東京大学 海洋アライアンス 日本財団

RESEARCHERS Interview

資源が社会や国のあり方を変える

東京大学公共政策大学院 山口健介特任講師

東京大学公共政策大学院 山口健介特任講師

――電力や石油などのエネルギーを多国間の協力で開発する際に、それぞれの社会との関係でどのような問題が生じるかを研究なさっているのですね。

「石油や天然ガスのようなエネルギー資源や電力の開発などには、利権がつきものです。そのとき政治体制をはじめとする社会がどのように変わっていくのか。そうした政治経済学の側面に興味があります。「資源がどう社会を規定するのか」というテーマには、修士課程の学生だったころから問題意識をもっています。」

――政治や社会のしくみが先にあって、それがエネルギー開発のあり方を決めるのではないのですか。

「もちろん、そういう因果もあるのですが、その逆もあるのです。たとえば、資源を開発しようという計画があっても、政治や社会の環境が整っていないので前に進めなくなってしまうというケースが、東南アジアの国で実際におきています。そうした場合に、本来なら国からのトップダウンでもおかしくないような大規模なプランに対し、企業や地方の自治体が計画を進めるよう力を入れ始めた結果、実現に向かったという開発事例もあります。」

法的な整備と社会の受容が大切

――ミャンマーの自然資源を利用しようと計画したタイのプロジェクトについての事例研究をなさってますね。

「ミャンマー国内で石炭火力や水力の発電を行い、その電力をタイに引いてこようとする計画です。タイの国内では、環境保護などの観点から、大規模な電源開発をしにくくなってきています。一方のミャンマーでは需要に供給が追いつかず、停電もしばしばおきます。タイが開発した電力の一部を地元のミャンマーがもらえれば、お互いにとって好都合なはずですが、なかなか先に進みません。」

山口さんらの研究グループでは、マレー半島のアンダマン海側にあるミャンマー・ダウェイの石炭火力発電計画、中東部を流れるサルウィン川にあるタサンとハッギの水力発電計画について、さまざまな関係者に2013年から2014年にかけて聞き取り調査を行った。

山口さんによると、「銀行が金を貸してくれるか」「社会の人々が認めるか」というふたつの問題は、火力でも水力でも多かれ少なかれ直面する障壁なのだという。

ミャンマーの場合、この問題を生む原因のひとつは、発電規模が大きいことだ。日本の水力発電は数十メガワットからせいぜい600メガワット程度の出力規模だが、ハッギは1190メガワット、タサンにいたっては7000メガワットの巨大な発電計画だ。つくるからには規模を大きくして経済性を追求したいが、その際、地元の自然環境を破壊することへの配慮がおろそかになりがちで、社会に受け入れてもらえない。

――たしかに、ダムをつくると、そこは水没してしまう。

「ダムを建設すると、地元の人たちは強制的に労働に駆り出され、軍部の乱暴な扱いを受ける。だから、ダムは平和を脅かす。よく、そう言われてきました。ですが、実際に現地で調べてみると様子が違いました。かれらは漁業を中心とした生活をしています。ダムの建設で川の流れが変わり、これまでのように魚が自給できなくなるのではないか。そういった衣食住への心配が大きなウェイトを占めています。」

石炭火力については、地球温暖化の進行を抑制するため発電所の建設に反対する世界の流れもあり、建設推進と国内外の反対運動との政治的な対立に陥りがちだ。

とん挫する可能性のある事業に対しては、融資の意欲も高まらない。結局、水力にしても火力にしても、融資の可能性と社会の受容が障壁になる。

2019年に発表されたこの論文では、経済的な障壁は法的な整備で緩和できたとしても、環境問題に関連する社会的な受容は難しく、そのためには、地元住民の生活にも配慮した、関係者間の日ごろのリスク・コミュニケーションが大切だと指摘している。エネルギー開発の計画が、政治経済や社会のあり方に大きな影響を与えることになるのだ。

中央政府と地方政府

――中国がミャンマーに敷設した石油と天然ガスのパイプラインについての研究では、地方政府である中国雲南省の動きがクローズアップされていました。

「中国は1990年代から石油の輸入国です。安全保障上の観点からマラッカ海峡を通る石油の輸入を多角化するため、インド洋に面したミャンマーから石油のパイプラインを引くという発想が、2000年前後からありました。当初は、それで利益を得られる関係者も少なく、あまり重要視されていませんでしたが、2004年になって具体的な動きが生まれました。ミャンマーと国境を接し、この国への経済の依存度も高い雲南省が動いたのです。」

