東京大学 海洋アライアンス 日本財団

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海の雑学

地球温暖化で沿岸漁業は……

いま進行中の地球温暖化は、気温が高くなっているだけではない。海水温も上がっている。世界の海の平均に比べると、日本の周辺海域は海水温の上昇率が高い。気象庁によると、海面の水温は世界平均だと100年あたり0.61度の上昇率だが、日本周辺海域は、その倍の1.28度になっている。

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日本周辺海域の海面水温の上昇率は100年あたり1.28度。世界平均の倍のペースだ。(気象庁のホームページより)

わたしたちが暮らす温帯は、赤道側の暑い気候と極側の寒い気候がせめぎ合うデリケートな場所だ。海の生態系も急速に熱帯化している。四国の沿岸を調査した国立環境研究所の熊谷直喜主任研究員らの研究グループは、コンブなどの海藻が多かった海底が熱帯系のサンゴ群集にどのように変わっていくのかを、2018年の論文で報告している。

海の温暖化で南の魚が北上してくる

日本列島の南岸には世界最強の海流である「黒潮」が、そして日本海にも「対馬海流」が南から流れてきている。温暖化による海水温の上昇に加え、これらの海流が南から温かい水を運んでくる。日本列島沿岸で温暖化にともなう生態系の変化を考える際には、この海流の影響を考慮に入れる必要がある。

これまでの調査で、温帯の海に多いコンブやホンダワラなどの海藻が、熱帯系のサンゴに置き換わっていることは知られていた。そのしくみを詳細に調べるため、熊谷さんらの研究グループは海藻の分布、サンゴの分布、そして海藻を食べる魚の分布に注目し、その分布の変化に地球温暖化と海流が与える影響をコンピューターで予測する方法を開発した。

その結果、水温が低くてこれまでは生息適地でなかった北方に分布域が広がるスピードは、魚がもっとも速く、つぎにサンゴ、そして海藻の順になった。

魚は自由に泳げるので、自分の好む水温の海域に移動しやすい。北方の海が温まれば北に動く。しかも、海流がその移動を後押ししてくれる。

海藻やサンゴは、自力では動き回れない。海の流れに身を任せた移動だ。コンブやホンダワラなどの海藻は、次世代につながる胞子などが海流に流される。流される時間は数時間からせいぜい数日だ。サンゴは動物で、その卵や幼生が流される。1か月ほども流されていることがあり、世代交代の際に分布域拡大の距離をかせぎやすい。

また、魚やサンゴは、もといた南方の海にまだ生息域を残しながら、分布域を北に広げていた。それに対し、海藻は、あまり北に広がらない割に南の分布域が縮小していた。

魚がまず来てコンブを食べてしまう

魚とサンゴ、海藻という生態系の地球温暖化による変化は、どのようなしくみでおきているのか。

ここでいう「魚」は、ブダイやアイゴなどの南方系の魚。雑食性で食欲旺盛だ。水温の上昇と海流の助けで分布域を温帯の海に素早く広げてきたこの魚たちが、コンブなどを食べてしまう。こうして海藻が減ってきたところに、サンゴが北上してくる。やがて海藻の海がサンゴの海になってしまう。

日本列島の西半分で、2009年時点の海藻群集が2035年までにサンゴ群集に置き換わってしまう可能性は、太平洋沿岸、日本海沿岸とも、きわめて高かった。そしていま、海藻が失われたまま、サンゴが分布域を北に広げられなくなっているケースもあるという。温暖化の進行スピードがサンゴの北上能力を上回ってしまっているからだ。

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2009年時点の海藻群集が2035年にはサンゴ群集に置き換わってしまう可能性。赤い沿岸ほど可能性が高い。四国南岸で可能性が低いのは、すでにサンゴ群集に置き換わっている場所が多いため。(Kumagai et al.(2018)より)

