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海賊をめぐる国際的な協力

カテゴリ 現代の海賊問題と日本
掲載日 2010.10.12
公共政策大学院 許淑娟

 国際物流の大半を海上交通に頼っている現在の世界において、その交通のリスクとコストを上げることにつながる海賊問題は、マラッカ・シンガポール海峡やソマリア沖で起こった出来事であるにとどまらず、世界的な関心事項となる。そこで、日本政府をはじめ各国政府も協力して、さまざまなレベルにおける海賊対策を行われている。本コラムでは、海賊をめぐる国際的な協力枠組としてi)マラッカ・シンガポール海峡におけるアジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の取組みとii)ソマリア沖の事態をめぐる国連を中心とした国際社会の動きについて紹介することにしたい。

ソマリア沿岸の海賊行為を非難する決議案を審議する国連安全保障理事会(2008年6月)(国連Web Pageより)

ソマリア沿岸の海賊行為を非難する決議案を審議する国連安全保障理事会-2008年6月(出典:国連Web Page)

1.マラッカ・シンガポール海峡における国際協力

 1990年代よりマラッカ・シンガポール海峡において航行船舶が襲撃されるという事件が相次ぎ、何らかの国際的な対策が望まれることになった1)。この海峡における暴力行為や略奪は、複雑な問題を提起する。第一に、国連海洋法条約の下で普遍的に認められている各国の海賊取締りの権限は、海賊の定義から、海賊行為が公海上で行われた場合に限られる2)。しかし、同海峡は複雑な地形のため、暴力行為の70%は領海等の沿岸国の管轄権が優先される海域で生じているので、海洋法条約の規制の枠の外になる。第二に、公海で行われた海賊行為であっても、すぐにどこかの国の領海に逃げ込まれてしまうことが多いが、そうやって領海内に逃げ込んだ海賊船舶の取締りを、沿岸国以外の国家が行うことは海洋法条約上認められていない3)

 そこで、IMO(国際海事機関)がイニシアチブをとり、それを受けたASEAN(とくに同海峡の安全な通航に関心を持つ日本)が地域協力協定の締結を試み(たとえば、1999年のASEAN会議や、2000年に東京で行われたthe Asia Anti-Piracy Challenge 2000会議など)、2004年に「アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP: Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)」が関係諸国の間で結ばれることになった。

 ReCAAPと呼ばれるこの協定は、海賊だけでなく海上武装強盗(armed robbery against ships)」の取締りをその目的としている。この協定と協定に基づく協力枠組は、領海における海上武装強盗の取り締まりは沿岸国が行うという立場を維持しながら、沿岸締約国に取締り協力の義務を課すにとどまり、伝統的な国際法の原則を確認したものと評価でき、そこに新しさはない。むしろ、ReCAAPの新しさは、i)情報共通網の構築、ii)キャパシティ・ビルディング(沿岸国の取り締まり能力の開発整備)を制度的に推進する点にある。 

 とくに、i)については、「情報共有センター(ISC)」が設立され、同センターがハブとなり、各地のフォーカルポイントから寄せられる様々な情報を管理・配布・分析している。この「情報共有センター」の仕組みは、次に述べるソマリア沖の海賊対策にも生かされようとしている。

2.ソマリア沖における国際協力

 ソマリア沖の海賊に対して、国連の安全保障理事会は、国連憲章7章のもとでいくつかの決議を出し、加盟国にこの問題への対処を要請した。それに応えて、30カ国をこえる国家および国際機関が軍艦や哨戒機を同海域に派遣し、日本も2009年3月末に海上自衛隊の護衛艦2隻が護衛活動を実施している4)。ソマリア沖の海賊に対しては、前例が見出せないほど、国際社会は迅速かつ大規模な対応を示したといえる。そこで、i)この異例の対応の背景にあるソマリア沖の特徴について簡単に述べ、ii)国際社会の対応、とりわけ、国連安保理決議の役割について考察を加えた後、iii)今後の取組みについて紹介する。

(1) ソマリア沖の海賊事件の特徴

 ソマリア沖の海賊事件の特徴としては、第一に、アデン湾という多くの石油タンカーが行き交う交通の要衝での事件であることが挙げられる。
 第二に、その頻度や被害の大きさが甚大であることが特徴的である。それは、重火器で武装した海賊が船員を人質にとって身代金を要求するなど、犯罪の深刻さにも現れている。
 第三に、沿岸国の取締り能力の欠如がある。ソマリアは91年以降内戦状態となり、事実上の無政府状態となっている。2004年にはソマリア暫定政府が発足したが、その権力基盤は脆弱で、陸上にある海賊の本拠地の取締りがなされない状況にある。ソマリア沖の海賊事件の多くは公海上で発生しているが、領海に逃げ込まれたときには、原則的には沿岸国の取締りに委ねられるのが国際法の基本的な立場である。しかしながら、そのような沿岸国による取締りが期待できないのが、ソマリアの海賊事例の特徴である。

