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環境影響をどのように評価・予測するか

カテゴリ 海底に眠る鉱山—熱水鉱床
掲載日 2009.07.20
海洋アライアンス 福島朋彦

 海底熱水鉱床は、わが国が開発を目指した2番目の海底鉱物資源である。最初に開発を目指したマンガン団塊については、1975 年から1996 年にかけて、中部太平洋で探査、採鉱そして環境調査などの調査研究を行ったが、最終的には商業化への道筋をつけることなく終了してしまった。当時の環境調査に関わっていた私は、今もなお「あの時にこんな分析やあんな観測をやっておけばよかった」と振り返ることも少なくない。そのため、これから始まろうとする海底熱水鉱床の開発を思うと、殊更、環境調査のことが心配になる。以下に述べるのは心配の種の一つでもある評価方法のことだ。

 話を簡単にするため、海底熱水鉱床開発の環境影響評価に触れる前にマンガン団塊開発の環境影響調査の手順を説明しておこう。
 マンガン団塊の環境影響調査では、最初に1km2程の範囲を設定し、その中の自然環境を把握するため十数回のサンプリングを行い(事前調査)、続いてその場所で実際の採鉱に似せて海底をかき乱し(海底撹乱)、それから再び同じ場所で十数回のサンプリングを行った(事後調査)(図1)。このようにして得られた事前と事後の調査結果を比較すれば、海底撹乱の影響が分かり、そこから採鉱の影響が予測できるという寸法だ。

図1 マンガン団塊の開発に関する環境調査の手順

図1 マンガン団塊の開発に関する環境調査の手順

 マンガン団塊はジャガイモを真っ黒にしたような鉱物で、図2のように、比較的均等に敷き詰められている。こんな様子があたり一面に広がっているため、十数点のサンプリングで対象範囲の環境を代表させることにしている(もちろんサンプリング回数を決める時は調査日程や予算などの制約も加味しなければならない)。

 ところが海底熱水鉱床の場合は条件があまりにも異なる。図3のイラストをみてわかるように、わずか数m 離れただけでも、似ても似つかない環境が広がることもある。これらは熱水噴出孔を中心とした変化であるが、細部については規則性がある訳ではない。少なくとも船上からサンプリングをする身にとっては、狙いを定めることができないほど複雑な入り組み方となっている。したがって事前調査と事後調査を同じ条件で行うことはとても困難である。仮に十数点のサンプリング結果で代表させたとしても、事前と事後の調査結果の違いは海底撹乱の影響と言えるのか、それともサンプリングの偏りに因るものなのか、如何とも判断できず、環境保全策も検討のしようがない。だから十数回のサンプリングで対象範囲を代表させるなど、マンガン団塊のケースで許されても、海底熱水鉱床の場合は許してもらえそうにないのだ。私の心配の種はこのように比較方法のことである。

図2 マンガン団塊が海底に分布する様子

図2 マンガン団塊が海底に分布する様子

図3 熱水噴出孔とその周辺の様子

図3 熱水噴出孔とその周辺の様子


 海底熱水鉱床の開発は、一部の外国企業が興味を示しているが、国の計画として明記しているのはわが国だけである。"世界に先駆けての深海資源開発"、そのこと自体はとても勇ましくもあり心強くもあるのだが、その反面、手本とする環境影響評価事例がないことも覚悟しなければならないし、後に続く国々に対しての責任は大きい。前述の課題をはじめ、工夫もなく今までのやり方を踏襲しようとしても、国際社会からの許容を得ることも難しいのであるから、これから関係者はこの環境影響評価手法について真剣に議論しなければならない。
 ただそれにしては海洋基本計画が掲げる"10 年を目途に商業開発"という条件はあまりにも急である。開発を急げ、という声が高まる中で、深海というまだ十分な知見が揃わない環境を調査する者として偽らざる気持ちである。

Contents
研究者発の海の話
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「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
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島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
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うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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