中国・ミャンマー間の石油パイプラインに関して2015年に山口さんらが書いた論文によると、中国のエネルギー政策では、中央政府が政策を決定して実施を地方に任せるトップダウン型だけでなく、地方政府と大手の国有企業が発案者の役割を果たすボトムアップ型もみられるようになっているという。

このパイプラインは、2004年に雲南大学の研究者が提案し、雲南省幹部も建設の可能性について討議。2005年には雲南省政府が北京の中央政府に報告書を提出して計画の実施を求め、2007年には雲南省と石油関連の大手国有企業が北京で協議して、雲南省に化学基地を建設することで合意したという。このように中央政府と地方政府、大手国有企業の関係がエネルギー資源を軸に変容したことで計画は動きだし、2015年には試運転が始まった。ほぼ同じルートで建設された天然ガスのパイプラインも、この時点で稼働している。

こうした流れのなかで、石油パイプラインの建設と中央政府の本来の思惑との間にズレが生じていることも指摘されているという。たとえば、パイプラインで運ばれる石油の量。総輸入量の1割にも満たず、マラッカ海峡への依存を減らす効果は薄い。福建省が自らの経済成長を視野に計画したパイプラインが、国益の観点からは、かならずしも十分に機能しているわけではない。

これまでの中国からミャンマーへの投資には、自然環境への配慮が不足していた。パイプラインの建設を担当する国有企業も、ミャンマーに学校や病院を建てるといった社会貢献活動をしてきたが、実際の建設場所がプロジェクトの現場と離れていて、地元住民があまり恩恵を受けていない。地元住民に不満がたまりかねない構図になっているという。

海の資源はアジアの秩序をどう変えるのか

2019年6月にミャンマー連邦議会の下院副議長(右)を表敬訪問した山口さん(中央)。(ミャンマー連邦共和国のホームページより)

2019年6月にミャンマー連邦議会の下院副議長(右)を表敬訪問した山口さん(中央)。(ミャンマー連邦共和国のホームページより)

――学生時代は、どんな研究をしていたのですか。

「修士課程ではタイのチェンマイに滞在し、少数民族と多数派のタイ族が隣り合う集落で、かんがい用水をどう分け合っているかを調べてきました。電気も来ていない村で、「日本人を見たのは第二次世界大戦以来だ」と言われたこともあります。その後、スリランカのコロンボに本部がある非営利研究機関「国際水管理研究所」のバンコクオフィスにも1年間いました。ミャンマー・タイの電源開発を調査したころは、タイのチュラロンコン大学で研究していました。最近は、ミャンマーの少数民族地域に電力のインフラを整備するアドバイザーとして、ミャンマー政府に協力しています。」

――ずいぶんフィールドワークが多いようですが。

「高校生のころからJRの「青春18きっぷ」で旅をしていました。バックパックを背にひとりで旅を続ける沢木耕太郎の『深夜特急』の雰囲気ですね。新しい土地と人に出会えるフィールドワークもその延長といえば延長なのですが、研究としては、その土地と人を描くというよりも、現場を通して見えてくる政策の実態を資源との関連で調べていきたい。なにか問題がおきたとき、その解決に中央政府が介入すべきなのか、地方政府が主導すべきなのか。あるいは、どう協力していけるのか。そういった資源と政策の話です。」

――東京大学の分野横断的な「海洋学際教育プログラム」では、今年度から洋上風力発電を担当なさいますね。

「日本では千葉県の銚子沖や長崎県の五島などに洋上の風力発電施設があります。こうした施設の建設には多くの利害関係者が絡み、その場所に特有の議論がなされていると思われます。ですが、そのなかにも、合意形成にいたる共通の「ルール」のようなものがあるかもしれない。このあたりに注目して取り組んでいきたい。」

――これまでは陸の資源についての研究が多かったようですが、こんどは海ですね。

「「公海の自由」などといいますが、海底資源などを利用するための技術が高まってくると、海を開発する権利は誰が持っているのか、そのための制度は誰が考えるのかという問題になってきます。「自由」と無秩序は隣り合わせです。南シナ海における最近の中国にみるように、地域の秩序を考えるための軸として、これまでの軍事バランスに「資源」が加わりました。「海をコントロールした者が秩序を決めていく」ともいわれています。これからの海がアジアの秩序をどう変えていくのかを考えていきたいと思っています。」

文責・構成:東京大学海洋アライアンス 保坂直紀

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