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大気中の二酸化炭素と海洋酸性化-現代と過去の比較より-

カテゴリ 海を守る、地球を守る
掲載日 2011.12.26
大気海洋研究所 川幡穂高

1.二酸化炭素が関連するもう一つの地球環境問題

 大気中の二酸化炭素濃度(pCO2)は産業革命以前の280μatmから380μatmまで増加している。これにより地球温暖化問題に至るという道筋はプロセスが複雑なため議論が多い。現在、人為起源のCO2の約30%が海洋に吸収されている。CO2は酸性気体なので、海洋の表層水の平均pHは産業革命以前の8.17から現在8.06と下がってきている。海洋酸性化問題は「海水pHの低下」に起因し、着実に溶解反応は進行しているので、状況は将来確実に悪化すると予想され、もう一つの地球環境問題として近年注目をあびている。

2.炭酸カルシウムの安定性

pHと炭酸系イオンの濃度の関係

図1 pHと炭酸系イオンの濃度の関係。海水のpHは約8.2なので、主要なイオン種は炭酸水素イオンである。pHが下がると、炭酸イオン濃度は急速に減少していく。 [図を拡大]

 海水中で炭酸系イオンは次の3つの形態で溶存している。すなわち 1) 溶存炭酸ガス(H2CO3)、2) 炭酸水素イオン(=重炭酸イオン)(HCO3-)、3) 炭酸イオン(CO32-)である。pCO2が増加すると全炭酸(=[H2CO3]+ [HCO3-]+[CO32-])も増加するが、pHが下がるとイオンの割合が変化し、[CO32-]は急激に減少する(図1)。
 海水中の炭酸塩の安定性には、飽和度(Ω)の評価が重要であり、Ω= [Ca2+] [CO32-] / Kspで表される。ここで、Kspは溶解度積と呼ばれ、温度、塩分、圧力(水深)および結晶形の関数となっている。Ω < 1なら未飽和となって炭酸塩が溶解し、Ω > 1なら過飽和となってきっかけがあると炭酸塩が析出する。生物起源炭酸塩(CaCO3)として方解石(普通の二枚貝の殻や有孔虫殻)とアラレ石(サンゴ、翼足類など)がある。現在の海洋では、「海洋酸性化」という言葉は二つの意味で使用されている:1) 炭酸塩鉱物に対して未飽和、すなわち、無機的反応で溶解してしまう。2) 過飽和であるものの(Ω > 1)、過飽和度の減少(Ωが減少する)で生物が炭酸塩殻を作りにくくなる。溶解に影響を与える因子としては、pHの他に水温、アルカリ度(強い電解質の陽イオンと陰イオンとの差)、圧力が重要である。

3.恐竜の活躍した白亜紀の環境

図2 過去の大気中二酸化炭素濃度、表層海水のpHと将来予想される値(Ridgwell and Zeebe, 2005)

図2 過去の大気中二酸化炭素濃度、表層海水のpHと将来予想される値(Ridgwell and Zeebe, 2005)。図中のMa (Mega annum)は年代の単位で、1Maは100万年前を表す。 [図を拡大]

 長い地球の歴史の中、高pCO2の時代には、海洋は必ず酸性化していたのであろうか?この答えは「NO」である。中生代白亜紀(恐竜が活躍した約1億年前)は高pCO2( > 1500μatm)であったが炭酸塩が大量に堆積している(図2)。非常に不思議なので、私達は海洋3ボックスモデル1)で解析した。すると、現在とアルカリ度などが同じ条件であるとこのようなpCO2では海洋表層であっても炭酸塩はすべて溶解してしまった。現実には炭酸塩は多量に生産・保存されている。このような状態になるためには、アルカリ度の変化が重要で、現在より > 20%増加していたはずであると結論した(Yamamura et al., 2007)。このアルカリ度の増加は、陸の風化によりもたらされたと解釈した。変化速度が小さかったので、陸による中和で海洋の酸性化は阻止された。


4.現代と匹敵する二酸化炭素負荷速度の時代と将来の環境

 一方、今から5580万年前の暁新世と始新世(P/E)境界では、1) 海底の炭酸塩が大量に溶解しているので「海洋酸性化」が促進された。P/E境界では、2) 海洋リザーバの炭素同位体比の大きな負の異常(-3‰)、3) 底生有孔虫の35-50%の絶滅、が報告されている。現在、生物の大量絶滅の原因には、1) 海洋無酸素説・貧酸素説、2) 地球寒冷化説、3) 海水準変動説、4) 地球乾燥化説、5) 玄武岩噴出説、6) 地球外物質衝突説、7) 超新星爆発説が提案されている(平野2006「絶滅古生物学」)。私達は、底棲有孔虫の群集解析などの実証的データに基づき、メタンハイドレート崩壊、メタンの酸化、pHの低下、深海底での圧力効果で溶解に至る一連のプロセスを考察し、P/E境界の絶滅事件の原因として、「大量絶滅海洋酸性化仮説」を提案している。この境界では、メタンハイドレートが崩壊したとされるが、酸素が存在する状況下では、大気中でも海洋中でもメタンは数年以内に二酸化炭素に酸化される。そこで、酸性化が起こるのである。この負荷速度を年あたりに換算すると、現在の1/30であった.炭酸塩の溶解は圧力が増加すると急速に進行するので、「海洋酸性化」は深海で深刻で、今世紀末に南極海表層水はアラレ石に関して未飽和となるので、今世紀末から1000年かけて南極海より北太平洋の深海にP/E境界と同様の絶滅が起こると予測される。

(注1)海洋3ボックスモデル:海洋における炭素移動を考慮するに際し、中低緯度域では、海洋表層水、海洋中深層水と2つに、また、高緯度域については、鉛直混合が活発なので、浅層から中・深層まで1つの層とし、全体を3つのボックスと仮定した。その上で、水温、塩分、炭酸系イオン、栄養塩などを考慮して、海洋の炭素がどのように移動するのかを3つのボックスでのやりとりといった形で解析した。

参考文献
  • M. Yamamura, H. Kawahata, K. Matsumoto, R. Takashima, and H. Nishi “Paleoceanography of the northwestern Pacific during the Albian” Palaeogeography, Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 254, pp. 477-491 (2007)
  • A. Ridgwell and R. E. Zeebe “The role of the global carbonate cycle in the regulation and evolution of the Earth system”, Earth Planetary Science Letters, 234, pp. 299-315 (2005)
  • 平野弘道 絶滅古生物学 岩波書店 (2006)
Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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