研究者発の海の話研究者発の海の話

ミニ海洋・日本海における観測の重要性

カテゴリ 海を守る、地球を守る
掲載日 2011.12.26
大気海洋研究所 蒲生俊敬

1.日本海の特異性

 我が国に接する日本海は、西太平洋に連なる縁海の中でも、地形的な閉鎖性がとりわけ強い。日本海と周囲の海域をつなぐ海峡はいずれも水深100m程度まで浅くなっている。これらの地形的バリヤーによって、200m以深の日本海(最大水深は3,796mに達する)は、周囲の海域からほぼ完全に孤立している。
 日本海の内部では、この閉鎖性ゆえに独自の海水循環系が形成されている。冬季の寒冷な北西季節風が、日本海北部海域の表面海水を冷やして重くする(高密度化する)。高密度表面水が重力で沈降することによって熱塩循環が駆動され、表層水と深層水が入れ替わる。1回入れ替わるのに要する時間は、海水中の炭素-14など放射性核種の分析から、100~200年程度と見積もられる。これは北部北大西洋やウェッデル海を起源とする全海洋のベルトコンベアー(深層循環)の一巡に要する約2,000年より一桁小さい。日本海は全海洋の0.1%強の容積しかないが、全海洋と類似の熱塩循環系を独自に保有することから、全海洋のミニチュア版、あるいはミニ海洋として注目されている。
 さて、日本海の水深約300mより深い部分は、以前より日本海固有水と呼ばれ、水温0~1℃、塩分34.1程度のほぼ均一な性質を示す。詳しく調査してみると、水深2,000~2,500mを超えるあたりから海水の性質はほとんど変化しなくなり、ポテンシャル水温1)変化が<0.001℃の均一層が海底まで続いている。この均一層の海水を底層水と呼ぶこととする。

2.底層水の経年変化

東部日本海盆域における溶存酸素濃度分布の経年変化(1977年〜2007年)

図1 東部日本海盆域における溶存酸素濃度分布の経年変化(1977年~2007年)。2本の直線は、1977年から2007年までに底層水の厚みも減少傾向にあることを示す(Gamo et. al., 2011)。 [図を拡大]

 1977年以来蓄積された時系列データは、日本海底層水の驚くべき実態を明らかにした。特に注目されるのは、溶存酸素濃度が年とともに減少を続け、過去30年間で約10%も減少したことである(図1参照)。
 海洋表層では、酸素は植物プランクトンの光合成によって生産される。しかし光合成の起こらない深層では、酸素は海水の循環(酸素に富む表層水の沈み込み)によって補給される。一方、海水中では有機物の酸化分解のため、酸素は常に消費されていく。もしこの消費に見合うだけの酸素が補充されないと、収支のバランスが崩れ、酸素濃度は次第に減少するであろう。現在の日本海底層は、まさにこの状況にあるらしい。


3.地球環境変化と日本海の循環

 産業革命後、次第に顕在化してきた地球温暖化その他のグローバルな気候変化は、日本海における高密度表面水の形成を妨げている可能性がある。冬季の日本海北部海域で、表面水の密度が十分に高くならないと、その海水は底層まで沈み込むことができず、酸素が底層水に補給されない。底層水中の酸素は有機物分解によって消費される一方となり、その濃度は次第に減少するだろう。図1はそのような状況を表しているのかもしれない。
 ミニ海洋・日本海は、深層循環の時間スケールが全海洋の1/10と短いことから、地球環境の変化が海洋に与える影響を鋭敏に先取りし、警告を発するカナリアの役割を果たすと期待される。酸素の減少は、二酸化炭素(全炭酸)の増加とpHの減少(酸性化)を伴うはずである。酸素のみならず、全炭酸やpHについても高精度で時系列データを蓄積することにより、地球環境変化に対し日本海底層水の発するメッセージを確実に読み取っていくことが望まれる。

(注1)ポテンシャル水温:水圧による昇温効果を取り除いて補正された水温のこと。水深が大きいほど、現場水温とポテンシャル水温の差は大きくなる。

参考文献
  • Gamo, T. (2011): Dissolved oxygen in the bottom water of the Sea of Japan as a sensitive alarm for the global climate change. Trends Anal. Chem., 30, 1308-1319.
Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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