研究者発の海の話研究者発の海の話

各国の富栄養化対策

カテゴリ 陸と海のつながりと海洋生態系
掲載日 2010.04.19
新領域創成科学研究科 高橋鉄哉

 食糧の生産事情を受けて、各国の水系の富栄養化と施策の状況は異なる。米国では、メキシコ湾の"Dead Zone"と呼ばれる貧酸素化した海域を縮小するために、2001年クリントン大統領により連邦議会にメキシコ湾貧酸素海域における行動計画(Gulf of Mexico Hypoxic Zone Action Plan)が提出された。これを受けて、2004年に連邦法、赤潮・貧酸素水塊改善法2004(Harmful Algal Bloom and Hypoxia Amendments Act of 2004)が制定され、貧酸素化した海域の科学的アセスメント(評価)と貧酸素解消のための計画の提出が義務づけられた。メキシコ湾に注ぐミシシッピー川に流入する窒素の9割が、肥料や家畜糞尿など面源系に由来することが報告されている(Goolsby and Battaglin, 2000)。面源系負荷は、州や自治体の境界を越えて流出するために、その削減には管理区分に関わらない流域管理が必要とされる。このため、行動計画では、アメリカ合衆国の国土の41%、全農業人口の47%を占めるミシシッピー川流域全体の管理を行うことを予定している。2004年に発表された米国海洋行動計画(U.S. Ocean Action Plan)においても、メキシコ湾流域管理のための連邦政府と州自治体政府の連携強化が強調されている。また、メキシコ湾流域管理を実施するにあたって、大学、省庁、自治体研究機関の多数の研究者が参加して、湾流域全体のモニタリングを継続実施して基礎的知見を収集している。

 EUでは、農村部を中心に地下水を飲料水として使用する地域が多く、肥料の大量投入と並行して地下水の硝酸汚染が進行し、これが原因と考えられる乳児や家畜のメトヘモグロビン血症1)による死亡事故が相次いだ。従来、無害に思われてきた肥料投入によって発生した健康被害をうけて、1991年に農業用硝酸塩からの水系保護に関する欧州委員会指令91/676/EEC(硝酸塩指令)が採択され、加盟国は、硝酸塩警戒ゾーン(NVZs:Nitrate Vulnerable Zones)を設定して、農業からの硝酸塩負荷の管理と地下水、河川、湖沼から海洋に至る水域の保護を行うことが義務づけられた。2002年にまとめられた硝酸塩指令実施状況2000年報告書(European Commission, 2002)によれば、少なくとも河川の30-40%において富栄養化が顕著で、EU水系の全窒素負荷の50-80%が農業由来であることが報告されている。

 日本においては、頻発する赤潮や貧酸素水塊の発生を受けて、1978年の水質汚濁防止法および瀬戸内海環境保全特別措置法の改正により水質総量規制が導入され、1979年の第1次総量規制の実施により、COD2)の負荷削減が義務づけられた。その後、2002年に実施された第5次総量規制ではCODに加えて窒素・リンの削減が義務づけられた。環境省により公表されている東京湾、大阪湾、瀬戸内海の窒素・リンの負荷量データ(環境省、2005)をもとに、1979年と2004年の3海域の発生負荷量を比較すると、窒素で約20%、リンで約40%が削減されている。負荷の内訳は、産業系排水の削減率が高く、生活系排水及びその他系による負荷の削減率は低い。日本では、米国やEUと比較して低い食糧自給率に象徴されるように、農業系排水が全負荷量に占める割合は低い。このため、水質総量規制において、農業系排水はその他系に含まれ重要視されていない。しかしながら、近年、農業による地下水の硝酸汚染が顕在化し、海外での硝酸汚染による健康被害の報告事例から、1999年には硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が、地下水の汚濁に係る環境基準項目として新たに追加された。このように、世界では窒素の環境への過剰投入と富栄養化の問題が顕在化しており、各国は対策を強化している。対策の世界的趨勢としては、第1に農業からの発生負荷を中心とした管理、第2に発生負荷源から地下水、河川、湖沼、海洋までの全水系を一体とみなして管理を行う法制度の統合化、第3に全水系のモニタリングの強化・継続があげられる。一方、日本は、世界最大の食糧輸入国であり、農業による負荷が全負荷量に占める割合が小さいために、富栄養化問題に対する対策は世界の趨勢とは異なる。この結果、海外では、肥料投入量の削減を中心とする入り口での削減政策が中心となっているのに対し、日本では下水道による負荷削減を中心として陸域からの出口での削減政策が中心となっている。

(注1)メトヘモグロビン血症:血液中のメトヘモグロビン濃度の上昇により、体内に酸素欠乏を起こす症状。硝酸態窒素の過剰摂取により起こる。

(注2)COD:Chemical Oxygen Demand(化学的酸素要求量)。有機汚濁物質の指標として用いられる。

参考文献
  • European Commission(2002): Implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources. Synthesis from year 2000 Member States reports. COM(2002) 407 final.
  • Goolsby, D.A., and Battaglin, W.A.(2000): Nitrogen in the Mississippi Basin--Estimating Sources and Predicting Flux tothe Gulf of Mexico: U.S. Geological Survey Fact Sheet 135-00, 6 p.
  • 環境省中央環境審議会(2005):第6次総量規制の在り方について(答申),14 p.
    http://www.pref.oita.jp/10400/advice/bosyu/h18/suisitsu/data/s-6.pdf
Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
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海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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