研究者発の海の話研究者発の海の話

海水魚は地球環境を守れるか?

カテゴリ 海を守る、地球を守る
掲載日 2011.12.26
大気海洋研究所 竹井祥郎
図1 海水魚の浸透圧調機構節

図1 海水魚の浸透圧調機構節

 海は概して生物にとって棲みやすい環境だが、海水のもつ高い浸透圧はそこに生息する魚類(特に海水の3分の1の体液浸透圧をもつ真骨類1))に脱水という試練を与える。それに対処するため、海水魚は盛んに海水を飲み(約7.5ml/kg/h)、その約90%を1価イオン(Na+やCl-)と共に吸収して体液量を保っている(図1)。水と共に吸収されるNaClは、鰓に発達しているミトコンドリアが詰まった塩類細胞で、ATPのエネルギーを使って海水以上に濃縮されて排出される。ヒトは腎臓でNaClを海水レベルまで濃縮できないため、海水を飲むと血漿NaCl濃度が上昇し、それを捨てるために逆に水を失い死に至る。また、海水には高濃度の2価イオン(Mg2+ 50mM; Ca2+10mM; SO42- 30mM)が含まれており、それらは腸でほとんど吸収されないため、腸管内の浸透圧を上昇させて水の吸収を妨げる。そのため、ヒトは海水を飲んでも半分も吸収できずひどい下痢をする。以前「にがり健康法」が宣伝されたが、MgSO4は水の吸収を妨げて「むくみ」をなくす。しかし、海水魚は水の吸収を助けるため多少のMgSO4を腸管から吸収して、それを腎臓で分泌している(図1)。そのため、尿のMgSO4濃度は血漿の100倍以上になる。

図2 海水魚が海洋環境の維持に関与する可能性

図2 海水魚が海洋環境の維持に関与する可能性

 それでは、なぜ海水魚は飲んだ海水の90%を吸収できるのだろう。それは、腸管内に大量のHCO3-イオンを分泌することにより、濃縮された2価イオンをMgを含む炭酸カルシウム塩(Mg/Ca = 0.1~0.3)として沈殿させ、腸管内液の浸透圧を下げているからだ(図2)。Wilsonら(2009)は、海水魚の腸管内に生成される炭酸塩の沈殿が、海洋の炭素サイクルの3~15%を占めることを報告した。すなわち、海水魚が海洋による二酸化炭素の吸収に立派に貢献しているというのだ。私たちも、ウナギを淡水から海水に移すと数時間で腸管内に白い沈殿ができ始め、その排出量は海水適応が完了する移行後1週間では約20mg/kg/dayになることをみている。そして、HCO3-イオンの分泌に関与している輸送体を同定し、それらが海水に移行するとどのように調節されているかを研究している。腸管内に分泌されるHCO3-イオンは沈殿形成に使われるだけではなく、多くはイオンとして環境海水中に排出される。肛門から排出される腸管内液のHCO3-濃度は100mMに達し、そのpHは9を超える。そこで、排出されるHCO3-イオンが海洋酸性化の緩和に貢献しているのではないかと考えた(図2)。また、排出されるHCO3-イオンはCaCO3の外骨格を持つ円石藻、有孔虫、サンゴなどの成長を促進しているのではないかとも考えた。

 もう一つ海水魚が地球環境・海洋環境の維持に貢献できる可能性として、鰓から排出するアンモニアを考えた(図2)。生体内で生成される窒素代謝物のうち、アンモニアは極めて有毒なため、両生類や哺乳類は尿素に、爬虫類や鳥類は尿酸へと代謝して排出している。しかし、アンモニアはまた極めて水溶性が高いため、水生である魚類は生成されたアンモニアをすぐに鰓から排出できる。そして、その量は48μmol/kg/dayにもなり、海洋酸性化を中和しているに違いないと考えた。また排出されたアンモニアは、これを利用できる亜硝酸細菌に取り込まれ、その成長や増殖を促進するとともに、海洋における生態系の維持に貢献していると考えている。

 海水魚は海洋におけるバイオマス2)の主要な部分を占め(>50%)、海洋生態系の維持に重要な役割を果たしている。しかし、海水魚が海洋環境の維持にどのように貢献しているかに関しては、まだほとんどわかっていない。それを明らかにするためには、異なる学問分野の専門家がそれぞれの専門知識を活用し、海水魚の役割に関して精度の高い予測をすることが必要であろう。今後5年間にHCO3-やアンモニアの排出機構を解明する同時に、それらの排出量をさまざまな海洋環境に生息する魚種で正確に測定し、精度の高いデータを提供することにより、海水魚が海洋環境、さらには地球環境を守るうえでどのように貢献しているかを明らかにできるであろうと期待している。

(注1)真骨類:真骨魚類とも呼ばれ、現世魚類の大部分が属する条鰭亜綱の魚類の総称。魚類の中で最も進化したグループで、イワシ、サバ、マグロ、カツオ等、水産資源として重要なものが多い。

(注2)バイオマス:生物の総量を物質の量として表現したもの。生物量。

参考文献
  • R. W. Wilson et al., “Contribution of Fish to the Marine Inorganic Carbon Cycle” Science 16 January 2009, Vol. 323 no. 5912 pp. 359-362
Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
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「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
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島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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