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学際的な海洋教育とはなにか(その1.「学際研究」とは)

カテゴリ 大学における学際的海洋教育研究
掲載日 2010.04.19
大気海洋研究所 野村英明 ・ 農学生命科学研究科 古谷研

 学際という用語は、「二つ以上の科学の境界領域にあること。幾つかの分野にまたがり関連すること、また、interdisciplinaryの訳語。学際は「国際」に習って昭和40年代に作られた語。」(岩波国語辞典第五版)と定義され、一方、interdisciplinaryは「多くの分野の専門知識や経験が必要な研究課題などにあたる時、様々な領域の学者や技術者が協力し合うこと。また、その様。学際的。"種々の学問分野からの発想を一に議論する"」(大辞泉)とされており、複数の学問分野が横断的に関与することが学際の要件といえる。

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国際連合大学本部(東京都渋谷区)


 学際的な研究は、19世紀のドイツで始まったとされる(赤司、1997)。1810年に創設されたベルリン大学は研究中心主義の理念、すなわち大学は教育の場である以上に研究の場であるという理念を標榜し、世界の大学に大きな影響を及ぼした(潮木、2008)。19世紀は学問のあり方や科学研究活動が変貌した時期であり、とくに自然科学や医学には新たな学問領域が次々に登場して、これらの研究フロンティアを切り開くために莫大な予算が必要となり始めていた。科学の最先端をめざす研究者から国に対して実験装置や実験室1)、サポートスタッフとしての厚い助手層を支える予算やポストの新設といった要望が出されて大学に多くの実験室が設立された(潮木、1993)。

 ドイツの大学では正教授になると、大学内に専用の実験室を設けて、自分のアイデアで研究を進めることが出来た。実験室に人材を集めて、いわば一学問領域一正教授の体制となり、こうした施設が学問領域の世界的なセンターとしての機能を持ち、各国から最先端研究を学びに来る人材を呼び寄せ、専門分野が深化していった。その一方で、正教授を中心とした研究体制は、学際的な研究をも推し進めていった。その例が、「リービッヒの最小律」を発見し、「農芸化学の父」と呼ばれるユーストゥス・フォン・リービッヒによる研究であり、彼の研究はそれは後に「有機化学」という分野を形作るもとになった(赤司、1993)。また、この頃には科学水準自体が国の国際競争力を決定する要素となり、研究は個人の次元を超えて、大学は国家的拠点へと成長していった(潮木、2008)。そのため、アメリカ、イギリス、フランスなどとの厳しい国際的な競争の中で、学際研究の余地が必然的に生まれたと考えられる。アメリカでの学際研究は1920年代に社会科学を中心に始まったが、その後1970〜1980年代にかけて各分野で盛んになり、2000年代に入って再度活発化している(Porter et al., 2006)。日本では、1971年にシェリフとシェリフ「学際研究」が訳された頃から学際研究関連の本が出版され始めている(赤司、1997)。

 米国アカデミー学際研究促進委員会(2005)によると「学際研究とは、複数のチームあるいは個々人による研究のやり方である。これにより、複数の学問分野にまたがる情報、データ、技法、道具、展望、概念が統合され、本質的な理解がより深まり、あるいは単一の学問分野ではとても対処できない問題が解決する。」と定義されている。同委員会は、学際研究を導く動機として、1)科学的好奇心と、2)実用的必要性(社会の要請)の二つを挙げている。海洋学は前者にあたる。物理学、化学、生物学などの基礎学問分野が、海洋における事象を解明するために関わる。その例としてレジーム・シフトがあげられる。レジーム・シフトとは、数十年のスケールで地球規模の気象変動がある状態から別の状態に短時間に変化することで海象現象が大洋規模で変化し、それに対応して海洋生態系の構造的枠組みが転換することを指しており、1980年代にマイワシ資源の全球での同期的変化を解明する研究から見つかった(川崎ほか、2007)。まさに、魚類学、水産資源学、海洋生物学、海洋物理学、浮游生物学から気象学などの学際研究によって我々のレジーム・シフトへの理解は飛躍的に進んだのである。海洋学では共同で調査船を運行し、乗り合いで観測する場合が多く、また、探求する現象は一つの分野では解決できないことが多いので学問領域間の交流が促進され、学際研究が進んだと思われる。

 実用的必要性(社会の要請)を動機とした学際研究の例は環境学である。環境学はその由来を辿れば生態学に行き着く。生態系と環境を総括的に扱う学問として出発した生態学では、当初、人間活動も含めた生物と環境の関係を研究することは容易ではなかった。しかし、徐々に社会における問題解決のための生態学の必要性が認識され、そのための研究手法が発達してきたことでそれが可能になってきた。例えば20世紀終盤になり、コンピューターの演算速度が速くなり、多量な情報を階層的に扱えるようになり、それに加えて地理情報システムや衛星情報処理の発展で、広域な環境の多量な情報を包括的に取り扱えるようになった。それと並行して、人間活動の生態系への影響が顕在化してきた。特に公害に象徴される環境問題2)では、経済や人間の健康といった生態学だけでは解決できない問題が顕在化してきた。そこで、問題解決を目的に、環境学が出現したといえる。

 学際的思考は、社会が何を求めているか、専門家集団は何をすべきか、を考えるところから始まる(渡辺ほか、1973)。この点は実用的必要性による学際研究で顕著である。科学は構成要素を一つずつ分解して、それぞれを個々に詳しく調べ体系化してきた。これは要素還元型のアプローチであり、素過程の組み合わせで全体が機能するとの考えに基づいている。しかしながら、構成要素が多く複雑な問題では、単独の専門分野では対処できないことになってしまう。もちろん学際思考は既存の専門分野を否定するのではなく、むしろ個々の学問分野が、学際思考の母体とし活発に機能していないと実りある学際研究が成り立たないことは言うまでもない。

(注1)実験室
潮木(1993)によれば、正教授が政府と交渉して作り上げた実験室、研究室、研究所などの施設のことを、当時のドイツでは「研究所」と呼び、普通、正教授がその所長に任命された。つまり教授は、正教授と研究所所長の二つの身分を持つのが通例であった。しかし、研究業績や政治力により、俸給や研究条件に格差が大きく、正教授であっても専用の研究所をもてない場合もあった。

(注2)環境問題と公害問題
環境問題といった場合、近年ではグローバルスケールの地球環境問題をいうのが慣例化している。これまでの公害問題との違いは以下のようにまとめられる。
公害問題は、汚染源が企業の工場というように、加害者と被害者が比較的明確である。また、被害者の世代数は一、二世代で、地理的には場合によって国境を越えるが、多くは局地的な範囲で発生する。一方、地球環境問題は、みんなが加害者であり、多くの場合、加害者は被害者にもなる。被害者の世代数はより長い世代にまたがり、地理的な拡がりは全球規模と広域である。

Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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