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里海を通じて視野を広げる

カテゴリ 海洋生物の多様性保全と利用を考える
掲載日 2012.07.23
農学生命科学研究科 橋本英奈

 2010年10月に、名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(以下CBD-COP10)が開催された。そこの展示ブースでは、生物多様性の保全や再生に関心を持つ様々な団体や企業が、生物多様性の現状や環境保全への取り組み、環境教育などについて、事例や調査研究の成果を発表していた。対象となる空間は、海域から陸域まで幅広く、取り上げられた生物も大型哺乳類から植物まで様々であった。学問分野としても生物学から教育、工学に至るまでの広がりがあった。聞きに来られたかたがたも、お年寄りから若年層、就学前後の子供までと広い年代にわたっていた。

CBD-COP10の会場風景

CBD-COP10の会場風景

 その中で私は、海洋アライアンスに参加する他の友人たちとともにブースを出展し、ポスター発表を行った。ポスター発表を行うにあたり、直前の夏に、海洋アライアンスで合宿形式のフォーラムを行った。フォーラムには17名の学生が集まり、始めに、海洋の生物多様性の減少や保全の現状について、学内外の先生がたから講義を受けた。その後、3つの班に分かれ、グループごとに、取り組むべきテーマや今後の方針について議論した。フォーラムの終了後もグループごとに調査を行い、CBD-COP10に向けて準備を進めた。

1.ポスター発表

 私たちのグループは、「里海~21世紀の海と人~」というテーマで発表した。様々なかたがたに発表を聞きに来ていただいた。中でも「里山なら聞いたことあるけど......」「里海って何?」と、里海という言葉自体に興味をもって聞きに来てくださるかたが多かった。里海とは、近年の沿岸域保全の場でよく使用される言葉である。環境省では「人間の手で陸域と沿岸域が一体的・総合的に管理されることにより、物質循環機能が適切に維持され、高い生産性と生物多様性の保全が図られるとともに、人々の暮らしや伝統文化と深く関わり、人と自然が共生する沿岸海域」と定義している。しかし、実際には人によってその捉え方も様々である。そのため、実際の事例をいくつか調べたうえで、私たちなりにまとめた里海のイメージを呈示しようと試みた。それは「人びとが守りたいと思う海」となり、環境省の定義や調べた様々な事例などを幅広く含んだものとなった。発表を通じて、こうした試みが里海について広く一般に知ってもらうことにもつながる、という可能性を感じることができた。それだけでなく、里海の実現のためには、教育や広報を通じて里海やその大切さを広く知ってもらうことが必要であるというメッセージも発することができたようにも思われる。
 発表やそれに至るまでの過程は、私自身が里海についてより深く考える機会にもなった。様々なかたがたの意見や感想、考えに触れることで、今まで自分の考えが及んでいなかった里海を認識し、整理できていなかった点を確認・検討することができた。

展示ブースでの発表風景。右端に立っているのが著者

展示ブースでの発表風景。右端に立っているのが著者

2.大学では得られない経験

 里海について学び考えるのとは別に、CBD-COP10への参加を通じて、もう一つの良い経験が得られた。CBD-COP10という公の場で、異なる職業や活動分野、知識などを持ったかたがたに自分たちの取り組みについて説明することや、他のブースを訪問し、発表者と意見交換することにより、そうしたかたがたとの間のコミュニケーションのあり方について実体験し、考える機会を得たことである。幅広いかたがたに理解していただくためには、仲間内のものとは異なる仕方で説明をしなければならなかった。逆に自分がそうしたかたがたの話を理解するためには、相手が立つ背景や考え方を踏まえることが必要であった。普段、分野の近い仲間とともに研究や勉強をしている時より、ずっとていねいにコミュニケーションをする必要があること、立場による意見の違いや理解の仕方の違いに気をつけなければならないことなどを、実感することができた。CBD-COP10で学んだことは各々の学生によって異なったであろうが、普段の学校生活では容易に得られない様々な経験を持てたことは確かである。これらの経験を学生のうちに得られたことは、私にとってたいへん喜ばしく、大切なことだと思う。

3.海とのより良い関係を目指して

 東日本大震災以後、海の恐ろしさが強調される機会が増えた。とはいえ、人間、とりわけ日本人と海とは切っても切りがたい関係がある。先日、大震災に関するシンポジウムに参加した。その講演で、「最近は、海の恐ろしさばかりが表に出ているが、海は恐ろしいだけでなく、恵みをもたらす」という話を聞いた。海を恐れる教育ではなく、うまく付き合っていく教育が必要であるということである。私は、そこに里海の概念を組み入れることができれば、そのような教育が可能になるのではないかと考えている。里海には先人たちの知恵も持続的な付き合い方も含まれていることから、海とのより良い関係を目指し、多面的に、真正面から付き合っていくための、そしてこれからの海洋教育を考えて行くうえでの、一つの指針にもなるであろう。

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