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海底熱水鉱床の開発と国内法の課題

カテゴリ 海底に眠る鉱山—熱水鉱床
掲載日 2009.07.20
公共政策学連携研究部 交告尚史

1. 海底熱水鉱床からの鉱物掘採と鉱業法

 海底熱水鉱床には、鉄、亜鉛、銅、コバルト、鉛、金、銀などが含まれている。これらの鉱物は、鉱業法の適用鉱物である(3条)。したがって、陸域でこれらの鉱物を掘採する際に鉱業法の許可(21条に基づく鉱業権の設定)が必要であることははっきりしている。では、海域での掘採に際してはどうか。海底熱水鉱床は日本の排他的経済水域に分布するので、とりあえず排他的経済水域での掘採を念頭に置いて調べてみると、排他的経済水域及び大陸棚に関する法律3条1項1号により、自然資源の探査、開発等の事項については「我が国の法令」が適用されることになっている。そこで、鉱業法が「我が国の法令」に含まれるかどうかが問題になるが、それを否定する理由もないということで、排他的経済水域での鉱物掘採にも鉱業法が適用されると考えられている。
 しかし、鉱業法は明治期からの歴史をもった法律であり、現行法でも昭和25年の制定である。制定時には海域から鉱物を掘採することは想定されていなかったと推測される。実際、今日に至るも、海域で掘採する際の問題点を考慮した制度設計にはなっていない。

2. 熱水生態系の保全とそれに相応しい法制度

 海底熱水鉱床の掘採に関する第一の問題点は熱水生態系の保全であろう。熱水の活動は長くても数十年で終息するので、それを保全する必要はないという考え方もあるやに聞く。しかし、熱水域に生息する生物の一定部分は当該熱水域の消失とともに他の熱水域に移動することが確認されているようであるから、我々人類としては、可能な限り多くの生物種について、他の熱水域に移ってなお種を維持し得るだけの個体数が残るように配慮してしかるべきである。また、専門家の話によれば、一口に熱水生態系といっても、地下からどのような鉱物が噴出してくるかによって違った性質のものとなり、生息する生物にも違いが見られるという。そうだとすると、そのような熱水生態系の多様性を維持することも考えなければならないのではないか。
 このように考えた場合、海底熱水鉱床での掘採をどのような仕組みで規制すればよいだろうか。まず大切なのは、許可制度を計画的なものに変えることである。現在の鉱業法の許可は、「権利なきところに権利を設定する」(行政法学の用語で「特許」)という構成を採っているけれども、29条から35条に定められた不許可事由に該当しない限り許可を与えなければならないという解釈の下に運用されている。そういう仕組みでは、熱水域の生物を保護することも熱水生態系の多様性を維持することも不可能である。まずは、日本の排他的経済水域における熱水生態系を、それぞれの生成に由来する特質をも踏まえて地図上に記載する必要がある。そして、許可の仕組みは、その地図に基づいて策定された計画に従って、熱水生態系の多様性の維持と生物種の存続を図る方向で運用できるようなものにしたい。私の専攻する行政法学では、個人の自由の尊重ということが重視されるのであるが、熱水生態系の不確実性を前にしては、自由の度合いが大きく縮減されてもやむを得ないと思う。いったん与えた許可についても、事業の中止の命令や許可の撤回を容易にできるようにしておくべきである。

3. 現行鉱業法で対応する場合の問題点

 熱水生態系を保全するには、海域での掘採については現行鉱業法のそれとは別の許可制度を作ることが望ましい。その方法として、特別法を制定するか、それとも鉱業法の改正に止めるかという選択の問題はある。もしそのいずれも見通しが立たないとすれば、現行法で対応しなければならないが、その場合は、鉱業法35条(「公共の福祉に反する」という観点で括れる不許可事由の定め)の運用において、熱水生態系への配慮という事業者への要求をどれだけ盛り込めるかという問題がある。この問題を考えるうえでは、そもそも鉱業法は生態系の保全を目的にしているのか、もしそうでないとすれば、そのような目的外の事項を許可制度の運用に際して考慮に入れてよいのかという難問を克服しなければならない。最近では、法律が出来て時間が経てば社会事情が変化するので、行政機関が考慮してよいのは法律の第1条に掲げられた目的だけだというような狭い解釈を採るべきではないという意見が有力になっている。行政機関としては、許可を求める国民の法的地位ももちろん尊重しなければならないので、どんな目的でも追求できるということにはならないが、鉱業法は生態系保全という目的の追求を禁じているわけではないと思う。そのことが認められれば、次は、鉱業法35条を適用する際の許可基準のなかに生態系保全に関わる事項を盛り込む作業を行うことになる。

Contents
研究者発の海の話
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海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
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うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
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陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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