研究者発の海の話研究者発の海の話

自然現象としての富栄養化問題

カテゴリ 陸と海のつながりと海洋生態系
掲載日 2010.04.19
新領域創成科学研究科 高橋鉄哉

 海洋で発生する富栄養化問題には、人為影響が強く反映されている一方で、海洋の物質循環の中で生じる富栄養化問題は、完全に人為起源というわけではない。陸域面積の2倍に及ぶ海洋で発生する現象には、物理学・化学・生物学的プロセスによる自然変動の要因がある。

 従来、沿岸域の富栄養化問題は、人間活動が引き起こした現象として認識されてきたが、近年の研究から、海域の富栄養化が自然現象として引き起こされる成分が無視できないことが指摘されてきている。現在のところ、人間活動による海域への影響を定量的に分離評価できないために、負荷削減の科学的根拠に乏しく、諸問題を引き起こしている。

 例えば、メキシコ湾で形成される"Dead Zone"と呼ばれる貧酸素化海域の削減を目的とした行動計画(Gulf of Mexico Hypoxic Zone Action Plan)では、ミシシッピー川流域全体の管理を予定している。流域管理にあたっては、農業用窒素肥料の使用量削減が提案されているが、メキシコ湾に面するモビール湾では、1860年代にはすでに貧酸素化が起こっていたことが報告されており、これを根拠として窒素肥料削減の効果について論争が起こった(窒素肥料の大量生産が始まったのは、1914年のハーバー・ボッシュ法1)の開発以降であり、農業関係者より強い反発があった)。

 また、富栄養化問題を引き起こす窒素・リンの起源は陸域に限らず、海洋深層に由来する海域も存在する。生物ポンプ2)を通じて、海洋深層は天然の窒素・リンのストック(貯蔵庫)となっており、風によって湧昇3)することにより、沿岸域に多大な窒素・リンを供給する。世界漁獲総量の7割を生産する湧昇海域では、海洋深層の窒素・リンが吹送流4)によって湧昇して膨大な基礎生産を支えると同時に、大規模な貧酸素水塊が発生する海域である。3大湧昇海域の一つであるナミビア沖では、面積20,000kmにも及ぶsulfur plume5)と呼ばれる青潮現象が発生し、魚介類の死滅など甚大な被害をもたらしている(Weeks et al., 2004)。同様に、ペルー沖やカリフォルニア沖でも貧酸素水塊が発生して、魚介類の大量死滅を引き起こし、世界の水産資源量の変動への関与が疑われている(Grantham et al., 2004)。

 このように世界の沿岸海洋で多発する貧酸素化現象、その影響の重大性および発生要因の不明性を考慮して、SCOR(海洋研究科学委員会)は、2006年より"Natural and Human-induced Hypoxia and Consequences for Coastal Areas"と題して、地球海洋の貧酸素化現象に関する研究を総合的に収集し分析する研究を開始した。SCORは、貧酸素化現象の機構自体を研究するのではなく、各海域で断片的に実施されている研究情報の統合化を目的としている。

 人間活動の増大によって海域にもたらされた多量の流入負荷は富栄養化を助長する。しかしながら、負荷が流入した結果生じる富栄養化現象は、自然現象による影響が重なった現象であり、このことが富栄養化問題への対策を困難なものとしている。

(注1)ハーバー・ボッシュ法:窒素ガスと水素ガスからアンモニアを合成する手法。これにより無尽蔵といえる大気中の窒素を肥料へ変換することが可能となった。

(注2)生物ポンプ:表層の無機態の窒素・リンなどの栄養塩は、植物プランクトンの増殖によってプランクトン体内に有機物として固定され、死滅すると底層へと沈降する。このとき発生する植物プランクトンの増殖・死滅により生じる物質輸送のこと。

(注3)湧昇:風によって表層水が沖方向に流れることにより、その流出量を補って底層水が沿岸表層へ運ばれる現象。

(注4)吹送流:風によって生じる流れ

(注5)Sulfer plume:海水の無酸素状態下で起こる硫酸還元反応で発生した硫黄イオンが、表層の酸素に触れることで硫黄コロイドが発生して海水が白濁する着色現象。

Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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