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教科書のなかの海に関する記述についての予察的検討

カテゴリ 大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
掲載日 2013.07.17
東京大学 福島朋彦 ・ 海洋政策研究財団 酒井英次
東京工業大学 太田絵里(元海洋政策研究財団 ) ・ 徳島大学 山中亮一

はじめに

 2007年に海洋基本法が成立し、その28条は政府に対して、学校のなかで海の教育を推進するための施策を講ずるように求めている。2008年には学習指導要領の改訂があり、一部において海に関する記述が追加され、2009年度からは新学習指導要領のもとでの教科書検定・供給・使用が順次実施された。また2013年4月26日に閣議決定した新しい海洋基本計画においては、海洋教育の推進が基本的方針の一つとして掲げられるとともに、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策に小中高等学校における海洋教育の充実が挙げられた。このように海洋教育の推進体制は着実に前進している。しかし教育現場への浸透は如何なものだろうか。この部分が不明確である限り、有効な方策を望むべくもない。そこで筆者らは教育現場を理解するための基礎分析として、小学校および中学校で使用されている教科書の内容調査を行った。

* 筆者らは、高等学校の教科書についても分析しているが、専門教育の取り扱いなど、義務教育とは同列に扱えないのでここでは巻末に参考資料として提示するにとどめる。

* 本調査については近日中に論文発表を予定しているので、本稿の主目的はデータ公開であることを申し添える。

* 本データ公開後に集計ミスが発覚したため、2013年7月30日に全データを差し替えました。

* 2014年3月に新学習指導要領に基づいた中学校教科書の分析データを追加しました。

1.対象とした教科書

 小学校および中学校の教科書分析は、以前にも実施されたことがあるが1, 2, 3)、そこでは学習指導要領のなかで海に関連する記述内容が多い教科に絞って分析している。具体的には、小学校では社会、生活および理科、中学校では社会、理科および美術が対象となっている。しかし海洋基本法が成立した今、求められている海の知識は特定の教科だけでは包含しきれない概念となった。そこで本研究では、すべての教科を対象に海の扱いを調査することにした。但し「教科」はすべてとしても、「教科書」のすべてを対象とすることは作業負荷が大きすぎるため、ここでは東京都の教科書取次業者(東京都教科書供給株式会社)から入手できる教科書を対象とした。また、新学習指導要領の前後のものを対象とした。

* 旧版は2008年まで適用された学習指導要領に基づく教科書

* 新版は2009年から適用されている学習指導要領に基づく教科書

表1 分析に供した小学校の教科書一覧
旧版・小学校(PDF:91KB) 新版・小学校(PDF:97KB) 旧版・中学校(PDF:98KB) 新版・中学校(PDF:98KB)
分析に供した小学校の教科書一覧4PDFをすべてダウンロード(ZIP:338KB)

2.分析の方法

(1)教科ごとの海の記述

 一次作業として、教科書のなかから海および海と関連する記述をページとともに抜き出した。海との関連性については、教育素材としてのポテンシャルを狭めることのないように、海に関する直接的な記述に加え、海を連想可能な内容も抜き出すことにした。

(2)分野ごとの海の記述

学校教育における海洋教育のコンセプトと12分野 (文献5より)

図1 学校教育における海洋教育のコンセプトと12分野 (注5より)
[図を拡大]

 二次作業として、記載内容を分野別に再整理した。ここでいう分野とは、海洋教育の先駆的報告書である「21世紀に海洋教育に関するグランドデザイン」(海洋教育研究財団編)4,5,6)のなかで示された12項目とした。この12項目は社会生活全般を対象に分析することで学ぶべき内容や構成要素として生み出されたものである5)。


3.予察的分析結果

 海そのものを対象とした字句では限定的であっても、海を連想できる内容まで拡大すると意外にも幅広い教科で扱われている。小学校であれば、理科、社会の他にも国語、音楽、図工など、また中学校では、歴史、地理、理科の他にも、国語、家庭科などで比較的多くとり上げられている。これらをみると、現行の教科書においても相当程度の海の学習は可能であることを示している。

表2 教科ごとの海の記述箇所分析結果
旧版・小学校 新版・小学校 旧版・中学校 新版・中学校
国語(PDF:313KB) 国語(PDF:412KB) 国語(PDF:460KB) 国語(PDF:480KB)
算数(PDF:221KB) 算数(PDF:264KB) 数学(PDF:119KB) 数学(PDF:161KB)
理科(PDF:227KB) 理科(PDF:302KB) 理科(PDF:329KB) 理科(PDF:388KB)
社会(PDF:512KB) 社会(PDF:792KB) 地理(PDF:411KB) 地理(PDF:301KB)
地図帳(PDF:128KB) 地図帳(PDF:167KB) 歴史(PDF:545KB) 歴史(PDF:575KB)
図工(PDF:196KB) 図工(PDF:158KB) 公民(PDF:243KB) 公民(PDF:254KB)
音楽(PDF:174KB) 音楽(PDF:169KB) 技術・家庭(PDF:161KB) 技術・家庭(PDF:224KB)
生活(PDF:123KB) 生活(PDF:141KB) 音楽(PDF:110KB) 音楽(PDF:148KB)
書写(PDF:90KB) 書写(PDF:146KB) 美術(PDF:105KB) 美術(PDF:175KB)
保健(PDF:92KB) 保健(PDF:92KB) 保健体育(PDF:139KB) 保健体育(PDF:134KB)
家庭(PDF:75KB) 家庭(PDF:100KB)
教科ごとの海の記述箇所分析結果42PDFをすべてダウンロード(ZIP:9071KB)
表3 教科書ごとの該当ページ数(表2の総括)
旧版・小学校(PDF:96KB) 新版・小学校(PDF:102KB) 旧版・中学校(PDF:104KB) 新版・中学校(PDF:94KB)
教科書ごとの該当ページ数4PDFをすべてダウンロード(ZIP:350KB)

