研究者発の海の話研究者発の海の話

海洋深層循環と地球環境-気候モデル・海洋物質循環モデルを用いた研究-

カテゴリ 海を守る、地球を守る
掲載日 2011.12.26
大気海洋研究所 岡顕
海洋深層循環の概念図(Broecker,1987を参考に作成)

図1 海洋深層循環の概念図(Broecker,1987を参考に作成)。赤色が表層の海水、青色が深層の海水、矢印がそれらの流れの方向を示している。 [図を拡大]

 海洋の深層には、大洋をまたぐ全球的な循環が存在している(図1)。この循環は海洋深層循環と呼ばれ、私たちの住む地球表層環境を決める上でも重要な役割を担っている。海洋深層循環は海面における海水の密度分布の不均一によって駆動されているが、その循環によって暖かい水と冷たい水の交換が起こり、その結果太陽から受け取る熱エネルギーの地域的な不均一を緩和し、私たちがより生活しやすい環境を維持していると考えられるためである。
 現在、この海洋深層循環の起源となる水は、北大西洋高緯度域と、南極大陸の陸棚周辺域で生成されていることが知られている。ヨーロッパでは高緯度に位置しながら比較的温暖な気候が維持されているが、深層水形成域が近くにあることがその一因となっている。


MIROCにより計算された大西洋深層循環の変化

図2 MIROCにより計算された大西洋深層循環の変化(黒線:現在条件での実験、赤線:温暖化実験、青線:水フラックスを現在条件に差し替えた温暖化実験、緑線:水フラックスを温暖化実験の結果に差し替えた現在条件での実験)。縦軸の単位はSv(=106m3/s)。 [図を拡大]

 地球温暖化の影響でこの海洋深層循環が変化し、大規模な気候変動を引き起こすのではないか、ということがしばしば議論になる。精巧な気候モデルによる数値シミュレーションの結果は、そのような懸念に対して現時点で最も信頼できる科学的知見を与えるものである。世界中のさまざまな研究機関で地球温暖化予測に資する気候モデルの開発が進められており、東京大学大気海洋研究所気候システム研究系においても、国立環境研究所・海洋開発研究機構との共同で、大気海洋結合大循環モデルMIROC(Model for Interdisciplinary Research on Climate)の開発・改良を行っている。
 最新のモデルシミュレーションによると、地球温暖化によって大西洋での深層循環は弱まるが、今後100年程度のあいだに完全に停止する可能性は低いという結果が得られている。また、その弱化の原因として、「海面での水収支(降水、蒸発、河川流入など)の変化」(つまり海面塩分濃度の低下が原因)と「海面での熱収支の変化」(つまり海面水温の上昇が原因)が指摘されていたが、後者の効果が支配的であることもわかってきた(図2)。
 しかしながら、量的な変化についてはモデル間の違いもあり、そのような不確実性を減らすためには、モデルの改良を進めるとともに、いまだその詳細については未解明な部分が多い海洋深層循環についての科学的知見を深めるための研究が必要であるといえる。


海洋中の炭素の流れの模式図

図3 海洋中の炭素の流れの模式図。カラーは溶存炭素濃度(全炭酸量、World Ocean Atlas 2001をもとに作成)の太平洋における東西平均分布。 [図を拡大]

 一方、海洋にはさまざまな溶存物質が含まれており、海洋深層循環は熱だけでなく、それらの溶存物質も輸送する。とくに、海洋中には大気中の50倍以上の炭素が含まれており、海面でのガス交換を通じて海洋と大気との間では常に炭素の交換が起こっている。そのために、海洋中の炭素濃度分布の変化は、大気中の二酸化炭素濃度にも影響を与えることになる。
 図3は海洋での炭素循環を模式的に示したものである。海洋中の溶存炭素は、海洋表層で植物プランクトンによって利用され生物を構成する有機物となるが、その有機物は死骸や排泄物として沈降しながら分解され、海洋深層では再び無機的な溶存炭素に戻る。海洋深層循環は生物によって深層に落とされた炭素を集めながら世界中を巡り、その上昇流とともに溶存炭素を海洋表層に戻している。生物活動に必要なさまざまな栄養塩(リン酸塩、硝酸塩など)も炭素と同様に海洋中を循環している。海洋物質循環モデルは、それらの過程を適切にモデル化することで、海洋中の炭素や栄養塩などのさまざまな溶存物質の分布を再現することができる。そのようなモデルを使うことで、地球環境を決めるうえで重要な物質の分布がどのようなバランスのもとで決定されているかを定量的に議論することができる。
 海洋深層循環の存在は、そのバランスの決定に大きく影響しており、さまざまな物質を運ぶ海洋深層循環の「ベルトコンベアー」としての役割についての研究も、地球環境変動を理解するための重要な課題である。

Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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