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海の雑学

ウナギはドンコに飲み込まれても自力で脱出する

イタリアの子ども向け物語『ピノッキオの冒険』では、巨大なサメに飲み込まれたピノッキオは、やはりこのサメに飲み込まれてしまっていたジェッペットじいさんと一緒に腹の中を歩いて口まで戻り、脱出に成功する。ディズニー映画の『ピノキオ』では、サメがクジラになっている。いずれにしても、いちど飲み込まれたのに脱出するなんて、現実にはありえないおとぎ話……。

いや、そうとばかりもいえないらしい。あのウナギの稚魚は、魚に食われてしまっても、自分の力で脱出するというのだ。

餌として捕食されても死なずに出てくる生き物は、これまでにも知られている。たとえば水生の巻貝。鳥に食われてもフンとともに排出される。変わったところでは、マメガムシという水生の甲虫がいる。カエルに捕食されたマメガムシは胃、小腸、大腸を生きたまま通過し、お尻の穴から自力で出てくることを神戸大学の研究者が報告している。いずれもお尻から出てくる。

食べられてお尻から出てくるというのは納得しやすい。口から入った食べ物が消化される流れからすると、素直な向きだ。だが、ウナギの稚魚はちょっと違う。胃から口のほうへ逆戻りして「えらぶた」から出てくるのだ。

ウナギ脱出写真1

自分を飲み込んだドンコのえらぶたから脱出するウナギ(写真はいずれも長谷川さんら提供)

3割が脱出に成功

その一部始終を特殊なエックス線撮影で観察したのが、長崎大学の長谷川悠波助教、河端雄毅准教授らの研究グループだ。ウナギの稚魚にバリウムを注入しておき、それをドンコという魚に食わせてエックス線で撮影した。健康診断でバリウムを飲んで行う胃のエックス線検査とおなじ原理だ。バリウムのおかげで、本来ならエックス線でうまく映らない腹の中のウナギが見えた。バリウムの濃さや注入に使う注射針の太さなどを工夫したという。

ウナギ脱出写真2

ドンコの胃袋に収まったウナギのエックス線写真。左下に濃く写っているのが頭部。体はU字型に曲がっていて、頭部のすぐ上に尾が見える。

これまでは、餌として食われた生き物が脱出に成功しても、それが消化管の中でどのような動きをしているかは、わかっていなかった。観察する方法がなかったからだ。長谷川さんらの今回の観察は、その点が画期的だ。

ドンコは餌を丸のみにする。シラスウナギよりすこし成長した体長が平均7センチメートルほどのニホンウナギの稚魚を、このドンコがいる水槽に入れた。飲み込まれたウナギ32匹のうち約40%の13匹の尾がやがてドンコのえらから外に出てきて、そのうち約70%にあたる9匹が脱出に成功した。脱出の成功率は3割だ。

尾を先にして脱出する

どうやって脱出するのか。それを観察できたのが、この研究の面白いところだ。

今回の実験でエックス線撮影に成功したウナギの場合、完全に胃袋に収まってしまったものは、すべて死んだ。脱出できたのは、かりに頭が胃袋に達していても、体がまだドンコの食道に残っていたウナギだ。そのまま後退しながら尾を先頭にして口内に戻っていき、さらに胸びれ脇の「えらぶた」から尾を外に出す。

ここまで来ると、脱出の成功率は高まる。えらぶたの外に出た体をくねらせながらドンコの体内に残った前方部分を引きずりだし、最後に頭を引き抜くと脱出成功。これが典型的な脱出手順だ。ウナギはすべて尾から出てきた。

ウナギ脱出YOUTUBE https://youtu.be/uRBe9ZJrpfo?feature=shared

ドンコから脱出するウナギを長谷川さんらがエックス線で撮影した動画。左下方がドンコの頭側。濃く映っている一対の点は、ドンコのえらの近くにある「耳石」。

胃袋にすっかり収まった11匹は、胃壁に沿ってくるぐると回っていた。そのうち5匹は尾を食道に差し込んだ。なかには、尾をえらぶたの外に出すところまで進んだウナギもいた。脱出までもう一歩だった。ほかに、尾をお尻側の腸に差し入れたウナギも2匹いた。

ドンコの胃袋に完全に収まってしまったことが、ウナギの生死を分けたのか。その点については、はっきりしないという。脱出に成功したウナギのなかにも、ドンコに飲まれてからエックス線撮影を開始できるまでの「空白時間」に、いったんは胃袋に収まったものがいるかもしれないからだ

この脱出劇は、時間との闘いだ。消化管の中の消化液は強い酸性で、酸素がないので呼吸もできない。だから、のろのろしていると死んでしまう。脱出できなかったウナギは、平均3分半ほどで動かなくなり死んでしまった。筋肉が強くて動きが速く、消化管という厳しい環境に耐えて素早く脱出の道を探り当てたウナギだけが助かるようだ。

なぜ尾から後ずさりで脱出するのか?

長谷川さんらがこの研究に先だって行った別の実験では、ドンコに食われた54匹のウナギの稚魚のうち、脱出に成功したのはほぼ半数の28匹。ウナギが出てくるまでにかかった時間は6~130秒で、すべて尾を先にして、えらぶたから出てきた。

このときはまだエックス線でドンコの体内を観察できなかったので、もしかすると、頭から脱出しようとしたウナギはうまくいかずに死んでしまったのかとも考えられていた。それが今回の研究ではっきりした。ウナギは尾を先頭にして脱出を試みていたのだ。

なぜ尾を先にして後退で脱出するのか。その理由ははっきりしない。長谷川さんらによると、考えられる理由のひとつは、敵に襲われたような緊急時にウナギがとる行動だ。ウナギはふつう、にょろにょろと蛇のように前進する。ところが、緊急時には、逆に素早くにょろにょろと後退する。河端さんは「この後退はウナギを驚かせたときにだけ見られる行動です」という。また、頭より尾のほうが形が鋭いので、狭いところに分け入るのに有利な可能性もある。

いまから30年ほどまえ、二ホンウナギの産卵場所が、日本列島から南に3000キロも離れた赤道近くの海であることがわかってきたときも、「なぜそんな遠いところまで」と驚いたものだ。そして、こんどは飲み込まれた体内からの脱出劇。ウナギは食べておいしいだけでなく、生き物の知恵とたくましさを教えてくれる愛すべき魚なのだ。

文責:サイエンスライター・東京大学特任研究員 保坂直紀

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