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沿岸域での問題 -有明海・五島の視察から-

カテゴリ 「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
掲載日 2011.06.09
国際海洋研究所(IOI)日本支部 大塚万紗子
視察を行った有明海、五島列島の位置

視察を行った有明海、五島列島の位置 [図を拡大]

 日本の沿岸域で起こっている問題には世界にも共通する面があるとの観点から、LOICZ(Land-Ocean Interactions in the Coastal Zone:沿岸域における陸域-海域相互作用研究計画)委員長のNewton博士(ポルトガル・アルガルベ大学教授)と諫早湾の潮受け堤防締め切りの影響が問題になっている有明海、そして沿岸域の恵みに育まれて来た文化が廃れつつある五島を視察した。
 有明海は潮汐差が日本一大きく、大潮時で約6m、小潮時でも約2.5m程度に達する。また日本に現存する干潟の総面積(約51,000ha)の約4割にあたる2万haが存在し、ムツゴロウなどの有明海特産種(国内での分布記録が有明海に限られる種、ただし一部の種は八代海北部にも分布する)を有する特徴的な内湾である。

 近年、有明海では毎年のように貧酸素水塊が形成されており、二枚貝類や底魚などの水産資源減少の原因になっている可能性が指摘されている(環境省、2006)。その貧酸素化により衰退が著しいタイラギ漁を視察した。2010年1月20日8時15分、太良漁港を出発。1時間弱で漁場に到着し、2時間ほど漁が行われた。最盛期は150隻ほどもあったタイラギ漁の舟だが、貧酸素化による漁場の縮小などにより、昨年は40隻にまで減ってしまった。今年に入って近年では稀なほど好気条件が続き、70隻ほどがあつまるようになった。

一斉に漁場に向かう

一斉に漁場に向かう

潜水服をつけて

潜水服をつけて


 リーダーの舟が旗を掲げると一斉に漁が始まる。5~7分に一回、ヘルメットについたマイクから「はい」という合図があり、約200個のタイラギが入った袋があげられる。潜水者は漁の間は一度も水面に上がらず作業を続ける。

船上にあげられたタイラギは、ただちに身が取り出される
船上にあげられたタイラギは、ただちに身が取り出される

船上にあげられたタイラギは、ただちに身が取り出される

 身を取りだす作業はとても手早い。漁港に帰ってからも、市場にもっていく5時まで作業はつづく。貝柱をとりだし、ビラをきれいにする。タイラギの貝柱はホタテより小さいが、味は濃厚でおいしい。正月前はご祝儀価格で¥2800/kgまであがるという。

タイラギの貝柱:可食部は非常に小さい

タイラギの貝柱:可食部は非常に小さい

 14時からは諫早の潮受け堤防を視察した。Newton博士によると、オランダでは最近になって1950年代のハードエンジニアリングで造られた堤防のリニューアルにあたり、インドネシアの津波で証明されたソフトエンジニアリングを取り入れた防災対策に変わりつつある。ソフトエンジニアリングとは、海岸線や河岸において、浸食防止や安定性・安全性の確保を目的に生態学的な原理や手法を取り入れた土木事業を指す。ソフトエンジニアリングでは陸と水の境界をコンクリートで固めるのではなく、植生やその他のハビタットによって「ソフト化」することによって、生態系としての価値を高める。コンクリートの壁は一見頑丈に見えて人々に安心感を与えるので、これをソフトエンジニアリングに変えるには住民との合意形成が不可欠になる。
 有明湾には午前に視察した漁民、干拓を必要とした人、堤防を必要とした人など、様々な人が関わり、利害が錯綜している。沿岸域ではこのような問題は例外的ではなく、「沿岸域管理(Coastal Governance)」はLOICZでも重要なトピックとして議論が継続されている。有明海での様々な問題に対してどのように解決が図られるのか、関心がもたれるところである。