人は気候変動だけで行動は変わらない

考えてみると、わたしたち人間も、こうした生態系の一部だ。わたしたちの生活は、地球温暖化で姿を変える海とどのように関わってきたのだろうか。

スペイン・ヴィーゴ大学のソチル・エドゥア・エリアス・イロスヴァイさん、熊谷さんらの研究チームは2023年の春、四国西岸の漁業が過去30年間に温暖化の影響をどのように受けてきたかを、漁業者にインタビューして調べた。天然の魚をとったり養殖したりしている漁業者だ。

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調査対象となった四国西岸の漁港の風景(熊谷さん提供)

この海域では、北部の海には藻類が多く、南部では海底にサンゴ礁ができている。この二つ挟まれた中部には両方が混在していて、まさに地球温暖化による海の「熱帯化」が進みつつある海域だ。

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エリアス・イロスヴァイさんらの調査地点。四国西岸の緑が「北部」、黄色が「中部」、赤が「南部」。(Elias Ilosvay et al.(2024)より)

漁業者の取り組みは4通りに分けた。環境の変化に対する新たな対応が少ない順に、とくに対策をとらない「対応なし」、これまでの漁を基本にして経費を削減したり漁場を変えたりする「対処的対応」、魚種を変えたり新たな漁法を導入したりする「適応的対応」、漁業以外の新たな生活手段に切り替えたり漁業の比重を減らしたりする「変容的対応」の4通りだ。

全体としてみると、過去30年間の取り組みでもっとも多かったのは「適応」の41%、ついで「対処」の23%と「対応なし」の22%だった。漁業中心の暮らしそのものを変える「変容」は14%にすぎなかった。北部や南部に比べ、熱帯化が進行中の中部では「適応」の割合がとくに高かった。

また、「対処なし」と答えた漁業者は北部と南部の海域で多い傾向があった。北部はまだ温暖化の影響が顕著ではない可能性があるが、すでに「熱帯化」している南部で「対処なし」が多いのはなぜか。この点について研究グループは、南部では漁業人口の減少が激しく、振り返りの期間とした「過去30年」以前に、漁業からの撤退のような「変容」がすでにおきていたのではないかと推測している。

興味深いのは、「適応」と「変容」に対する地球温暖化の影響力が違う点だ。魚種を変えるような「適応」に温暖化は強い影響をもっていた。だが、職そのものを変えるような「変容」には温暖化の程度は影響していなかった。生活の根本を変える「変容」と関係が深かったのは、ふだんから漁法や魚種、仕事の選択肢を多くもっていることだった。自然が変われば生活も変わるというストレートな関係ではなく、その時点で自分が置かれている社会的、経済的な環境の影響をより強く受けるという結果だ。

また、養殖漁業者は、天然の魚をとる捕獲漁業より「適応」「変容」しやすい傾向にあることもわかった。捕獲漁業者の場合、とる魚種を変えると漁具を新たにしなければならず、その負担が苦になって動きがとれなくなっている可能性がある。

これからも魚を食べていくためには……

海の地球温暖化も進むなか、このさきも日本の沿岸漁業を成り立たせていくには、どうすればよいのか。熊谷さんは「捕獲漁業から養殖漁業への転換も視野に入れるべきだろう」という。

この研究では扱っていないが、もし消費者が魚を食べ続けたいのなら、自らの好みの幅も広げていく必要があるのかもしれない。サンマやイワシのように地味な色でいちどに大量にとれる魚から、数は少ないが種類が多い南方系のカラフルな魚へ。熊谷さんは「『海のジビエ』ですね。食べてみると、うまいです」という

文部科学省・気象庁の『日本の気候変動2020』によると、日本近海の海面水温が今世紀末にかけてさらに上昇することは、ほぼ確実だ。漁業者も、そして消費者も「対応なし」でいれば、魚が食べられなく日は遠からずやってくるのかもしれない。

文責:サイエンスライター・東京大学特任研究員 保坂直紀

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