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第1回 海溝の地形的姿

カテゴリ 海溝というもの
掲載日 2016.07.04
東京海洋大学学術研究院特任教授(元東京大学教授) 木村学

海溝の研究は、相手がとてつもない深海にあるので、簡単ではありません。それでも少しずつ進んできました。まずは形、すなわち地形の特徴をつかむところから研究は始まりました。

海溝は、海の溝と書くので、急な崖に囲まれた底なしの谷のようなイメージが持たれています。人気アニメ「ドラえもん」などでも、そのように描かれてしまうので、間違ったイメージが定着してしまうのでしょう。特に幼い子供は、夢と現実の区別がつきにくいので、幼い頃の強烈なイメージが残ってしまうのです。

海溝の底は意外に平ら

海溝は超深海なので、光は届かず真っ暗闇であることは間違いありません。そして、海溝の底の地形はむしろ平らであるのがほとんどです。

海溝へは、陸や海底の浅いところから土砂が流れ下ります。海の中に浮かんで徐々に沈んでいくプランンクトンや微粒子も、行き着く先は海溝です。それらが長い時間かけて降り積もっていくので、海溝の底は平らになっているのです。無人潜水艦やケーブルにつないだ深海カメラで見ると、それらの降り積もった堆積物がふわふわと揺れ動いています。

海底からヒマラヤのようにそそり立つ日本列島

海溝が伸びる方向と直交する向きに地形の断面図を描くと、日本列島などの陸の縁から海溝へ下る斜面があります。これを、海溝陸側斜面あるいは大陸斜面などと呼んでいます。

この斜面は、平均すると数度くらいの角度で傾いています。数度というと大変わずかであるように思えますが、結構な傾斜です。人間は床が1度傾いても平衡感覚がおかしくなり、生活できません。スキーゲレンデで初心者が滑り始めるのは、数度程度の傾斜です。30度も傾くと、これはもうダウンヒルの感じです。スキー選手が滑走する急斜面の上に立つと、足がすくみます。

海溝は地球で一番深いところですから、その周りは、当然ですが海溝より浅いです。もし海溝の底に立って日本列島を見上げることができるならば、ところによっては1万mに及ぶ大山脈がそびえていることになります。ガンジス川に沿ってたどると、やがてヒマラヤ山脈が見えてきます。その標高は9000m弱ですから、海溝の底から日本列島を見上げた風景は、ヒマラヤ山脈そのものなのです。

ヒマラヤ山脈の頂上付近はゴツゴツとした岩がむき出しになり、人を寄せ付けない断崖絶壁です。それと比べてしまうと、日本列島の地形は穏やかに感じてしまうかもしれません。しかし、日本アルプスや四国山地、東北の脊梁(せきりょう)山脈の頂上付近を想像してみてください。そこは、平均傾斜が20度以上にも及ぶ急峻(きゅうしゅん)な地形であり、ヒマラヤ山脈の頂部付近と変わらないのです。すなわち日本列島は、ヒマラヤ山脈を水没させ、その頂部だけが海の上に顔を出していると思えばよいのです。

地形の傾斜は岩石の強さで決まる

では、このような地形の傾斜は何によって決まっているのでしょうか。それは岩石の強さによるとみられています。

岩石は、鉱物の結晶の集まりです。そして内部には亀裂や隙間(すきま)がたくさんあります。岩石といえるものは、その隙間の割合が1割以下です。一つひとつの結晶は大変強いのですが、亀裂や隙間があり、さらにそれらが繋がっていると壊れやすくなります。

これは、乾いた砂で山を作って、斜面がどの程度になるか(それを安息角という)ということと似ています。夏の海辺の乾いた砂で山を作っても、その斜面を、30度を超えるような急傾斜にするのはほとんど無理です。実際の地形で山頂部の平均傾斜が30度を超えないのは、これとほとんど同じ理屈です。

岩石の内部で微小な部分がこすれ合い、支え合うと想像し、それを内部摩擦と呼んでいます。海の中の大陸斜面の傾斜が数度と大変小さい理由は、第2回で記しますが、プレート境界に沿っての摩擦が大変小さいことに起因しているらしいのです。

深海底にはいくつもの断層が

海溝の底が平らなことは、先に記しました。ここが陸から流れてきた土砂の終着点です。それが溝を埋めてしまって平らになってしまったのです。

東北地方の太平洋沖にある日本海溝付近を、東西の方向に縦に切った断面図。左が西で、右が東。日本海溝を南から見ていることになる。
東北地方の太平洋沖にある日本海溝付近を、東西の方向に縦に切った断面図。左が西で、右が東。日本海溝を南から見ていることになる。
拡大図

今度は海溝の外側、つまり陸とは反対の側を見てみましょう。こちら側は、陸側の斜面と違い、大海原の深海底につながります。一番深いところが海溝なので、そこから外側に行くと、徐々に浅くなっていきます。たとえば日本海溝は深さが7000mを超えますが、太平洋の深海底は、それより浅くて5000m程度です。(図)

しかし、海溝から外側に向けて一方的に浅くなっていくのではなく、いったん浅くなり、また深くなります。断面図でみると、海溝のすぐ外側の数百kmくらいは、ドームのように盛り上がった地形をしているのです。海溝の外の縁に沿って盛り上がっているので、この部分を外縁隆起帯と呼んでいます。

そして、その盛り上がっている部分では、ところどころに100mから300m程度の段差ができて、階段状にずれています。断層によるズレです。そのズレは、時に崖を作ります。

この断層が急激にずれると、地震が発生します。それは海底で起こるので、津波も発生します。詳しくはこれも第2回に記しますが、海溝で起こる地震津波の大きな原因のひとつとなっています。

沈み込む海洋プレートに火山があるという謎

深海底には、この断層にも関係して、どうやら小さな火山もあるらしいのです。最近の大きな発見です。海溝は、地球を覆う大地の岩盤の中でも最も冷たいところとみられていたので、熱いマグマが発生した結果としてこのような火山があるらしいことは、大変な驚きでした。しかし、それはどうやら、このように海底が大きく盛り上がっていることと関係しているようなのです。

このように海溝を地形から見ると、どうやら世界各地で共通の特徴があることがわかってきます。そしてそれは、海洋プレートがぶつかり沈み込むという大地の動きと関連しているようなのです。

次回は、海溝の地下の特徴を、物理的な側面から見ていきましょう。

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