 分野ごとに再整理すると、小学校ではA 生活・健康・安全やB 観光・レジャー・スポーツなど、海に親しむことと関連する分野が多いのに対し、I 資源・エネルギー、K 管理およびL 国際など、海の利用と関連する分野は限定的だった。また小学校の教科書の学習指導要領の前後を比べると、新しい教科書では、前述のI 資源・エネルギーの扱いが増えていることが興味深い。中学校になると、I 資源・エネルギー、J 産業・経済、K 管理およびL国際なども応分に増え、小学生との習熟度の違いを反映した。

表4 分野ごとの海の記述箇所分析結果
旧版・小学校 新版・小学校 旧版・中学校 新版・中学校
A 生活・健康・安全
(PDF:369KB)
A 生活・健康・安全
(PDF:723KB)
A 生活・健康・安全
(PDF:340KB)
A 生活・健康・安全(PDF:431KB)
B 観光・レジャー・スポーツ
(PDF:199KB)
B 観光・レジャー・スポーツ
(PDF:234KB)
B 観光・レジャー・スポーツ
(PDF:152KB)
B 観光・レジャー・スポーツ
(PDF:161KB)
C 文化・芸術(PDF:352KB) C 文化・芸術(PDF:474KB) C 文化・芸術(PDF:247KB) C 文化・芸術(PDF:315KB)
D 歴史・民俗(PDF:167KB) D 歴史・民俗(PDF:236KB) D 歴史・民俗(PDF:324KB) D 歴史・民俗(PDF:433KB)
E 地球・海洋(PDF:249KB) E 地球・海洋(PDF:379KB) E 地球・海洋(PDF:345KB) E 地球・海洋(PDF:423KB)
F 物質(PDF:129KB) F 物質(PDF:230KB) F 物質(PDF:91KB) F 物質(PDF:85KB)
G 生命(PDF:221KB) G 生命(PDF:245KB) G 生命(PDF:234KB) G 生命(PDF:260KB)
H 環境・循環(PDF:214KB) H 環境・循環(PDF:267KB) H 環境・循環(PDF:264KB) H 環境・循環(PDF:226KB)
I 資源・エネルギー
(PDF:81KB)
I 資源・エネルギー
(PDF:183KB)
I 資源・エネルギー
(PDF:126KB)
I 資源・エネルギー(PDF:171KB)
J 経済・産業(PDF:250KB) J 経済・産業(PDF:547KB) J 経済・産業(PDF:405KB) J 経済・産業(PDF:331KB)
K 管理(PDF:260KB) K 管理(PDF:489KB) K 管理(PDF:196KB) K 管理(PDF:186KB)
L 国際(PDF:112KB) L 国際(PDF:132KB) L 国際(PDF:196KB) L 国際(PDF:212KB)
分野ごとの海の記述箇所分析結果48PDFをすべてダウンロード(ZIP:11404KB)
表5 分野ごとの該当ページ数(表4の総括)
旧版・小学校(PDF:281KB) 新版・小学校(PDF:332KB) 旧版・中学校(PDF:214KB) 新版・中学校(PDF:200KB)
分野ごとの該当ページ数4PDFをすべてダウンロード(ZIP:768KB)

今後の取り組み

 学習指導要領が改訂され海の記述が一部追加された。その一方で教育現場では脱ゆとりの流れが鮮明になり、既存教科の時間数が増えることになった。そのため新しい教育内容の参入は極めて困難な状況にある。当然ながら、教科「海洋」の新設などは夢のまた夢である。一方本調査の結果は、解釈に幅を持たせると、海のトピックスは広い範囲で扱われていることを示した。これらを精査し、海洋教育に必要な項目が揃っているならば、教科の上位の概念として体系づける7)べきである。

謝辞

 本稿を纏めるための基本となる研究は、科研費(23531109)の助成を受けて行われました。但し、小学校の教科書分析については、海洋政策研究財団の教育事業のなかで実施された成果です。また海洋政策研究財団および東京大学海洋アライアンスの活動は日本財団の支援により実施されています。

参考資料
表1 分析に供した高等学校の教科書(PDF:75KB)
表2 高等学校の教科ごとの海の記述箇所分析結果(PDF:582KB)
表3 高等学校の教科書ごとの該当ページ数(表2の総括)(PDF:91KB)
表4 高等学校の分野ごとの海の記述箇所分析結果(PDF:682KB)

(注1)鈴木英之・中原裕幸・横内憲久 2003 我が国の海洋教育の現状と課題 - 義務教育における教科書分析を中心に -. SOF海洋政策研究所、89pp.

(注2)高桶克也・横内憲久・岡田智秀 2004 義務教育の教科書にみる海の教育に関する研究. 日本沿岸域学会論文集, 16, 105-113.

(注3)横内憲久 2004 義務教育の教科書からみるわが国の「海の教育」の現状と課題, 日本沿岸域学会誌, 17(2), 20-24.

(注4)海洋政策研究財団 2009 21位世紀の海洋教育に関するグランドデザイン(小学校編)海洋政策研究財団 pp97.

(注5)海洋政策研究財団 2010 21位世紀の海洋教育に関するグランドデザイン(中学校編)海洋政策研究財団 pp151.

(注6)海洋政策研究財団 2011 21位世紀の海洋教育に関するグランドデザイン(高等学校編)海洋政策研究財団 pp183.

(注7)福島朋彦, 2012. 海洋教育の普及を目指して - 初等・中等教育と高等教育のつながりを考える -.日本の科学者, 47 (7), 29-34.

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