諫早湾の潮受け堤防

諫早湾の潮受け堤防

 有明海視察の翌日、プロペラ機で五島の福江空港へ移動、海上タクシーで奈留島へ向かった。ここでは船が住民の足として健在である。
 五島訪問の目的は、日本各地で問題になっている海岸での漂着ゴミの視察だ。漂着ゴミは特に東シナ海や日本海側で量が多く、隣接する諸外国で排出されるものも少なくないことが、解決を難しくしている。今のところ漂着ゴミの処理は自治体に任されており、財政難の自治体にとっては対策の負担が大きい。海上タクシーの中で、海岸を護る住民ボランティアの方々から「この島の産業は事実上漁業しか無い。漁業資源が急減していて漁業の将来が不安な中、せめて島民が陸にいて出来ることは、漁場を汚染している漂着ゴミの撤去である。そのため大人も子供も島民の参加意識は高い。」「一方で、海岸漂着ゴミの被害は激化しているため、拾っても拾っても解決せず、先が見えない不安に包まれている。」「ゴミを出している方々に、島の窮状を想像して、処分の方法を考え直してほしい。」などの意見を頂いた。

奈留島の海岸漂着ゴミ

奈留島の海岸漂着ゴミ

 漂着ゴミが水産資源に与える影響は非常に大きい。例えば奈留島では海藻を水産資源として採集する習慣がある。しかしこの海藻の採取も、漂着ゴミと温暖化の影響で海藻が激減し、途絶えようとしている。水産資源の減少は若者の島離れを加速し、固有の文化の衰退を招いている。島では見張り台の上から海を観察し、魚群が近づくと、紙製の旗を振って合図する「魚見」という仕事がある。魚に気付かれないよう瞬時に船の位置を変え、網をいれてそこにクロイオ(回遊性のメジナ)を追い込むためには欠かせない重要な役割である。この固有の合図を習得している若者は、今ではほとんどいない。

「魚見」の合図

「魚見」の合図

 五島の海に関係するすべての人々を護る巖立(いわたて)神社では、何百年も続いてきた奉納相撲が、若者の島離れで、最近廃止された。ニュートン博士が教鞭をとるポルトガルでも若者の漁業離れが深刻で、それとともに海にまつわる文化が消滅していくのが寂しい限りだという。
 そこでニュートン博士達は、伝統的な漁業に他の事業を加えることで海に生きる若者の生業を守る取り組みのサポートを行っている。場所はポルトガルのSargesという漁村。漁船での海岸巡りや養殖などの取り組みは30年前から始まり、ニュートン博士の家族も養殖業を営んでいる。20年前に新たにダイビングツアーを導入、最近は5年前からイルカウォッチングの観光資源化に取り組んでいるとのこと。五島も新たな価値によって、離島であること自体がメリットになるのではないか、そのような取り組みが沿岸の海に暮らす人々に伝わることから漂着ゴミ問題の解決の糸口が見えてこないか。そんな思いを胸に、奈留島を後にした。
 ここで紹介した有明海の干拓・貧酸素水塊問題、五島の漂着ゴミ問題など、日本の沿岸で起こっている多様な問題に関して議論を展開するため、沿岸域関係研究者のみならず、行政や民間、市民、NGO関係者らが一堂に会し「沿岸環境関連学会連絡協議会第22回ジョイントシンポジウム「望ましい沿岸環境を実現するためのネットワーク形成−問題の所在と今後の展望−」(平成23年1月23日・東京大学柏キャンパス、主催東京大学海洋アライアンス)」が行われた。こうした沿岸環境問題の解決にむけて新たなネットワーク形成の取り組みに大いに期待したい。

※本コラムは、東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ研究課題「沿岸域における陸域―海域相互作用研究計画(LOICZ: Land-Ocean Interactions in the Coastal Zone)国内ネットワークの形成」の提案者である山室真澄教授(新領域科学研究科)の 研究活動に参画した経験を元に執筆されたものです。

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