(2) 安保理決議の役割

 こうした状況の中、国連安全保障理事会は、決議1816号(2008年6月2日)で、ソマリア沖の海賊および武装強盗の事件が「地域における国際の平和と安全に対する脅威」であるソマリアの状況を悪化させることを認定したうえで、ソマリア暫定連邦政府(TFG)と協力し、TFGが国連事務総長に事前通報する各国に対して、海賊に関して公海上で認められる行為と合致する方法で、ソマリア領海内において海賊・武装強盗の抑圧のためにあらゆる必要な措置を取ることを認めた(第7項)。さらに、決議1851号(2008年12月16日)により、TFGが国連事務総長に通知する諸国・機関が、TFGの要請に基づいて海賊・武装強盗の抑圧を目的としてソマリア領土内において人道法・人権法に合致する適当なあらゆる措置を取りうることを決定した(第6項)。
 これらの決議によって、ソマリア沖においては領海内の武装強盗や領海に逃げ込んだ海賊についても、沿岸国以外の諸国が取締り措置を行える基礎が作られた。これは、領海内の取締りを沿岸国に委ねたマラッカ海峡の場合とは対照的である。しかしながら、領海内の取締りを諸外国に認めるという画期的なこれらの決議には重要な限定が付されている。第一に、決議の書き振りをみれば、TFGが同意して国連に事前通報した国家・機関に限って取締りが行えるという構造になっており、第二に、決議の中でも、決議による措置は、ソマリア情勢のみについて適用され、国連海洋法条約を含む各国の国際法上の権利義務に影響を与えるものではないこと、今後の新たな国際法の形成につながるものでもないことが確認されている(決議1816号9項、1846号11項)。

(3) 今後の取組み

 国連安保理決議1851号ではまた、ソマリア沖の海賊・武装強盗対策に関して、関係国、地域機関および国際機関の協力を進めるためのコンタクト・ポイントが設置されることを決めた。これを受けて、コンタクト・グループ会合が重ねられ、i)オペレーション調整、情報共有、地域センターの構築に関する作業部会、ii)法的枠組みの強化に関する作業部会、iii)海運業界の意識能力の向上に関する作業部会、iv)外交的・対外的情報発信に関する作業部会が活動を始めている。海賊情報共有のためのセンターの設置については、東南アジアの地域協力の枠組(ReCAAP)およびその運用が参考にされることになるだろう。
 このように、ソマリア沖での海賊取締りをめぐる国際的な協力枠組が構築されつつあるが、実際にどこまで取締りを行うのかは依然として各国に委ねられていることも忘れてはならない。どこまで自ら海賊取締りに乗り出すのか、捕まえた海賊をどうするのか(訴追と処罰ならびに証拠保全の問題)、海賊の人権はどのように保障されるのか、取締りの際にどの程度の武器の使用は許されるのか、船舶による自衛手段はどこまで許されるのか(民間護衛会社の問題5))等々、具体的な取締り活動が進むにつれ、浮上してくる問題は多い。

(注1)マラッカ・シンガポール海峡における海賊事件と日本の取組みについては、コラム「マラッカ・シンガポール海峡、アデン湾における海賊事件」を参照。

(注2)国連海洋法条約の下での各国の権限について、コラム「海賊の定義」を参照。

(注3)他国の領海等で行われた行為であっても、私人が行なう船舶の安全航行を損なう一定の行為を対象犯罪とし、これら犯罪の容疑者について締約国に「引渡しか訴追か」の義務を課す「海上航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(SUA条約)」の適用が考えられる。しかしながら、マラッカ・シンガポール海峡の沿岸国の多くは、多くの関係沿岸国は同条約を批准していない。

(注4)ソマリア沖の海賊事件と日本の取組みについて、コラム「マラッカ・シンガポール海峡、アデン湾における海賊事件」を参照。

(注5)民間の護衛会社による警備をめぐる諸問題について、コラム「海賊行為と戦う民間護衛会社」を参照。

Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
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海洋生物の多様性保全と利用を考える
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海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
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陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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