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日本型海洋保護区を巡る合意形成の特徴

カテゴリ 沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
掲載日 2010.10.12
農学生命科学研究科 八木信行

1.海洋基本計画と日本型海洋保護区

 海洋の開発利用と海洋環境の保全との調和は、これまで日本が長年に渡り取り組んできた課題であり、また海洋基本法の基本理念の一つでもある。2008年に政府が決定した海洋基本計画においては、政府が総合的活計画的に講ずべき施策の一つとして海洋環境の保全等を取り上げており「生物多様性の確保や水産資源の持続可能な利用のための一つの手段として、生物多様性条約その他の国際約束を踏まえ、関係府省の連携の下、我が国における海洋保護区の設定のあり方を明確化した上で、その設定を適切に推進する」との記述が見られる。

2.国際的な関心の高まりへの対応ニーズ

 国際的にも、海洋保護区(MPA)は高い関心を集める案件といえる。2002年の持続的開発に関する世界サミット(WSSD)においてはMPAの設置や2012年までの代表ネットワークの設置が決議され、2004年生物多様性条約COP7等でも同様の議論がなされた。生物多様性条約COP10は本年(2010年)に名古屋で開催されるが、ここでも海洋保護区に関する議論がなされる予定である

3.外国における海洋保護区の設置例

 諸外国においては、広大なMPAを設置している例も見られる。例えば、2006年に米国が設置した北西ハワイ諸島の海洋国定史跡(marine national monument)は、長辺約2,000キロ、面積約36万平方キロの大きさであり、立入りは許可制とし、漁業は5年で段階的に撤退するなどの規制が導入されている。原住民の活動は規制から除外し、また商業的な漁業は極めて少数であったため調整費用をあまりかけずに保護区が設置できる場所であったとは思えるが、我が国において同様の規模で同様の規制を実施することは不可能であろう。

4.日本国内の実態

 我が国の実態を見れば、以上のような広範囲な面積を保護区に指定する例はないものの、MPAと呼ぶべき海域は多数存在している。公式な統計はないが、i)自然公園法に基づく海域公園地区、ii)自然環境保護法に基づく海域特別地区、iii)鳥獣法に基づく鳥獣保護区特別保護地区、iv)水産資源保護法に基づく保護水面、v)都道府県の漁業調整規則に基づく禁漁区域、vi)漁業法の枠組みの中で漁業者が自主的に設定する禁漁区域を合計すれば、これらは日本全国に1,100カ所以上存在していることが分かっている(Yagi et al (in print))。しかし、これらの海域は、複数の法律等でその保護内容が規定され、また異なる省庁の管轄となっているため、全体像の把握が進んでいない。特に、上記vi)の分類のように、中央政府がトップダウン的に設置したものではなく、沿岸の漁業者という利害関係者が自主的にボトムアップで設置したものについては、欧米型のMPAとはイメージがかなり異なるため、その保全効果などについて丁寧な説明を行うことが重要となっている。

5.北海道・野付半島の例

 道東に位置する野付半島は、大きく湾曲した砂州からなる半島で、半円型に伸びる半島と陸地の間には、浅い砂地の海が広がっている。ここはラムサール条約登録湿地でもある(図1)。この海ではホッカイシマエビが特産品であり、漁獲許可制、海区制限、漁獲トン数制限など、厳しい資源管理体制が漁協主導の下に構築されている。湾奥部には、複数の禁漁区(すなわち海洋保護区)が設定されている。ホッカイシマエビは、湾内のアマモ場(図2)がその生息域であるため、漁協はアマモの保全のために、漁具制限、防波堤の設置、陸上における植樹作業などを行っている。
 ここで注目すべき点は、これらの総合的な保全メニューが、中央からのトップダウン的な指示ではなく、野付漁協によるボトムアップの活動となっている点である。このため、植樹や防波堤設置、更には保護区域の監視など、保全活動にかかるコストの大部分を漁協が負担している。コストに見合う分の見返り(正確には、将来、保全効果で増大するであろうキャッシュフローの正味現在価値)が得られると踏んで保護活動を実践しているものと想定できるが、自然と共存する地域の知恵を生かして長期の保全活動を実施している成功例といえる。

図 ハマナスの奥に広がる湿地(ラムサール条約登録湿地)と砂州

図1 ハマナスの奥に広がる湿地(ラムサール条約登録湿地)と砂州

図2 海中のアマモ(シマエビ等の生息環境)

図2 海中のアマモ(シマエビ等の生息環境) (提供:野付漁協)

6.ノーベル経済学受賞者オストロムの議論

 このような地域の当事者主導の資源保全活動が有効である点は、2009年10月にノーベル経済学賞を受賞したインディアナ大学のオストロム教授による先行研究も存在している。共有資源を巡る従来の議論においては、「共有地の悲劇」1) を避けるために、資源をi)分割して私有地化するか、またはii)一括して国有地化する対応が有効とされていた。しかし、オストロム教授は第3の選択肢として、地域の当事者による自主的な努力で管理することを上げている。実際、オストロム教授は、トルコの沿岸漁業や、日本の里山のように、地域の自主管理で極めて長期間にわたり共有資源の維持に成功している例が世界に多数存在すること、そのような場所については、政府が見当違いの介入を行えば、長年にわたり築かれた地域の制度的資本を崩壊させる結果につながることなどを指摘している(Ostrom 1990)。

7.結論

 日本は沿岸での人口が比較的多く、漁業も広く存在している。そのような中、生態系保全の負担者と受益者が一致している場合は、自主的な保護区を多数設置している。このような小規模な生態系保全の枠組みが有効であるとの既往研究も、上記オストロム教授の研究例のように、世界で脚光を浴びている。
 従って、今後、日本型海洋保護区を議論する際には、このような既往の努力を最大限生かし、奨励策を講じることが重要であると考えられる。また、野付の例に見られるように、河口や干潟の保全拡大、海と川の保全の連携など、海から更に視野を広げた生態系全般にわたる取り組みを拡大させること、更には、政府は各個別の保全活動に関する統一的な評価基準を策定し、モニタリング活動などへの援助や関連データベースの整備などを実施するとともに、適切な対外発信を行うこと、などが重要になると考えられる。

(注1)生物学者ハーディンによる1968年の論文で提起されたコンセプト。牛飼いが共同使用する牧草地に牛を一頭追加する際、コストは牛飼い全員で等分されるが、利益は牛の所有者1人だけが得る。次々と牛が投入され、過剰な牧草利用が進む例。対策としては、オープン・アクセスできる共有地をなくし、「私有地」や「国有地」にすればよいとの議論がある。しかし、現実的に見れば、海の「私有地」化や「国有地」化は無理であることは明らかであろう。

協力者
  • 野付漁協
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