研究者発の海の話研究者発の海の話

地球海洋の富栄養化の人為的側面

カテゴリ 陸と海のつながりと海洋生態系
掲載日 2010.04.19
新領域創成科学研究科 高橋鉄哉

 人間活動に伴う海洋への物質排出の問題は、少量でも健康を害する有害化学物質の問題と、大量に存在することで引き起こされる富栄養化関連物質の問題に大別できる。前者が、主に産業活動に起因して工場などの点源から排出されるのに対して、後者は生物活動に由来する農業など面源から排出される。また、前者は、人為制御を行いやすく対策が功を奏しているのに対して、後者は生物活動に対する必須元素であり制御困難である。

 GESAMP(2001)によると、近年の世界の沿岸海洋の主要な問題は、古くから報告されてきた赤潮(植物プランクトンの異常増殖による海水の着色現象)や青潮(無酸素化した海水が引き起こす海水の着色現象)に代表される海水の富栄養化問題である。この古くて新しい問題は生活排水や農業排水に起因し、当初、地域的問題にすぎなかったが、人間活動の増大とともに地球環境問題としての性質を持つに至っている。また、富栄養化問題は、当初考えられてきたより深刻な被害をもたらすことが指摘されている。

世界人口の推移と各国の窒素肥料消費量(FAOSTATのデータを元に作成)

図1 世界人口の推移と各国の窒素肥料消費量(FAOSTATのデータを元に作成) [図を拡大]

図2 地球環境問題としての富栄養化問題と地球温暖化問題の類似性

図2 地球環境問題としての富栄養化問題と地球温暖化問題の類似性 [図を拡大]

 1841年、リービッヒにより植物の生育に必要な3要素(窒素・リン酸・カリウム)が見いだされ、1914年にハーバー・ボッシュにより大気中の窒素ガスの固定法1)が開発されて以降、作物肥料は有機物から無機物へと転換した。大気と鉱物から取り出された膨大な窒素・リンが、肥料として環境に投入され、世界の食糧生産は飛躍的に増加した。これにともなって、世界人口は爆発的に増大し、2004年には1840年の5倍の60億人に達している(図1)。投入された窒素・リンは、一部が作物として吸収され、残りが環境中に流出する。さらに、作物として同化された窒素・リンも、人間や家畜動物に一部が同化された後に流出する。仮に作物の同化率を50%、人間や家畜動物の同化率を10%とすると、リサイクルされない場合、投入された窒素・リンの95%が流出することになる。環境中に流出した窒素・リンは、水系を通じて海洋へと流出する過程で、滞留時間の長い水域で富栄養化現象をもたらす。現在では、世界の地下水、河川、湖沼、海洋にいたる水系で富栄養化が顕著になっている(Diaz and Rosenberg,2008;UNEP,2004)。現在の世界の海洋で起こっている富栄養化問題は、地球温暖化問題と類似性の高い地球環境問題である(高橋、2007)。化石燃料(鉱物・大気)を産業活動(生物活動)によって燃焼することでエネルギーを取り出し、その結果、大気(水系)の温暖化現象(富栄養化現象)がもたらされている(図2)。


 主要な窒素肥料消費国の消費動向では、アメリカ、中国、EU等、沿岸域の富栄養化が顕著な国々では、肥料消費量が世界消費量に占める割合は大きい。このため、食糧生産国では農業による負荷量が大きく、肥料消費と水系の富栄養化の関係が強く意識され、富栄養化に対する政策に強く影響を及ぼしている。これらの国々と比して、日本では肥料消費量は大幅に小さいが、一方で食糧自給率の低下に見られるように、アメリカや中国など食糧生産国から食糧を多量に輸入している状況にある。過剰輸入された食料は、結局、生活排水として流出して、富栄養化を引き起こしている。このため、日本では、富栄養化に関して農業からの流出は問題にならず、生活排水が問題視されている(環境省、2005)。一方で、輸入される食料の生産のために、食料生産国で窒素肥料が使用されており、同時に食料生産国の環境は汚染されている。この点で、わが国と食糧生産国で発生する赤潮や青潮を引き起こす窒素・リンの起源は大部分が同一であるといえる。近年、食糧自給率の低下と食糧の輸入過剰の議論において、食糧安全保障の観点が強調されがちであるが、こうした議論の中で環境の観点が欠落していることは憂慮される点である。

(注1)ハーバー・ボッシュ法:窒素ガスと水素ガスからアンモニアを合成する手法。これにより無尽蔵といえる大気中の窒素を肥料へ変換することが可能となった。

参考文献
Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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