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海の雑学

日本の夏は前にも後ろにも長期化している

最近の日本の夏は暑い。明治時代の東京には、夜でも気温が25度より下がらない熱帯夜はほとんどなかった。冷房なしでも夜は涼しかったのだ。だが、2023年にはそれが57日もあった。熱帯夜はもう当たり前で、ニュースにもならない。一日の最高気温が35度以上になる猛暑日も、全国的に増えている。

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東京における毎年の熱帯夜の日数。夜の気温が25度より下がらない熱帯夜は急増している(気象庁のホームページより)

暑いばかりではない。いつまでたっても夏が終わらず、終わったと思えばすぐに寒くなる。心地よい秋が短い。かつては黄や赤に染まった秋の街路樹も、どうも色づき方が変だ。最近は夏が長くなって、春と秋がなくなってきているのではないか。そんな会話が人々のあいだで交わされるのを、よく聞く。

だが、わたしたちが感じているこうした夏の長期化が科学的なデータではっきり裏づけられているかというと、かならずしもそうではない。その研究を進めているのが、三重大学大学院生の滝川真央さんと立花義裕教授だ。

「夏」の始まりと終わりを決める

「夏の長期化」を研究するには、まず、いつからいつまでが「夏」なのかを決めなければならない。

気象庁は6月から8月までの3か月を夏としているが、あらかじめ期間を指定する夏の決め方は、この研究にはもちろん使えない。また、「一日の最高気温が25度を超えた日は夏」というように一律に気温で夏を定めるわけにもいかない。北海道に住む人と九州に住む人とでは、「これくらいの気温になったらもう夏だなあ」という感覚が違うからだ。その土地その土地での「夏」を定義する必要がある。

そこで滝川さんらは、ある場所で一日の平均気温が年間の上位4分の1になっている期間を、その場所での「夏」と定義した。1982~2023年の42年間の気温データを使った。

たとえば東京で一年のうち一日の平均気温が最高だった日は、もちろん一年につき1日ある。その気温を42年ぶん並べて平均をとると、「一日を通して東京で最も暑い日」の平均気温がわかる。つまり、東京の夏はこれくらいまで暑くなるという気温だ。同様にして「一日を通して東京で最も寒い日」の平均気温も求めておく。

そして「最も暑い日」と「最も寒い日」の差をとり、上から4分の1の気温を「夏」の判定基準にした。

たとえば、かりに東京で「最も暑い日」が25度、「最も寒い日」が5度だったとすると、その差20度の4分の1は5度だから、日平均気温の20度超えが東京の夏の判定基準になる。その年に初めて日平均気温が20度を超えた日が夏の初日、最後に超えていた日が夏の最終日だ。こうして各年の夏の日数がわかる。それが42年間でどう変わっていったかを調べた。

実際には、「東京」のような特定の地点ごとではなく、コンピューターで計算するために地球の表面全体を分割した小さな区画ごとにこれを計算する。今回の研究では、それを北半球の陸上と海上の気温についておこなった。さらに、海面の水温についても同様の計算をして「海面水温の夏」も求めておいた。

世界的にも珍しい日本の夏の長期化

その結果、日本は夏の始まりが10年あたり4~7日ほど早まり、終わりが2~4日ほど遅くなっていた。これにより10年あたり4~8日のペースで夏が長くなっていた。いまの働き盛りが子どもだった20年前、30年前に比べると、日本の夏は半月前後も長くなっていることになる。

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夏が10年あたり何日増えているかを示す図。色が濃いほど増加のペースが速い(滝川さん提供)

日本とほぼおなじ緯度で、しばしば熱波に襲われる西欧や南欧も、スペインなどで夏が長期化していた。ただし、夏の始まりは日本と同様に早まっていたが、終わる日にとくに変化はなかった。「夏の期間が前にも後ろにも引き延ばされて長期化するのは、世界的にみても日本の珍しい特徴だ」と滝川さんはいう。

日本の夏は「海の夏」

日本の夏の長期化は、列島を囲む海と関係がありそうだ。

陸地に比べて海の夏は後ろにずれている。ユーラシア大陸や北米の中緯度ではおもに5月に夏が始まるが、海上気温の夏は広く6月下旬以降だ。また、陸地の夏は9月中旬までにほぼ終わるが、海は10月に入ってもまだ夏だ。温まりにくく冷めにくいという水の性質が、その理由と考えられる。

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夏がいつ始まり(上)、いつ終わるか(下)を示す図。大陸に比べて海は始まりも終わりも遅い。日本は「陸型」というよりもむしろ「海型」だ(滝川さん提供)

そして日本の夏も、やはり大陸より後ろにずれる。中国や中央アジアでは夏の始まりは5月だが、日本は6月に入ってからだ。また、一日の平均気温が一年で最高になるのも、大陸ではおもに7月だが日本は8月だ。日本の夏は、海面水温の変化をストレートに反映している。

ただし、日本の夏は始まりが大陸より遅いとはいえ、さきほど述べたように、開始日そのものは早まってきている。これも海面水温の影響のようだ。夏が始まるころ、日本周辺の海面水温は10年あたり0.5度前後のペースで上昇しているからだ。また、9月後半から10月前半にかけて、北太平洋中緯度の水温は全体的にやはり上昇する傾向にある。これが、日本の夏がなかなか終わらない一因となっている可能性がある。

つまり、日本列島の夏は「陸型」というよりも「海型」で、それが世界的にみても独特な長期化を示す原因になっている可能性がある。

ヨーロッパ西部も、その西に広がる大西洋の影響を受ける海洋性気候だが、海面水温の変化をストレートに反映してはいない。日本の「海型」とは違う。その理由は、いまのところはっきりしないという。

冬は短くなっていない

夏が長期化しているなら、冬は遅く始まり、早めに終わって短くなっているのか。滝川さんらが夏の長期化と同様の方法で冬を調べたところ、その傾向は日本でも世界的にもみられないという。

日本の夏は早く始まり、遅く終わるようになってきた。だが、冬の期間については昔のままだ。ということは、快適な春と秋は短くなっている――。わたしたちの実感が、滝川さんらの研究により科学的に裏づけられたわけだ。

わたしたちの生活実感が先で、そのあと科学的にそれが裏づけられることは珍しくはない。日本の夏の猛暑化や豪雨もその例だ。「これは昔と違う。地球温暖化のせいに違いない」と人々が思っていても、これが科学的に裏づけられたのは、「イベント・アトリビューション」という分析手法が開発されたごく最近のことだ。滝川さんらの研究もそうだ。

わたしたちの実感が科学で確認されると、科学がうんと身近に感じられて、なんだかうれしい。

文責:サイエンスライター・東京大学特任研究員 保坂直紀

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