛んな範囲を「表層」と呼びます。別の飼育実験により、幼生がこの表層で植物プランクトンを食べ、1年あるいは2年以上もかけて成長することが推定されました。図4に示すように、幼生の成長には20℃から25℃の暖かい水温が必要で、中深層から深海の冷たい水では大きくなれません。

この飼育実験では、大気海洋研究所の助教である矢萩拓也さん(当時大学院生)が、半年ものあいだ毎日お世話をしましたが、幼生は変態サイズにまでは至りませんでした。

図4 飼育下でのミョウジンシンカイフネアマガイ浮遊幼生の成長。表層と同じ暖かい水温でのみ大きくなる(文献1より改変)クリックで拡大

貝は、カブトムシなどと同じで、成長過程で変態して体のつくりを大きく変えます。遊泳器官を失って、海底を這ういわゆる「貝」のイメージ通りの姿になりますが、その際、殻をつくる仕組みも変わるので、変態前後の殻を区別できます(図5)。たくさんの標本を比較すると、幼生時代を終えたときの殻の直径、つまり変態サイズは、種内で一定であることがわかります(ミョウジンシンカイフネアマでは0.72mm)。図4で最良の条件である25℃の成長率が持続するとして、変態サイズまで2年という計算です。

私たちは、この推定結果を確かめるため、遠く離れた複数の海底温泉から同種の貝を採集し、地域ごとにDNA配列の違いがあるかを検討しました。さらに、おとなの殻に残っている変態前の殻を、特殊な機械(図6)で分析し、幼生として泳いでいた当時の周辺水温や海水の組成を測定することに成功しました。

これらの遺伝学的・化学的分析により、ミョウジンシンカイフネアマガイのおとなが皆、小さい頃に壮大な旅を経験していることをつきとめました。彼らは、生まれた後すぐに表層まで泳ぎ、植物プランクトンを食べながら遠くへ流され、その後、どうにかして再び深海温泉にたどり着いたのです。

図5 貝の付加成長。深海温泉で採集した貝に、旅の記録(浮遊幼生期の殻、茶色の丸い部分)が残っているクリックで拡大

図6 東京大学大気海洋研究所のNanoSIMS(ナノシムス)。図5の殻をはかって、幼生がどんな海水中を旅してきたかを推定クリックで拡大

行きはよいよい、帰りはこわい?

いつか枯れてしまう海底温泉にすむ種にとって、温泉間の移動は必須です。表層には黒潮などの強い海流があり、1年以上も漂えば数千kmにわたる旅が可能です。また、植物プランクトンが豊富で、食べるにも困りません。

ただし、未だに解明できていない、大きな謎があります。表層にいる幼生が、どうやって海底に戻り、温泉を見つけるかです。深海の温泉からは、硫化水素やメタンなどさまざまな物質が湧き出しますが、上昇につれて拡散してしまい、表層では幼生が嗅ぎつけられるほどの濃度がないようです。それに、1分間に数cmといった遊泳速度では、幼生が自力で移動するにも限界があるでしょう。

これは全くの想像ですが、もしかすると、変態サイズまで成長した幼生は、においを嗅ぎながら深場へ降りていき、万にひとつの幸運で温泉の気配を感じたなら、そちらに向かってさらに沈んでいくのではないでしょうか。

確かなのは、シンカイフネアマガイ類が実に大量の卵を産むことです。1匹のメスが、一生の間におそらく数百万、もしかすると数千万の卵を深海温泉の岩に産みつけますが、大まかな計算上では、このうち2匹が親になって子どもをつくることで子孫の数が保たれます。数百万にひとつの幸運で温泉を見つければ充分ということになり、一匹一匹の幼生にとっては極めて苛酷な旅だといえそうです。

熱水鉱床の開発と生物保全

深海温泉の周辺に形成される熱水鉱床には、レアメタルなどの鉱物資源が豊富に含まれています。この新たな資源の開発にあたっては、特異な生態系を保全するため、そこにすむ生物の多様性や生態を詳しく知る必要があります。ことに、温泉間の幼生分散を把握することで、環境影響を最小限に抑えた鉱床開発が可能となるかもしれません。貝の旅のおはなしも、そんなところで我々の生活に関係しています。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「深海熱水噴出域固有動物の幼生分散に関する基盤的研究」(2017年度前期)の活動をもとに執筆しました。

  1. Yahagi, T., Watanabe, H.K., Kojima, S. & Kano, Y. 2017a. Do larvae from deep-sea hydrothermal vents disperse in surface waters? Ecology, 98: 1524-1534. https://doi.org/10.1002/ecy.1800
  2. Yahagi, T., Watanabe, H.K., Kojima, S. & Kano, Y. 2017b. Larval connectivity between deep-sea hydrothermal vents via surface waters. The Bulletin of the Ecological Society of America, 98: 231-235. https://doi.org/10.1002/bes2.1324
  3. Fukumori, H., Yahagi, T., Warén, A. & Kano, Y. 2019. Amended generic classification of the marine gastropod family Phenacolepadidae: transitions from snails to limpets and shallow-water to deep-sea hydrothermal vents and cold seeps. Zoological Journal of the Linnean Society, 185: 636-655. https://doi.org/10.1093/zoolinnean/zly078

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